33 義妹と夏祭り

 杏一と柊は夏祭り会場である神社にやって来た。


 県内ではニュースで報道されるくらい大きな祭りで毎年賑わいを見せている。去年は柊が反抗期だったため別々に行ったが、今年は栞と伊織が誘ってくれて四人で回ることになった。


「柊さん可愛いいいいいいいいい!」


 開口一番。いや、口を開くより先に栞が柊に抱き着いた。夏休み前に栞と事故を起こして柊が逃げるという事件があったが、相変わらず仲が良さそうで安心だ。


「えへへ、しぃちゃんもすっごく似合ってるよ」

「ありがとうございますっ」


 二人とも笑顔で挨拶を終えるとキャッキャ言いながら写真を撮りだした。


 そんな光景を見て、杏一は女の子同士であるのにモヤっとする。柊を取られたみたいで悔しいのだ。


(おやおや、嫉妬ですかぁ?)


 実際、栞がそんな目を向けてくるから質が悪い。

 まあ楽しそうだし良いかと思っているとポンポンと肩を叩かれた。


「なんだ、伊織」

「浴衣ってのはいいもんだよな。華がある」

「ああ、最高だ……ってデジャヴを感じるんだが?」

「ははっ、今日は楽しもうぜ」

「だな。お前にも感謝してるよ」


 肩を組んできたためこちらも組んでバシバシ叩いてやる。

 伊織に柊のことを相談していなければもっと不安に襲われていただろう。いい親友を持ったと杏一は思った。


「なんだお前。今日は一段と気持ち悪いな」

「お前に気持ち悪いなんて言われても嬉しくねえわ」

「お、おう。さすがシスコンは言うことが違う」

「シスコンでいるのも今日までだけどな」


 杏一がそう言うと伊織は眉を寄せたが追及してこなかった。きっと、目を見てなんとなく冗談ではないと分かってくれたのだろう。


「そっか。頑張れよ、杏一」

「伊織もな」


 そんなこんなで男同士の会話は切り上げる。

 キャッキャ言い合う二人もようやく撮影タイムを終えたらしい。


「どうしたんですかこっち見て。もしかして杏さん、見惚れちゃいました?」


 栞がにやっと笑ってくる。

 呼び方がお兄さんではなくなった。


「柊に見惚れてたんだよ。まあ、栞も予想通り浴衣は似合ってるけどな」


 仕返しとばかりに杏一はわざとらしく自分の胸をどんどんと叩いた。


「ぐ……ぬぬぬぬ! 聞きました柊さん? この男、人の胸見てまな板みたいで浴衣が似合うってバカにしてきましたよ!? 別に私は気にしてませんけど最低だと思いません?」


 全く一言も言っていないが、栞は柊に報告するという形で反撃したつもりなのだろう。だが柊は、


「えへへ~おにぃちゃん私に見惚れてくれてたんだぁ」

「え!? あ、あの柊さん? お顔がバカになってますよ?」

「いひ、おにぃちゃんもかっこいいよ」

「柊さん戻ってきてください!」


 栞の叫びは柊に届かず、撫でて撫でてと杏一に寄ってくるから遠慮なくよしよししてあげた。


 そんな光景に友人たちは。


「お、見せつけてくれるなぁ。ほんとに昔に戻ったんだな」よかったよかったと伊織。


「なんだか複雑です。良い事ですがこう、引き裂きたくなりますね」と悔しそうな栞。


 一方、


「柊はほんとに可愛いな」

「んふふ、ありがと。おにぃちゃん大好き!」

「俺もだよ。はぐれるといけないから手繋ごうな」

「うんっ! ちゅなぐ!」


 自分たちの世界に入り込む杏一と柊。

 どうやら伊織と栞は同じ思考に至ったらしい。



「「いちゃつくな!!!!!!」」



 祭りの喧騒にも負けないくらいの大声だった。




***




 時刻は夕方の六時。

 飾られた提灯ちょうちんに明かりが灯り始める時間帯。


 参道の両脇には屋台がずらっと並んでいて、あちこちから食欲をそそる匂いがした。


 夜には花火大会も控えているのだが、それまでに腹を満たしておこうという人でごった返している。


 足元は小学生がちょろちょろ走っていてぶつかりそうになるし、そちらに注意が向けばすれ違いざまに肩がぶつかりそうになるしで移動するだけでも大変だ。


「おーい栞、迷子になるなよ!」


 杏一は伊織と並んで前を歩く栞に大声で話しかけた。


「小さいけど子どもじゃないです!」


 と、返ってくる。

 伊織が浴衣の袖を握ろうか迷っているようで、男らしく行けよと杏一は心の中で思っておいた。


「おにぃちゃん」


 柊が背伸びして耳元で話しかけてきた。

 くすぐったくて変な声が出たが聞かれてないだろう。


「どうした? ご飯は後でな」


 今向かっているのは拝殿だ。

 まずは参拝をしておこうということになった。


「違うよ。私食いしん坊じゃないんだけど?」

「じゃあなんだ? トイレか?」

「呼んだだけだよ。おにぃちゃん」


 そう言って、柊は組んでいた腕にぎゅーっと力を入れてきた。杏一は左腕の自由が効かないくらい柊にホールドされていて、傍から見たらカップルよりもカップルらしい。


「はぐれちゃうから仕方ないよね」


 えへへと笑って頬をすりすりしてくる。柊の方からしてくれるのが嬉しかった。たまに前の二人が振り返っては、ため息を吐いてやれやれ顔をしてくるのも優越感があっていい。


 ぷにぷにと当たる感触を受けて杏一は口を開いた。


「ねぇ、柊」

「ん? なぁに」

「柊はさ、俺のこと……」


 男として好きなのか。聞こうと思ったが今じゃない。


「……なんでもない」

「もぉ、気になるよ」

「呼んだだけだよ、柊」

「いひひ、おにぃちゃんっ」


 今こうして触れ合っているのも好意が無ければしないことだろうが、その好意が本当に異性へのものかどうかは判断しかねる。


 おそらく柊も同じ気持ちだと思っているが……まだムードというかその時じゃない。断じてビビっているわけではない。本当に。


 柊とのスキンシップを密かに楽しんでいるとやっと人混みが少なくなってきた。


「柊。お金出して」


 腕は組んだまま片手で財布を出す。祭りの雰囲気がイチャイチャしたままにさせてくれた。


「じゃあお参りしよっか」

「うん。何お願いしよっかなぁ」


 えい、と五円玉を投げ入れて参拝する。この時だけは手を離してしっかりと合掌だ。まるで水溜まりを避ける時も手を繋いだままのカップルみたいだが、客観性はもはやない。幸せだからそれでいいのだ。


「ふぅ、おにぃちゃんはなんてお願いしたの? 私はおにぃちゃんとずっと一緒がいいってしたよ!」

「そっか。でも口に出しちゃいけないらしいよ」

「えっ──」


 大きく口を開けてやっちゃったという顔になった。

 どうしようと言って、本気で焦っている。


「大丈夫だよ。俺が言ってないから叶う」

「ほんと? やった!」


 屈託のない笑みでまた抱き着いてくる。

 汗で若干べたついているが気にせずくっつく。

 そんなことを公衆の面前でしていると、


「おい杏一、恥ずかしいからこっちこい」

「柊さん。暴走し過ぎです」


 気づけば注目の的になっていた。

 そこで一気に羞恥心が押し寄せてきて、杏一と柊は逃げるようにサイドに避けた。




「わり、落ち着いた。これからどうしよっか」


 恋は盲目と言うが、もう少し俯瞰して物事を見るべきだろう。今は普通に恋人繋ぎをすることで妥協した。


 そんな姿を見て栞と伊織は全然分かってないという顔をする。

 呆れながら提案してくれた。


「一旦別行動にすっか。最後にもう一回集まって解散しよう」

「そうですね。私たちお邪魔みたいなのでっ」


 試すような栞の視線に、柊は頬を染めて伊織も染めた。


「じゃ、じゃあ俺は栞ちゃんとってことで?」

「はぁ、仕方ないから伊織くんと回ってあげます」


 よっしゃ、と言ってはいないが聞こえてきそうだ。

 伊織が別行動を提案した理由はそっちが目的だろう。


「よし。じゃあ先に写真撮っとくか」


 杏一がそう提案して、全員首を縦に振る。

 女子が前で男子が後ろだ。杏一が柊の後ろから手を伸ばして全員を画角に入れる。


「いくぞー。はい、チーズ」


 パシャリ──満面の笑みが咲き誇った。

 たった一瞬を切り取っただけだが、一生涯の宝物となるだろう。


 杏一と柊は手を繋いで、栞、伊織ペアと別行動をすることにした。


 二人には悪いがこれで二人きり。

 柊とのデートがスタートだ。

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