28 義妹のマッサージ

 杏一は柊が風呂から出てくるといつものように髪の毛をやってあげることにした。


 普段は足を開く形で柊の後ろに座るだけなのだが、今日は柊が勝手に膝の上に座ってきた。


「どうした? 赤ちゃんに戻っちゃったのか?」

「違うよ。おにぃちゃんに座ったらダメ?」


 甘い声で座りたいと言ってくる。

 杏一は今すぐ抱きしめたいのを我慢した。


「いいよ。柊はほんとに可愛いな」


 まだ湿っている髪を撫でてあげると柊は「くすぐったいよ」と嫌がるふりをした。


 そんなことをされてはもっとやりたくなってしまう。妹を愛でるのは普通の事だろうから、もっとわしゃわしゃしてあげた。



 時刻は夕方の五時半。まだ夕飯前だが柊はパジャマに着替えている。水着より刺激は少ないが二の腕と太ももが露出されていて視線に困るのが正直な感想だ。


 今まで一度もそんなこと思ったことないのに……。


「もう夏休みになるな。何か予定とかあるのか?」


 杏一は気を取り直してドライヤーの電源を入れた。


「んーと、みんなで夏祭り行くくらいかな?」

「あー、そういえばなんか言ってたな」


 栞と伊織の四人で行く計画がいつの間にか立っていたのだ。男だけでなら去年も行ったが柊と行くのなんて小学生以来だ。楽しみな気持ちも芽生えてくる。


「あとはずっとおにぃちゃんと一緒だよ!」

「まあ学校も部活も無いしそうなるよな」

「むぅ、なんかつまらなそうだね」

「そうじゃないよ。しばらく柊と距離があったから昔はどうしてたかなって思い出してたんだ」


 これからは一日中顔を合わせることになる。久しぶりに中学の友達と会ったら少し気まずいのと同じで、十年以上兄妹をしているのに距離感が掴めない。


「おにぃちゃんは私と一緒だと嫌かな?」

「いや嬉しいよ。どっか二人で行くか」

「うん! 楽しみだなぁ~」


 柊はるんるん歌って首を左右に振り始めた。ドライヤーを当てにくいから大人しくさせて乾かしてあげる。あとは猫を相手するみたいにブラッシングだ。


「よし、終わり。ちょっと早いけど夕飯の支度でもするかな」


 外はまた雨が降ってきたから出たくない。

 残り物になるが何かしら作れるだろう。


 冷蔵庫を確認しに行くために柊にどいてくれと言うも、柊は杏一の上に座りっぱなしだった。


「柊? どいて欲しいんだけど」

「ついでにマッサージもして欲しいなぁ~」

「なんで急に? 別にいいけどさ」


 我儘なお嬢様の要望には応えてあげないと不機嫌になる。杏一は基本柊を喜ばせることに幸せを感じるため言われた通りやってあげることにした。


 とりあえず両肩に手を添えて親指で押していく。


「やんっ! あ、あぅ……」


 ぐいぐいっと揉んであげると柊が溶けそうな声を出した。


「結構凝ってるな。普段そんな柊に負担掛けちゃってたか?」

「ぅうん。肩が凝るのは……ひぅ! ずっとだよ」

「ずっと? あーそういうことか。柊も女の子の中だと特に大変そうだよな」

「しぇ、しぇいかいだけど、恥ずかしいか……あっ! 言わないでよぉ」


 柊はだいぶ敏感らしい。

 効いてるみたいだがいけないことをしているみたいだ。


「もうやめようか? 苦しそうだけど」

「ぃぃ。やめちゃ、ダメ。おにぃちゃん、上手すぎ」

「そうか? なら……」

「ああっ! ら、らめぇぇぇ! 気持ちよくなっちゃう!」


 強めにやってあげると、柊は艶やかな声でもっとやって欲しいとおねだりした。


「お、おにぃちゃん。あぅぅ~激しすぎるよぉ」

「これぐらい我慢しろって。もう限界か? 柊がやれって言ったんだぞ」

「ご、ごめんなしゃい! もう許してくらしゃい! これ以上やったら体おかしくなっちゃうよぉ! 溶けちゃううううう!」


 そう言いつつも喜んでいて、柊は声も我慢できないくらい気持ちよくなってくれた。若干息を切らしながらぐでっとソファーに横になってしまう。


「やべ、大丈夫か柊。余計疲れさせちゃった?」

「へ、へいき。おにぃちゃんのテクニック凄かった」

「父さんと母さんにもたまにやってたからな」

「そうなんだ。じゃあ次は足もやって」


 呼吸を整えた柊はソファーに倒れたまま仰向けになった。杏一の太ももの上には柊の太ももの裏がちょうど乗っているのだが、お互い半ズボンのため素肌が触れ合ってこそばゆい。


 柊を見ると手でマスクを作って鼻と口を隠していた。

 マッサージされると笑っちゃうときもあるし恥ずかしいのだろう。


「母さんたちにやるみたいにしていい?」

「う、うん。スペシャルコースでお願いします」


 杏一が指をくねくねさせると柊はびくっと身震いした。許可も取ったということで遠慮なく、


「やぁんっ! ら、らめだめ、くしゅぐったいよぉ! ひぅ……あんっあっあっあぅ~」


 杏一は股関節から足の裏まで下半身のもみほぐしスペシャルコースを実行。もみもみするたびに柊がびくびくして声を上げるから面白がってやり過ぎてしまった。


「おにぃちゃんのバカぁ。もみもみし過ぎだよぉ」


 杏一ははぁはぁ息を吐く柊を見て、あんまり凝ってないんだろうなと思った。





「攻守交替! 今度は私の番だからね!」


 杏一がうつぶせで寝ると柊が馬乗りになった。


「やっぱいいって。俺そんな疲れてないし」

「そんなこと言ってまた倒れたらどうするの。いいから私に任せて!」


 その話を持ち出されると何も言えない。自分のお尻で柊のお尻を感じた杏一は妹に身をゆだねることにした。


「じゃあ始めるね。えい、えいっ!」


 一生懸命肩から腰まで順にマッサージをしていく柊。

 疲れなど溜まっていないと思っていたが予想以上に気持ちがいい。


「柊も上手だな」


 効いているのがよくわかる。柊がやってくれているというのもプラスして至福のひと時だ。


 三分ぐらいやるともう指が疲れてしまったらしい。


「体軽くなった。ありがと」

「よかった。いつでもやってあげるからね」


 柊はそう言って腰を浮かせた。


 杏一はどいてくれたのかなと思い、うつぶせから仰向けの姿勢になる。ごろんとソファーに向けていた視点を天井に切り替えると、


「どーん!」

「ぐうぇ!?」


 柊が体を重ねるように杏一の上にダイブした。


 顔の前には柊の顔があるし、胸は柊の柔らかい胸で圧迫されている。キスはされていないが、ほぼ全体重が乗せられていてだいぶ苦しい。


 体勢は図書室で栞を抱きながら倒れた時と同じだが柊はいろいろ大きいのだ。


「柊? どいてくれない?」

「えへへ。やーだ」


 まいったな、と思うが悪くない。

 妹に甘えられるのは嬉しく思う。

 思うのだが、このままではいろいろとまずい。


「柊、重いって」

「むぅー重くないもん。そんなこと言うならこうだからね!」


 ぷくっと風船みたいになってしまった柊は、少し体を浮かせてはどしんどしんと杏一の上に乗っかった。


 そのたびに全身で柊の重みを感じ、特に胸がぷにぷにパニックを起こしていた。


「ちょ、わかった。柊は軽いよ。だからどいてくれ」

「えー軽いならいいじゃん」


 何を言ってもどく気はないらしい。このままじゃれ合っているのもいいが女の子に密着されたら男は体に変化が起きるものだ。


 相手が義妹のせいか遺伝子が反応してしまう。

 そうなる前に、杏一は自由な両手で柊を抱きしめた。


「お、おにぃちゃん大胆」


 柊の方こそ急にスキンシップが増えて大胆だと思うが、これはそういう行為ではない。


 杏一は柊を抱きしめたままソファーから落ちるように一回転して背中を床に打ち付けた。


 あまり高くないため体に痛みはない。そのままもう半回転して上と下を入れ替える。柊は何が起きたか分からない様子で杏一を見上げていた。


「はい、遊ぶの終わりな。晩御飯の準備しなきゃ」


 杏一は柊のおでこを軽く弾いて立ち上がった。

 それから頭に手を添えて、床に寝たままの体を起こしてあげる。


「おにぃちゃんも重たいよ」

「だろうな。俺は65キロぐらいだった気がする」

「私は……って言わないからね!」

「ははっ、すぐ出来るから待っててな」

「うん!」


 昔と変わらない笑みを見て杏一は台所に向かった。

 その笑顔が何よりの回復魔法だ。

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