27 義妹とお風呂
家に帰宅すると玄関で頭と体を拭くことにした。
全身ずぶ濡れで帰ることになるとは思わなかったが、今日は大雨だと予報されていたためタオルを備えてから家を出たのだ。
「柊。もう着いたから離れてもいいよ」
「やだ。おにぃちゃんあったかいんだもん」
甘い声で柊が言う。家に帰って来たというのに杏一の腕に抱き着いたまま離れない。
制服が透けているし胸が思いっきり当たっているのに恥ずかしがる素振りはなかった。
(なんかすっかり甘えられてるな)
昔もこんな感じでデレデレだった。
兄として懐かれるのは嬉しくあるし望んでいたが、実際にこうしてくっついていると恥ずかしさの方が強い。
しばらく反抗期で接触が減っていたし体も魅力ある大人の女性に成長したからどうも意識してしまう。
……でも妹だ。
杏一は思い直して柊の頭にタオルをかぶせた。夏とはいえ風邪を引いては困る。
「早く乾かさないと冷えるぞ。ほら、自分でできるよな?」
「むぅー。わかったよ」
柊は渋々腕から離れて髪を拭き始めた。
杏一も自由になった手である程度拭き終えると、靴下を脱いで先に家に上がる。若干家の中が濡れるが後で掃除すればいいだろう。
杏一は風呂を沸かしてからバスタオルを持って玄関に戻った。柊に体を拭かせて頭をわしゃわしゃしてあげる。そうすると柊は気持ちよさそうに笑った。
「よし、これぐらいでいいな。すぐお風呂沸くからシャワー浴びておいで」
「ありがと。おにぃちゃんは?」
「後でシャワーだけ浴びる。だからゆっくり入りな」
「でも……それじゃまた風邪引いちゃうよ。そんなのやだよ」
柊は雨ですっかり冷たくなってしまった杏一の手を握った。杏一は前に残り湯に入るなと怒られたからその心配をさせないつもりで言ったのだが違うらしい。
「俺は柊よりは濡れてないし服は着替えるから平気だ。それに風邪引いてもまた柊が看病してくれるだろ?」
「やだ! 寂しくなるからダメなの!」
いやいやをするように頭を振る柊。
我儘な子どものようにも見えるが、泣き出しそうな顔を見ると杏一は弱い。確かに看病してくれた時の柊を思うと悲しい顔はさせたくなかった。
「……そんなこと言われてもな。俺も柊に風邪引いて欲しくないし」
「だったら一緒に入ろうよ」
「は!? い、い、一緒って、本気で言ってるのか?」
「冗談で言わないよ。おにぃちゃんだったら……全然いいもん」
その提案は予想外も良い所だった。
柊は魔法の言葉を使って追い詰めてくる。
「兄妹ならおかしくないよ。一緒に入ってたじゃん」
「そうだけどさ……もう高校生だぞ? 小学生じゃあるまいし」
「じゃあ水着ならいいの?」
「そういう問題じゃないだろ」
「プールとか海でも着る物なのに?」
どんどん退路を断たれていくようだ。兄妹だからとか水着ならとか全然理由になっていない気もするが、杏一は柊を拒絶することなんて出来なかった。
「……わかった。一緒に入ろ」
「やった! 取り消すの無しだからねっ」
柊はぱっと笑顔になって水着を取りに二階へ行ってしまった。可愛い足跡が床についているが掃除の事なんて今はどうでもいい。
今から妹と一緒に風呂に入ることになったのだ。
(……なんであんな嬉しそうなんだ?)
最近というか近年の中でも屈指の笑顔だった。
急に反抗期が終わったし真意は謎だ。
(約束しちゃったし仕方ないよな。兄妹だし)
杏一も納得して風呂場に向かう。
はくのは学校用のダサい水着ではなく海水パンツだ。
脱衣所で制服を脱いで一度全裸になった杏一は、柊が来る前に急いで海水パンツをはいてシャワーを浴びた。
泥水の上に座っていたせいで汚れたためしっかり落として湯船に浸かる。
毎日入っている場所なのに全く落ち着かない。
やがてドアが開いて柊が入って来た。
「えへへ、お待たせ」
狭い空間に柊の声が反響する。
その声はいつも通り過ぎて逆に違和感があるほどだった。男と一緒に風呂に入る少女の様子ではない。
杏一は肝が据わり過ぎている妹を見て首まで湯船に突っ込んだ。
「どうかな? 去年買ったのだからちょっと小さいんだけど」
「いいんじゃないか? 可愛いし似合ってるよ」
自分は今何をしているんだと思った杏一は思考を放棄する。だってそんなのは考えるだけ無駄だ。
柊が着ているのはオフショルダーの白い水着。ビキニより生地が多い分、隠しきれていないデコルテとおへそに一層エロスを感じるそのデザインは、杏一が一番好きな水着だった。
凹凸の激しい柊が着ると破壊力は抜群。上はこぼれてしまうのではないかと思うし、下はあの紐を引っ張ったら全部見えてしまうではないかという変態な思考が生まれるほどだ。
以前柊を起こした時に布の下に隠されたものを見たことがあるため嫌でも想像してしまう。
「お、おにぃちゃん。見過ぎだよ」
「すまん。早くシャワー浴びちゃいな」
杏一は一度頭まで潜って邪念を払った。水着ぐらい海に行けば普通なのに、風呂場にいるという意識がいけないことを想像させて気分を昂らせてくる。
ちらと柊を見ると、シャワーに当たりながら体を洗っていた。固形石鹸を握ると迷わず水着の下に手を入れてぬるぬると泡を立て始める。ちなみに杏一は液状のものを使う。
杏一はパツパツの水着をはいてなくてよかったなと思った。もう一度潜水して頭を出すと柊が不思議そうにこちらを見ている。
「さっきから何してるの? 背中洗って」
「背中!? ちょ、ちょれぐらい自分で出来るだろ」
「んー、難しいよぉ」
柊は水着の下を洗うのに苦戦しているようだ。細いヒモで留めるタイプの水着なら苦労しないがオフショルダーで生地が多い分背中を洗うのは大変なのだろう。
……多分。
(兄妹なら背中の流しっこぐらいするか)
兄弟の間違いではないかと思ったが、杏一は無理やり自分を納得させて柊から石鹸を受け取った。
(何も考えるな。これはただの妹が使った石鹸だ)
水着の下に手を入れて背中を洗ってあげる。それ自体は問題なくこなせたが、鏡に映る柊が目に入って気まずくなった。柊は気づいていないようだが何故か蕩けそうな笑顔をしている。
杏一は見なかったことにして湯船に戻った。
「はぁ~。あったかいねぇ~」
狭い湯船に二人。柊も杏一と向かい合う形で肩まで浸かった。ぷかぷか浮いているのを見ると本当に浮くんだと勉強になった。
「お、俺もう上がるわ」
柊を直視するのが恥ずかしい。つい最近まで柊を見ても何とも思わなかったのに、急に意識するようになってしまった。
きっと伊織と栞が余計な事ばかり言うせいだろう。
柊は妹なのに好きかどうか聞かれるから妹として見ることが難しくなってしまっている。こんな可愛い子と一緒にお風呂に入れるなんて最高に違いないが、妹相手に変な気を起こす前に一旦頭を冷やしたい。
立ち上がろうとしたところで、柊が引き留めた。
「それ!」
「ぶへ──っ。げほ、げほ、何すんだよ」
水を掛けてきた柊がべーっと舌を出している。
「まだあったまってないでしょ。ダメだよ」
「平気だっ──こら、またやったな」
また掛けてきたからやり返すことにする。
顔面に思いっきりぶっかけてやった。
「わわ! えへへ、楽しいね」
気づけばぱしゃぱしゃと水を掛け合っていた。
幼稚だが柊が楽しそうだしこれでいい。
しばらく遊んでいると、お湯が減って柊の胸元が常に見えるようになってしまった。杏一も水泳の時は上半身裸なのに今は恥ずかしい気分になった。
「ねぇ、おにぃちゃん」
柊が両手を底について四つん這いになった。
狭い浴槽の中では顔が目の前に来る距離で、胸が重力に従って下に垂れている。杏一は相手が妹と言う事を忘れて動揺してしまった。
「にゃな、なんだよ」
「顔赤いけど大丈夫? のぼせちゃった?」
「だ、大丈夫だ。柊の方こそ熱でもあるのか?」
白い水着も相まって体が火照っているのがよくわかる。杏一が濡れた髪の毛を払ってあげると柊は元の位置に戻って身をよじった。
「そうかも……。えへへ、ちょっと暑くなってきたね」
「ああ。もう上がってもいいか?」
「うん! 先に上がってて」
許可を取ると杏一は柊に背を向けて立ち上がった。そのまま柊の方は見ず、速やかに退出する。頭と体を雑に拭くと逃げるようにリビングに向かった。
***
杏一がいなくなり、一人残された柊はそっと呟く。
「ふにゅぅ~。恥ずかしかったぁ~」
視線を落として水面を見ると、自分のにやけ顔が反射しなくてよかったなと思った。
「はぁ、痴女だと思われてないよね? ちょっと気をつけなくちゃ」
女の子と思われたいが過激すぎるのは良くないだろう。焦る必要は全くないし、嫌われない程度に距離を縮めてベタベタできればいい。
「でもこれぐらいしなきゃだよね。うん」
栞と杏一が抱き合っている場面を見て柊は焦りを覚えた。二人がそういう関係ではないと分かっているが、自分以外の女の子に少しでも気持ちが傾いて欲しくない。
あの時は気が動転して逃げ出してしまった。
シチュエーションも相まって気持ちを抑えきれず昔のように甘えてしまったが、この幸福感はやはりいい。無理に抑える必要などないと今ので分かった。
「やっぱり私はおにぃちゃんが大好きなんだよね。えへへ」
柊は一回冷静になってから杏一に髪の毛を乾かしてもらうことにした。
柊の暴走はまだまだ続く。
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