24 義妹は恋する乙女

 ※柊さんからの視点です。



 杏一が部屋を出て行くと、柊はそっと目を開けた。


 三度ぱちぱちと瞬いてから自分の頬をつねる。


 夢じゃないと分かるとドアがちゃんと閉まっていることを確認し、杏一が下に降りていく音を聞きながらイルカの抱き枕を手に取った。


 そして両手両足でぎゅぅぅぅっと抱きしめて布団の上を転げ回る。


(え、待って!? なになに今の! つんって! 唇つんってされちゃった! きゃあああ!)


 柊は脳内で叫び散らし、頬が痛くなるほどだらしなくにやけた。毎晩寝る前にしていることだが今日は一段と激しい。幸せが限界突破しておかしくなったのだ。


(寝てるふりするの大変だったよぉ。にやけるの我慢しゅるの大変だったぁ~)


 最初は寝てたら何か悪戯してくれるかもと試してみただけ。収穫は大きすぎた。


(もうおにぃちゃん大好き。好き好き。いっそちゅーしてくれてもよかったのにぃぃぃ!)


 じたばたと暴れて枕を叩く。

 じっとしていられないくらい胸が高鳴った。


「はぁー。おにぃちゃん」


 柊は片手でイルカを抱きしめたままごろんと仰向けになった。反対の手でスマホを起動し、この前お好み焼きを食べに行ったときに撮った写真を眺める。


 深呼吸して頭を冷やすも、体は熱くて落ち着かない。


「おにぃちゃん、大好き。愛してる」


 兄として──ではない。

 一人の男として、出会った時からずっとずっと好きだった。


 手を繋ぎたいしキスもしたいし、その先も……。


 ただ、その想いを口にしてはならない。したら全部失ってしまうかもしれない。今の兄と妹という関係すらも無くなったら生きて行ける自信がない。


 近いからこそ言えないのだ。


 それに、きっと杏一の好きは妹としての好き。さっきのもそうだろう。過保護でシスコンで、守るべき対象として愛されているだけに過ぎないと柊は思った。


 ならこのままでいい。


 せめて高校を卒業するまでは父と母と杏一と、四人で幸せに暮らせばいいと思っていた。今はまだ我慢して、卒業した時に勇気があれば全部打ち明ければと。


 ……そう思っていたのに、転機が訪れた。

 愛する男の子と二人で暮らすことになったのだ。


「ごめんね、おにぃちゃん。私の態度よくないよね。でもしょうがないんだよ」


 中学に上がるまでの柊は起きている間ずっと杏一にベッタリだった。


 そのくらいの年になると周囲も異性に興味を持ち始め、あの子が好きこの人と付き合いたいという話になるが、柊は当然のように杏一と結婚したいと言った。


 しかし周りはそれをブラコンだの普通じゃないだのと決めつけた。


 だから柊はその気持ちはいけないものだと思い、嫌いになる努力をしたのだ。


 栞は理解してくれたが多数には理解されないため、柊は自分の気持ちを抑えることにした。


 杏一にだけ反抗して、それでも優しくしてくれる杏一に八つ当たりする毎日。


 それでも自分を見放さない杏一への気持ちは膨らむ一方で、日に日に想いは募る一方だった。


「好きになっちゃうよ。おにぃちゃんのバカ。バカバカバカ」


 自分を絶対に裏切らない男の子。

 どんなに冷たくしても絶対に守ってくれる男の子。

 そんなの好きになるに決まってる。


「おにぃちゃんは私のものだよ。私だけのもの。絶対彼女とか作っちゃダメだよ」


 柊がお兄ちゃんではなくと呼ぶのには理由があった。


 世界で杏一を兄と呼べるのは妹の自分だけ。しかし柊は杏一を兄としてではなく男として見ているためおにぃちゃんと呼ぶ。自分だけが口にできる特別な呼び方だ。


 栞がお兄さんと呼ぶのも少し嫌な気分になるが、あれはからかって言っているだけだし親友だからギリギリ許せている。


 栞以外がそう呼んだら嫉妬でどうなるか分からない。


「杏くんって呼び方も可愛いけど、やっぱりおにぃちゃんって呼びたいな」


 杏くんは誰でも呼べるから、おにぃちゃんの方が特別な気がして好き。これは柊のこだわりだ。今は少しでも自分を抑えるためにあえて杏くんと呼んでいる。


「んぅ……おにぃちゃんと一緒にいられるなら、妹のままでもいいのかな?」


 ──兄妹なら普通。


 その言葉を武器に間接キスやおんぶなど普通の男女では躊躇うこともやってきた。今は幸せだが、歯止めが効かなくなった自分が何をするか分からない。


 実際、最近はアプローチが露骨すぎる。


「うぅ~~~~~ダメ。我慢できないよぉ」


 イルカを力いっぱい抱きしめて気持ちを発散する。寝転がっているだけなのに息が上がってくるし、頭もボーっとしておかしくなってしまいそうだ。


「はぁ、ハぁ、ハァ。おにぃちゃん好き。もっと欲しい。私の頭の中……見せられないや」


 隣に座るだけでは満足できない。

 頭を撫でられるだけでも満ち足りない。

 いっそ気持ちを全て伝えたらどうなるだろうか。


「……それはダメ、だよね。これ以上はダメだよ。……うぅ、私の方が気持ち悪いよね」


 きっと、自分が告白しても拒絶されないだろう。柊がお願いすれば杏一は何でも叶えてくれるのだ。でもそれは兄として妹を傷つけたくないからだと思う。


 だから本当に欲しいものぐらい自分で手に入れなくてはならない。杏一から告白されて、初めて自分は気持ちを伝える。そうでなくては意味が無いのだ。


「あぁ、もっと女の子として見て欲しい。もう無理だよ。抑えられないよ。だめ、ダメ……」


 苦しい。でもそれ以上に幸せ。

 もどかしくてこれ以上はおかしくなってしまう。


「もぉ……おにぃちゃんのせいだからね。私をこんな子にした責任取ってもらわないと」


 自分を助けてくれたのは杏一。

 惚れさせたのも杏一のせい。

 妹なのに兄を好きな体にさせた責任が杏一にはあるのだ。


 だから自分は悪くないし、自分の気持ちは捨てなくてもいい。


 そもそも血は繋がっていないから結婚できるし、兄妹ではしないようなこともできる。好きな人を好きと言うのは一番普通の事ではないだろうか。


「だったら、いいよね。仕方ないよね」


 他の人に取られるのだけは絶対に避けたい。親友であったとしても無理だと思う。そうでない人なんかに奪われれば自分を保てなくなるはずだ。


 まだ自分を女の子にして欲しいとは言えないけれど、自分だけのものにする布石は近々打った方がいい。


 だったらもう周りなんて気にせず、昔みたいに兄妹愛を装ってアピールしよう。


「妹が好きって普通だもんねっ」


 柊はそう自分を納得させて、大好きな人の顔を浮かべながらそっと目を閉じた。


 起きた時に恥ずかしいからはだけていた服を着直して、イルカをぎゅっと抱きしめる。


「おにぃちゃん、大好きだよ──ちゅっ」


 抱き枕にキスをして、柊はすやすや夢の世界に入っていった。




 これが重度のブラコン……いや、恋する乙女、天坂柊の本心だ。


 当然兄の杏一は知る由もない。

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