22 義妹とお勉強

 二人暮らしにも慣れたもので気づけば六月末。


 学校では杏一と柊が二人きりで暮らしていることがバレた。そして何やら仲良さげな雰囲気も感づかれてしまったが特に実害はない。


 あるとすれば杏一が伊織以外の男子から負の感情の視線を飛ばされる程度だが、それは元より日常茶飯事のため大した変化ではないのだ。


 学校での会話はお互い必要最低限に留めている。良くも悪くも目立つための自粛だが、大きなトラブルも無くゆるりと日常が続いていた。


「柊は最近どうだ? 何か言われたりされたりとかないか?」


 夕飯を一緒に食べている最中、杏一は雑談として振ってみた。柊は杏一がせっせと包んで焼いた餃子をむしゃむしゃ食べている。


 水で流し込むと興味無さそうに答えてくれた。


「別に。普通だよ」


 柊の態度はだいぶ緩くなっている。毎日共に過ごしていることで距離が縮まり、看病や夜の散歩などを通じて普通に話せる程度までは進歩した。


 とはいえまだ口調には若干棘があるし、昔のような関係には程遠い。が、それでも杏一は今に満足していた。


「ならよかった。栞とも仲良くやってるか?」

「当たり前じゃん。しぃちゃんは親友だし」

「そっか」


 杏一は短く相槌を打った。人を恐れていた柊にそんな相手がいるのは感慨深い。誰だって友達を親友と言い切るのは簡単なことではないだろう。


「ごちそうさま」


 懐かしい思い出に浸っていると柊が席を立った。

 ソファーに座ってスマホで遊びだす姿を尻目に皿を洗っていく。


 それが終わると杏一は風呂に入った。その後に柊が入って、柊が出てくると髪の手入れをしてあげる。ちなみに今日の髪型はツインテールだ。



 午後九時までにそのルーティーンを終えると、お互い自室に戻った。もうすぐ期末テストがあるため、最近は夜勉強しているのだ。


 杏一は十番台の成績をキープしていて、柊は真ん中より少し上ぐらいの順位。偏差値がそこそこ高い進学校のためそれでも上出来だ。


 杏一は数学のテキストを開いて問題をノートに解いていった。既に一通り解いたことがあるため以前できなかったところを重点的に確認するように解いていく。


 三十分ほど続いていた集中は、コンコンという扉を叩く音で一度途切れた。


「入っていいよ」


 杏一がドア越しに答えるとゆっくり開いて同居人のJKが顔を見せた。


 柊が訪れることは珍しい。仲が縮まったとはいえ、一緒にいない時間の方が多いのだ。


「どした、柊」

「えっと……さ」


 ドアを開けて一歩入ってくるがそこで立ち止まってしまう。手にはノートと筆記用具を持っていたから、言い出せない妹の代わりに杏一は提案してあげた。


「よかったら俺と一緒に勉強してくれないか? ちょっと集中できなくてさ」


 椅子に座ったままぐーっと伸びをした杏一は、立ち上がって折り畳みの机を組み立てる。座布団を二つ用意して先に座ると、柊も向かい合わせで足を崩した。


「仕方ないから、やってあげる」

「ありがと。何の教科やる?」


 柊はこの部屋を訪れる努力を見せたのだから、杏一もそれには答えたいと思った。


 相変わらず天邪鬼でそこも可愛いなと思っていると、柊は数枚の紙を机に広げて俯いた。


「え、と……教えてください」


 モジモジしなが上目遣いでのお願い。

 そんな可愛いお願いをされては断る選択肢などない。


「いいけど、これは? このテスト何点満点だっけ?」


 見せてくれたのは前回の中間テストの答案用紙。驚くべきことに現文、古典、英語、日本史などの文系科目で満点の100に近い点数を連発していた。


 だが問題は理系科目の方で、柊も杏一と同じ理系のはずだが数学物理化学のどれもが十点台と芳しくない。


「うぅ……」

「えっと、責めてるわけじゃないぞ? たまたま体調悪かったのか?」


 妹が急に小っちゃくなってしまったためフォローする。本人は深刻そうだがその表情にはぐっときた。杏一が尋ねると柊はふるふると首を横に振るだけ。


「なんで理系選んだんだ?」


 文系の道に進めば無双できるのに、何故か柊は理系に来てしまった。ケーキ屋さんと間違えてラーメン店に入った少女みたいだ。


「…………だって、一緒が……もん」


 声が小さくて断片的にしか聞き取れない。


「一緒? ああ栞も同じだもんな……ってちょ、暴れないで。どうしたんだ?」


 突然柊が答案用紙を投げてきたが、ひらひらと宙を舞って部屋を散らかしただけ。


 そんな奇行に杏一は首をひねりながら回収する。


「いいから教えて!」

「へいへい。まず何からやろっか」


 ちゃんと教えてと言えるのは偉い。

 そう思っていると、柊が隣に座ってきた。


「……と、隣の方が教えやすいでしょ」


 あまり広い机ではないため肩が触れ合うぐらいの距離。机の下に視線を移せば肌焼けを知らない太ももが見え見えで、机上の参考書を見ていても間接視野でたわわな膨らみがどかんと存在している。


(女の子なんだから危機感持った方がいいぞ)


 杏一はクローゼットからカーディガンを取り出して柊に羽織らせた。エアコンの温度も低く設定してるから風邪を引いたら大変だ。それに殴られてからでは遅い。


「寒くないよ?」


 柊はきょとんとして女の子みたいな声で言った。


「いいから羽織っとけ。ほらやるぞ」

「う、うん」


 若干露出が抑えられたところで勉強を開始する。


 柊は付箋のたくさんついた参考書を机に置いた。自分で一度出来るところまで頑張ってみたのだろう。柊のそんな一生懸命なところは昔から変わらない。


「こんなにあるけど、いい?」

「当たり前だろ。一晩中でも柊の知らないことは俺が全部教えてやるよ」

「へっ、変な事言ってないで早く始めよ」


 杏一には意味が分からなかったが柊は赤くなった頬をツインテールで隠してしまった。面白かったからつい柊の手と一緒に両方掴んで左右にピンと張る。


「うぅ~引っ張らないでぇ」

「悪い。でも持つとこあって便利だな」


「持つとこ!? 何そのカブトムシの角みたいな言い方。あ、でも今はクワガタの方が似てるかな? じゃなくて、とにかく持っちゃダメに決まってんじゃん!」


「ほら、遊んでないでやるぞ」

「無視!? 私が悪いの?」


 キーキー怒っているが可愛いものだ。

 少しやり過ぎたと思い反省し、気を取り直して問題を解説していく。


 公式などは全て覚えているらしいが、使いどころや応用問題を苦手としていたため丁寧に教えてあげた。


「……こんな感じだな。できそう?」

「わかった。やってみる」


 数字アレルギーではないらしく、自頭がいいのもあってすんなり理解してくれた。


 納得するとうんうんと頷いて二つの尻尾を揺らしてくれるのが嬉しい。教えるより髪を引っ張りたくなる衝動を抑えるほうが難しいくらいだ。


 一時間ほどテンポよく進めて付箋を剥がしていった。




「んあああああ! もう無理! 頭パンクしちゃう!」


 疲れたらしく、柊はごろんと仰向けになって天井を見上げた。


 大きな山が二つできていて、その下には小さな池が出来ている。つまり胸もおへそも無防備になっているが本人は全然気づいていないらしい。


「柊、みっともないぞ」


 だから杏一はおへそを押し込むように手のひらでぽむと叩いた。スベスベで少しヒンヤリした肌に触れると、


「ぴぎゃあ!」


 柊が変な鳴き声を上げた。

 勢いよく体を起こすと取られないようにおへそを両手で隠してしまう。


「わり。そんな驚くとは思わなかった」

「きゅ、急に触んないでよ。変な声出ちゃうじゃん!」

「気をつける。でも可愛かったからさ」

「だからって……まあ、これぐらい許すけど」


 以前は脱衣所で半裸の状態を目撃しただけで変態扱いされたが広い心を持ったらしい。なんとなく怒られないと思ってやったが通報されなくてよかった。


 兄妹とはいえ過度なスキンシップは控えるべきだ。


「も、もう休憩お終いね。まだたくさんあるからやっちゃうよ」

「おっけ。思ったより出来てるしこの調子ならいい点取れそうだな。さすが俺の妹だよ」


 杏一は何も考えず浮かんだ言葉をさらりと伝えた。すると柊は怒っているのか嬉しいのかよく分からない顔になってしまう。


「ふん、兄貴面しないでって言ってるじゃん。私なら当然だもん」


 そう言って、柊はカリカリとペンを走らせた。

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