20 義妹、大ピンチ

「さーて、お兄さん? 全部話してもらいましょうか」


 放課後。杏一は体育館に呼び出されていた。

 愛の告白のようなラブ展開とは真逆で、壁際に追いやられて尋問を受けている。


「痛いのはやめてくれよ? 苦しいのも勘弁だ!」

「素直に話してくれたら何もしませんよっ」


 腰を抜かしたように両手とお尻を地面につける杏一に、栞は乾いた笑みを浮かべて見下ろす。


「だ、だから、親が留守にしてる間は柊と二人ってだけだよ。別に問題な──ひぃ!」


 バゴン、と栞が杏一の顔横すれすれに足ドンした。スカートの中のスパッツが丸見えだが全然萌えない。顔を近づけてきて、喉仏には人差し指を添えられる。


「柊さんと二人きりってことは寝顔もお風呂上りも見放題って事ですよね? 問題ないって言えるんですか?」

「な、ないだろ。だって兄妹だし。それに今までも一緒だったし」


 本当は見放題どころか毎日起こしてるし風呂上りには髪を触りまくってるがそんなこと言えない。


「私も今まではご両親の目があったので我慢してました。でも今は状況が違いますよね? あんなに可愛い柊さんと一つ屋根の下で襲わない方がおかしいです!」


「いや、そんなことしないから落ち着け? だいたい柊と俺の関係はお前もよく知ってるだろ」


「そうですね。お二人の仲が本当はよろしいのは知ってますし別に構いませんよ。ですがいつまで今のまま続けるつもりですか? 私はそれを問い詰めてるんです」


 つんつんと喉を指で押してくる。


「何が言いたいんだよ」

「言っちゃっていいんですか? お兄さんが一番わかってるくせに」


 栞が何をさせたいのかは分からない。

 答えは……何となく聞きたくなかった。


「ふふっ、意地悪言っちゃってごめんなさい。お兄さん見てると虐めたくなっちゃうんです」

「俺はそんな性癖持ってないから勘弁してくれ。それで、なんだ? 俺をどうするつもりだ」

「そんな警戒しないでくださいよ。どうするかはこれから決めますから」

「これから?」


 杏一が眉を寄せて尋ねると、栞は曇りない笑顔で答えた。


「お泊りさせてくださいっ!」




***




「おかえりなさい。お風呂にしますか? ご飯にしますか? それとも……あうっ」

「調子に乗るな。なんでお前が先に上がるんだよ」


 三人で帰宅すると栞が新婚ごっこみたいなことを始めたため、頭に優しく手刀を打ち込む。


 栞は杏一より遥かに強いがこういうノリには合わせてくれる。まあ、そもそもふざけなければいいのだが。


「照れてるんですかぁ? あ~でも、柊さんと私と一緒なら仕方ないですよね。興奮しちゃうのはわかりますけど間違いを起こそうとしても無駄ですよ?」


「しないから安心しろ。だから柊、そんな引いた目で見ないでくれ」


 さっきからジトーっと汚物を見る目をしているのだ。


「あはは、冗談ですよ。柊さん、今日は一緒に寝ましょーねぇ」

「うん! お泊りなんて久しぶりだね」


「ねー」と笑い合って制服を着たままの二人がキャッキャする。眺めている分には絶景だが呑気に堪能している場合ではない。栞の意図がつかめないのだ。


 柊との生活を監視するのか、はたまた邪魔するのが目的か……。単純に遊びに来たわけではないだろう。


 靴を揃えて脱いで、栞にリビングへ行くよう促す。

 すると柊が杏一にしか聞こえないように耳打ちしてきた。


「何さっきからにやにやしてんの? キモいんだけど」


 冤罪だと思うがお叱りを受けてしまう。

 だが弁解の余地は無いため軽く謝ってリビングに向かった。




「では本題に入りましょうか」


 女性陣がソファーに座り、杏一が座布団を敷いて床に座ると栞が口を開いた。


「何の話するの? なんだかしぃちゃん今日はいつもと違うね」


 栞は普段、柊の前ではあまり杏一を挑発しない。距離の近さを訝ったのだろう。


「まあいいじゃないですか。ところで柊さん。好きな人はいますか?」

「ほぇえええ!?」


 本当に唐突だった。柊が変な声を上げてソファーの背もたれに体を預けて仰天している。


「と、とと特にはいないけど。急にどうしたの?」


 柊がちらりと杏一を確かめるように見て、すぐ逃げるように栞に向き直った。


「ただのガールズトークですよ。ちなみに私もいません」


 栞もそう発言すると、杏一にもどうだと聞いてくる。

 互いに探り合っているようだ。


「お、俺もいないけど……俺はボーイだから二階行ってもいいか?」

「ダメです。屁理屈言わずそこにいなさい」

「は、はぃ……」


 完全に主導権を握られた。柊も身構えるようにお行儀よく座っている。


 そんな柊に、栞は親友にもかかわらず……いや、親友だからこそ刃を突き付けた。


「時に柊さん、お兄さんのことなんで杏くんってんですか?」

「え、ええええ、ななんなんでって学校で兄さんとか呼びたくないからだよぉ」

「ん? でも私の前ではいつもおにぃちゃんって──」

「しっ、しぃちゃん静かに! しーだよ!」


 柊は何か言いかけた栞を胸に抱きしめて何も言えないように拘束した。杏一は頭に?を浮かべ、栞はむごむご苦しそうにしている。


「ご、ごめんしぃちゃん。苦しかった?」

「ぜぇ……はぁ……。いえ、ぷにぷにでした。ありがとうございます」


 息を整える栞は満更でもなさそうだ。

 前髪を直しながら雑談みたいに話す。


「どうして二人で暮らしてるって教えてくれなかったんです?」

「だ、だって絶対面白がって何かするもん!」


 それには杏一も強く同意する。今が正にその状況だ。


「……否定できないのでまあ良しとします。それでは柊さん。最後の質問しますね」

「う、うん。ばっちこいだよ」


 両手で握りこぶしを作る柊。

 栞はその瞳を優しく見つめると杏一の方を向いた。


 立ち上がって、杏一の横にちょこんと座る。


 そして、腕に抱き着いた。お子様の胸を隙間なく密着させて肩に頬をすりすりし出す。


「ねぇ柊さん」


 杏一は振りほどこうとするも栞の力に勝てなかった。横目で見ると栞は笑っている。いつも杏一を脅す時のような顔で、にちゃりとした笑みを柊に向けていたのだ。


「私がお兄さん貰っちゃうって言ったら……どうします?」


 冗談で言っているのは明らかだった。

 少なくとも杏一の目にはそう映っている。


 だが柊は分かりやすく狼狽した。

 額や首筋にはっきり浮かぶほど発汗している。


「どど、どうして、私に聞くの? 杏くんとは兄妹だし、かっ、関係ないよ。ていうかどうでもいいし。こんなダメな人をしぃちゃんが貰ってくれるなら嬉しいよ」


「ふぅーん。ま、冗談ですけどね。お兄さん、本気にしちゃいました?」

「俺はロリコンじゃねえって言ってんだろ」

「あーまたそんなこと言うんですか。まあいいですけどねー」


 栞はくすくす笑って杏一を解放すると、運動したわけでもないのに呼吸を乱している柊のすぐ隣に座った。


 柊の耳に手を添えて、今にもキスしそうな距離で、


「柊さんはほんとにずるい人ですね」


 杏一には聞こえないように囁いた。

 柊は小さく独り言のように漏らす。


「しぃちゃんは意地悪な人だよ」

「んふふ、一緒にシャワー浴びませんか? 汗びっしょりですよ?」

「うん、そうする」


 そんな意味深なやりとりを杏一はポカンと聞いて、二人が行くのを見届ける。


(何の話だ? それにあの二人ってあんな感じだったんだ)


 柊が完全に化粧を取ったような顔を見せるのは杏一を相手にする時ぐらいだ。それだけ、柊は栞を信頼しているということになる。


(まあ良い関係なら口出す必要無いか)


 杏一はそう思って、いつもより一人分多い夕飯を作り始めた。

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