18 義妹の様子がおかしい

「カップルでよろしかったですか?」


 杏一と柊が席に着くと、若い女性の店員が初々しいものを見る目で尋ねた。


 今日は二人で学校終わりにお好み焼き店を訪れたのだ。いつも杏一が作っているためたまには休んだ方がいいということで今後も定期的に開催する予定。


 カップルに間違われたから杏一が柊に視線をやると、


「はぃ……そ、そうです」


 こくっと小さく首肯した。その様子を見た店員さんは店内の説明を終えると微笑みながら厨房に戻る。杏一が何も言わず柊を見ていると、勝手に喋り出した。


「だって、安くなるじゃん」

「だな。ちょっとずるだけど良いと思うよ」


 男女のペアで来るとそう見えるのだろう。今は個室で二人きりだが、入店した時は柊の美貌で周りの大学生や社会人の客が羨ましそうに視線を飛ばしてきた。


「さっそく注文するか。安くなったしどうせなら食べ放題にしよう」


 ここは注文したら自分で焼くシステムの店だ。

 食べる以外にも作る楽しさがあっていい。


 備え付けのパネルを操作して注文をする。杏一はオーソドックスな豚肉入りのやつを、柊は餅とチーズが入ったやつを選び、二人で分ける用のサラダも注文した。


 一巡目の注文を済ませると柊が席を立つ。


「どした? トイレか?」


 そわそわしているからそうだと思ったが、正面に座る柊は何故か杏一の隣に移動した。


「えっと、何してんの?」

「ダメなの? 私が隣座っちゃ」


 正直意味が分からなかった。


 四人掛けの座敷のため隣にいても問題は無いが、これではまるでカップルみたいだ。たまに飲食店で向かい合わずに隣同士で座る男女を見るがその光景である。


「ダメじゃないけど……さ」


 柊をよく観察してみる。家では基本部屋着でいるため、制服姿でこの距離にいる柊は新鮮だった。家ではない場所ということもあって妙な緊張感がある。


「だってこうしないと兄妹ってバレちゃうよ?」

「そんなことは無いと思うけど」

「カップルって言っちゃったんだから仕方ないじゃん」


 柊は目を伏せながら、ちょんと小指を握ってきた。


(ほんとにどうしたんだ。最近様子がおかしいぞ?)


 反抗期とはまた違う気がする。たまにツンケンしたことを言ってくるが、謎のデレを発揮する時があるのだ。同じ環境で育ったのに男女でこうも思考に差が出るのかと思った。


「お待たせいたしましたー!」


 妹の奇行に頭を悩ませていると注文が届いた。

 特に疑問も持たれず店員は行ってしまう。


「じゃあ焼こうか。できる?」

「バカにしないで。卵を割って……あっ」


 生卵を割って混ぜて焼くだけなのだが、柊は生卵を粉々にしてしまった。両手でぐしゃっと握り潰して手をべちゃべちゃにしてしまったのだ。


「あー、まず手綺麗にしよっか。卵は俺のやるから……はい、あとは一緒に混ぜよう」

「ん」


 こうして杏一のお料理教室が始まった。



1.杏一が容器を抑えて柊が混ぜ混ぜする。


2.柊がぐちゃっと鉄板に広げたタネを杏一がそれっぽい形に仕立てる。


3.すぐにひっくり返そうとする柊を止めて焼けるのを待つ。


4.柊の手を操って一緒にひっくり返す。



 あとは皿に移してソースやらマヨネーズやらをお好みでトッピングして完成だ。


 焼けたらすぐに二枚目のお好み焼きも注文しておく。食べ放題での基本戦術だろう。


「やった! できた!」


 柊は子どもみたいにぱーっと笑顔を咲かせて喜んでくれた。そういえば昔家族で来た時は母がひたすら焼いて柊はずっと食べていた気がする。


「頑張ったな。はい、あーん」


 杏一が何の疑問も持たず流れるように差し出すと、柊もウサギみたいにモグモグ食べてくれた。


 マヨネーズで汚してしまった可愛い口を拭いてあげると、今度は逆に柊が食べさせて杏一は口の中を晒す。


お互い客観的に自分たちを見る力を失っていた。


「失礼します。追加分お持ちいたしました!」

(ひっ!)


 ばっと襖が開いたことで杏一は冷静さを取り戻した。

 がっつり食べさせ合うところを見られた羞恥心でいたたまれない。


「うふふっ、お熱いですねぇ。でも焼き過ぎはご注意ですよ?」


 お姉さんは「ごゆっくり~」と手をひらひらさせて行ってしまった。


「……」

「……」


 最近はあーんが当たり前になっていたが、他人から指摘されれば意識してしまう。


 肩が触れ合う距離で見つめ合う形になり、燃えカスがじゅーっと焼ける音がよく響いた。


「きょ、兄妹だから普通だよね?」

「ああ。むしろしない方がおかしいくらいだ」


 流石にそんなことないのは分かっている。


 でも今は何とも言えない気まずさから逃げたくて適当に間を繋いだ。毎日見ている妹なのに動揺してしまう。


「続き食べるか」

「うん。デザート食べるいっぱい」


 片言で言うと、柊は向かい側に戻ってちびちびお好み焼きを食べ始めた。その姿が我が妹ながら可愛くて、ついスマホのシャッターを起動する。


 パシャリ──丁度口に運びながら上目遣いになった柊が撮れた。


「なに撮ってんの。消してよ」

「いいじゃん。あとで母さんと父さんに送る用ってことで」


 今の時代は国境を越えてもやり取りが出来るから便利だ。


 柊は両親を出されて何も言えなくなったのか、悔しそうに口を閉じてしまう。その代わりにガサゴソと鞄を漁ると、杏一とお揃いのスマホを持ってまた隣に座った。


「今度は何? なんか怒って……」


 パシャリ──柊が杏一の腕をコアラみたいに組み、肩に頭を預けるとシャッターが鳴った。


 画面にはとびっきりの笑顔をした柊と、間抜けな顔で驚いた杏一が写っている。


「どうせ撮るなら二人の方がいいじゃん。仕方なくだから」

「あ、……うん」


 ツーショットで撮ることにも驚いたが、こんなに柊の方から密着して笑顔を見せてくれたのが意外だった。両親も急に仲良くなった二人を見たら驚くだろう。


「なに? なんかおかしいこと言った?」


 柊は腕を放して自分の席に戻ってしまう。腕に残る感触と柊を見比べていると、きょとんと首を傾げた。何も知らない無垢な子どもみたいだ。


「いや、俺にも送ってくれ」

「んーやだっ」


 笑顔で返されては何も言えまい。くすすと笑い合って、腹八分目になるまで続きを食べた。


 ちなみに、後日ふと目に入った柊のスマホの待ち受け画面は今撮った写真になっていた。





「じゃあ帰るか」

「うん。もうお腹いっぱい」


 会計を済ませて外に出る。時間ギリギリまで居たせいで日はすっかり落ちていた。


 さあ帰ろうかと歩き出す。


 すると同じ制服を着た生徒の集団が前方からやってきた。部活終わりに寄っていくところだろうか。よく見ると同じクラスの生徒も混ざっている。


「柊。悪い」

「へ……にゃっ、にゃっ、にゃにぃ!?」


 杏一は柊をブロック塀に押し付けた。右腕全体を塀にくっつけるようにして壁ドンし、左手は柊の口を塞いでむごむご言わせる。それから柊の体を全部隠すように密着させた。


「あれ同じ学校じゃね?」「あ、ほんとだ。お盛んだなぁ」「くっそ、羨ましいぜ」


 幸い気づかれてはいないようだ。男子のグループが店に入って行ったのを確認してから柊を解放してあげる。手の中が柊の息で若干蒸れたが気にしない。


「ぷはぁー! な、なんなの!? も、もうカップルごっこは終わったんだよ!?」


 怒ると思ったがわたわたと狼狽する柊。

 兄妹だとしても今の行為は謝るべきか。


「クラス同じだったからさ。別にいいんだけど明日いろいろ聞かれるかもしれないだろ?」


 杏一と柊は普段学校で話さないから問い詰められるか噂になるだろう。杏一はよく他の男子から妬みと同時に柊の情報を教えろとせがまれる。回避できる火の粉は払うべきだ。


 ……いや、本当は妹との食事の余韻を誰にも立ち入らせたくなかっただけかもしれない。


「そ、そっか……でもびっくりするじゃん」

「気をつける。でもキモいって言わないんだな」

「あ、そうだった。キモいよ」


 思い出したように付け加えると、柊はそっと袖を掴んできた。でもすぐに離していつも通りに戻ってしまう。


 だから杏一も普通の兄妹みたいに柊に接した。


(カップルごっこか……)


 最近柊が余計可愛く見えるのは気のせいだろう。

 妹なんだから可愛いのは当然だと、杏一は納得した。

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