16 義妹のプレゼント

 それから約三十分後。


「柊。起きて?」


 杏一は全く眠れなかったが、体調の方はかなり良くなったため上体を起こした。自分が布団に入っているのに妹は床に座って寝ているのは申し訳ない。


 時計はもうすぐ夜の十一時。つまり十時間以上寝ていたことになる。

 握っていた手を離してから肩を揺すると、


「んぅ。おにぃ……ちゃ! きょ、杏くん。もう平気なの?」

「うん。柊のおかげで良くなったよ。ありがとな」

「よかったぁ。あ……でもでも、許可なく勝手に風邪引かないでよ。ほんとに杏くんはダメダメだね」


 柊はこちらを見た途端ぱーっと笑顔になったが、何か思い出したようにすまし顔になってしまった。腕組をしてぷくっと膨れてしまう。


「ああ、そうかもな」

「何笑ってるの。まだおかしいんじゃないの?」

「どこも悪くないって。心配してくれてありがと」

「べ、別に心配なんかしてないもん。勘違いしちゃうとか気持ち悪いよ。あーあ、せっかくの休みが一日潰れちゃった!」


 そう言って柊は取り繕ったように不満を表した。でも本音を隠しきれていないのか目元が笑っていて、その不格好さが可愛かった。


「あ、またキモい顔してる。ほんとに杏くんは──ひゃんっ!」

「ははっ、柊は面白い顔してた」


 頬に赤い跡がついていたのだ。ぷにぷにの頬に保冷剤を当てると柊はソプラノ声を上げた。


「面白い顔って……女の子に失礼じゃない?」

「可愛かったよ。怒った顔も、寝てる顔も」


 この姿を見れるのは杏一だけだ。

 どれだけ見ても見飽きない。


「あ、まだ赤い。それ」

「ひうっ! な、なにするの。もう知らないからね。本気で怒るからね!」


 もう少し怒らせてみたらどうなるか気になるが、病み上がりでビンタを食らって平気なほど杏一の体は頑丈にできていない。大人しくここは手を引くことにする。


 くすくす笑っていると、同時にお腹が鳴った。

 柊は恥ずかしそうにおへそを押さえる。


「そういや朝も食べてないもんな。すぐ作るから待って……なんだ、柊。まだ怒ってるのか?」


 よっこらしょと立ち上がろうとしたら阻止された。

 肩を掴まれて立たせてくれない。


「待ってて」

「え、どゆこと?」


 疑問には答えず柊はそそくさと部屋を出てしまった。

 だがすぐにとたとたと階段を上がる音が聞こえ、両手に土鍋を持って入って来た。


「なに、それ?」

「おかゆ」

「作れたの?」

「うん」

「柊が、俺のために?」

「そうだけど? 嫌なら……食べなくていいけど」


 しょんぼりして引き返そうとしてしまったため、待ってくれと慌てて止める。


 すると柊は杏一の膝の上にお盆ごと土鍋を置いた。


 一緒にスポーツ飲料も用意してあったから一気に半分まで飲み干す。


 不安より若干期待を込めて蓋を開けると、中にはおかゆっぽい何かが入っていた。


「はい。あーん」

「え? あ、あーん」


 躊躇なくスプーンですくって食べさせてくれた。

 杏一は思い切ってかぶりつく。


「……ごくん。…………うん、おいしいよ」

「嘘。顔引きつってるけど?」

「いやうまいって。ほんとにうまいから」


 信じてくれない妹は、同じスプーンでぱくっと食べると「げーっ」と苦い顔をした。


「まじゅい。なにこれ」

「俺が聞きたいよ。何入れたんだ」


 食べられはするがオブラートに言って味はいまいちだ。

 しかも冷たいしおかゆなのに固い。


「なんで甘いの? これ砂糖入れたよね?」

「だって甘いの好きだもん」

「確かに柊は甘党だもんな。それよりおかゆって白いと思うんだよ。これは何色に見える?」

「……まっくろ」

「だよな。なんでこんなになるまで焦がし……」


 杏一は思いとどまった。柊が涙目になっていたというのもあるが、作ってくれた事実が嬉しかった。


 だから味なんてどうでもいい。愛情のスパイスがあれば大抵のものは食べられるのだ。


「スプーン貸して」

「あ、ダメだよ。お腹壊しちゃうよ?」

「だから美味しいって言っただろ? 柊の手料理が食べられるだけで俺は嬉しい」


 正直何を食べてるかはわからなかったが一粒残さず食べきった。


「あの、先に謝っとくけど、下凄いことになってるから。お鍋一個壊しちゃったし、床は水浸しだから……」

「いいよ。怪我しなかったのが偉いし火事にならなくてよかった。本当にありがとな」

「……うんっ」

「よしよし。柊はいい子だな」

「ふぇにゃっ!? ……うぅ」


 衝動を抑えきれず頭を撫でてあげると恥じらいながら笑ってくれた。まるで褒めて欲しい子どもみたいに柊の方からもすりすりしてくるが、素直にデレてくれるのが新鮮でこそばゆい。


「あ、そだ……」


 杏一が愛でていると、柊はもういいよと首を振った。

 土鍋の乗ったお盆を机に置くと、また下に降りて今度は両手で慎重に箱を持ってきた。


「え……もしかして」


 中を見る前になんとなく察しがついた。

 箱に書かれていたというのもあるが、朝から少し期待していたからかもしれない。


「うん、お誕生日おめでとう。もうすぐ日付変わっちゃうけど」


 柊は箱からケーキを出して、一口サイズにフォークで刺すと「あーん」してくれた。もうすっかり慣れたもので、杏一は妹に口の中を見せる。


 甘ったるいくらいの苺のショートケーキは、クリームとスポンジの舌触りが絶妙だった。


「美味しい? ……って、なんで泣いてるの!? こっちは不味くないと思うけど」

「美味しいよ。けど……違くて。ちょっと見ないで」


 妹の前で泣いたことなど記憶には無い。

 それなのに溢れてしまった。


「ほんとはプレゼントも買いに行こうと思ったんだけど、杏くん倒れちゃったから。……えっと。いい、いつも……あり、がとね」


 柊は歯切れ悪く言うと、杏一に差し出していた苺を自分で食べてしまった。

 そんな姿が愛おしくて、杏一は笑ってしまう。


「俺のためにありがとう。プレゼントはもう十分貰ったよ」


 昼に出かけようとしたのがまさか自分のためとは思わなかった。


「だ、だってお誕生日だし、二人で暮らし始めて一週間だし……仕方なく今日だけは優しくしてあげてるんだから。ほんとに仕方なくだから」

「わかってるよ。俺は柊と会えて本当によかった」


 すらっと感謝が口からこぼれる。

 毎日柊といられることが何より嬉しい。


「も、もぅ……そんな恥ずかしいこと……」


 柊は目を伏せたり持ち上げたりしてチラチラとこちらを窺ってきた。するとぐーとお腹を鳴らしたから、今度は杏一がフォークを持って柊に食べさせてあげる。


「はい、あーん」

「……自分で食べれるのに」


 そう言いながらも「はむ」と食いついてくる。

 口に入る瞬間にフォークを引くと、カチンと歯を鳴らして怒ってしまった。ようやく食べさせると、蕩けそうなくらい笑顔になる。


「えへへ、しあわしぇ」

(俺もだよ)


 そんな風に、誕生日が終わるまで二人で過ごした。

 来年の誕生日はもっと長い時間過ごせたらいいなと思う。

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