義妹覚醒編
12 義妹を知る友人たち
昼時。学校にて。
「お前、最近気持ち悪いぞ」
杏一がカレーを食べていると、正面に座る友人の伊織が引いた目をしていた。
柊にはよくキモいと言われるが、男にそんなこと言われる筋合いはない。
「なんだよ急に。昔っからこの顔だっつーの」
「いいやここ数日は吐き気がするレベルだ。変なもんでも食ったのかと思って様子見してたがもう耐えられん。毎日男のにやけ面を見ながら飯を食う俺の身にもなれ」
そう言って伊織はスマホの画面を見せてきた。
内カメラになっていて自分の顔がよく見えるのだが、そこにはアホみたいな顔で気色の悪い笑みを貼り付けた杏一の姿があった。
「うわっ、これ俺か?」
自分でも少し引くレベルのキモさだった。
一度頬を引っ叩いて渇を入れる。
「やっと目が覚めたみたいだな。柊ちゃんと何かあったのか?」
柊と何があったのか。
それは思い出すだけで悶え死にそうになる。
──おにぃちゃん大好き
昔は毎日言ってくれたセリフだが、最近はうざいだのキモいだのしか言われていなかった。
だから兄として妹に好かれていることが単純に嬉しく、浮かれているという自覚はあるが他意は無い。
それにあれから数日経つが柊は何でも無さそうに生活している。変わらず反抗はしてくるものの、毎朝事故なく起こしているし、ご飯も残さず食べてくれるし、髪の毛もやってくれと頼んでくるのだ。
二人暮らしを始めてもうじき一週間になるが順風満帆と言えるだろう。
「おい、また顔が変質者だぞ。柊ちゃんに通報されても知らないからな」
「し、失礼な奴だな。俺は何も考えてねえよ」
杏一は平静を装うも伊織は訝った。
「もしかして最後までしたのか?」
「は!? バッカお前! なわけねえだろ!」
本当に何を言い出すのだろう。
伊織の口は止まらない。
「じゃあ一緒に風呂でも入ったか?」
「入らねえよ! 残り湯にすら入ってねえわ!」
「そのセリフはどうかと思うがまあいい。ならキスか」
「……してねえよ」
「え、もしかして間接キスとか?」
杏一は言葉に詰まった。
味覚が微かな苦みを思い出す。
「まじ? お前ガキか。そんなん女友達とでもする時あるだろ」
「るっせえな。俺はそんな相手いないしもうほっとけ」
これ以上この話題を続けるのは居心地が悪かった。
なぜか顔が熱くなるし動悸がするのだ。
そんな杏一に対して伊織は面白く思ったのか、こういう時に手を引いてくれるはずもない。
「俺だって姉ちゃんの箸使うぐらいしょっちゅうしてるぞ。柊ちゃんはお前の妹なんだろ? なぜ杏一くんはそんなに動揺しているのかな?」
「いや別にしてないし? てかお前の姉ちゃんと俺の可愛い妹を一緒にするんじゃねえよ!」
「否定しないけど失礼だろ! お前はもうちょっと自分のヤバさを自覚した方がいいぞ!」
互いに立ち上がって声を上げる。そのままデッドヒートするかに思われたが、周囲から物凄い数の視線を感じたことで冷静になった。
着席して一度深呼吸。
「まあいい。今はそれでいいんじゃないか?」
「だからお前は何を期待してるんだ。俺と柊はそういう関係じゃないんだよ」
間接キスも大好きも昔は日常だったことだ。
妹のために尽くしていたことが無駄にならず、また仲の良い元の関係に戻れるかもと期待しただけ。
だから柊とは男女の関係的なことをしたいとは思わない。今の関係がもう少し兄妹の在り方として、良い方向に転んでくれたらと願うだけだ。
まあこれをいくら熱弁したところで伊織は納得してくれないため、杏一もこれ以上ムキにはならなかった。
くだらない雑談をしながら、残りのカレーを喉に通す。
放課後。柊は既に教室を去った。
最近は柊と帰っているが校門からでないと一緒に帰ってくれない。
一分以上待たせたら不機嫌になってしまうため、弾む足取りで杏一も向かう。席が前後の関係なのに教室ではまだ会話してもらえないのだ。
「あ、お兄さん。もうお帰りですか?」
廊下を早歩きしていると、その進行を妨げるように栞が立ち塞がった。身長150センチ弱の小柄な体形。発展途上な胸を張っている。
(なんか変なのに捕まったな)
特に用事は無いため杏一は無言で通り過ぎることに決めた。栞は幅を取らないため少し避けて歩こうとしたが、進行方向に栞が入ってくる。
「もうっ、どこいくんですか」
下から見上げてくる栞は腰に手を当ててぷんぷんしている様子。杏一は横にずれるようにして戦闘回避を試みるも、栞は軽い身のこなしでついてきた。
(強制エンカウントかよ)
何度か反復横跳びをしてみるがそれでも虚をつくことはできず、疲労と時間ばかりが蓄積される。
残る手段は強行突破だがいろんな理由でここは潔く諦めた方がいい。杏一も栞も軽く息を切らしていた。
「はぁ……はぁ……なんで逃げるんですか」
「わり、小っちゃいから見えなかった」
いつものように栞をあしらう。
だが栞は小さいことを気にしていないため大して意味は無い。
「へーそうですかぁ。ならこれでどうです?」
「ちょっ、お前ここ学校だぞ」
栞の子どもみたいな手が杏一の顔に触れる。
何をするかと思いきや、両側から抑えるように添えて下を向かせてきた。そして自分の顔をよく見せるように栞は一生懸命背伸びをする。
「え~、学校以外ならしてほしいって事ですか? お兄さんもしかして喜んでます?」
「うるせえ。俺はロリコンじゃねえんだよ」
ぱっと見はギリギリ中学生くらいに見える。栞とは小さい頃から知り合いだが体は全然成長していない。
杏一がぺしっと軽くデコピンすると、栞はようやく手を離してくれた。
「いててです。泣いちゃいますよ?」
「泣け泣け。子どもは泣くのが仕事だからな」
「ふふっ、そんなこと言って本当は照れてるんですよね? 私って結構需要あるみたいですよ」
そう言って栞は自信満々にまな板の胸を主張してきた。余裕のあるサドスティックな笑みは小悪魔みたいで、杏一の趣味ではないが顔がいいのは認めるし好きな人は好きだろう。
「あはっ、もしかして妄想しちゃいました? お兄さんは私のぺったんこなお胸で一体何を考え──ああ待ってください! どこ行くんですかぁ!」
杏一にとっては本当にどうでもいいことのため早く柊と帰りたかった。
放っておこうと思ったが手を掴まれてしまう。
「なんだよ。おままごとならまた今度してやるから」
「そんなんじゃありません。柊さんのことです」
柊の名を出されたら無視はできない。その辺の考えが伝わってしまったのか、栞はにやりと悪役みたいに笑って主導権を握ろうとしてくる。
「無視したらどうなるか、わかりますよね?」
「おっとそういえば先生に呼ばれてたんだった」
「へぇ、そんなこと言っちゃうんですか。襲われちゃいますぅー! とか叫んでみせましょうか?」
そんなことを栞にされれば未来はない。
杏一は頭をかいて渋々承諾した。
「すぐ終わらせろよ」
「んふっ、では場所を変えましょうか。お兄さんっ」
前を行く小柄な背中を追いかけながら、杏一は念のため柊に帰っててくれとメッセージを送っておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます