06 義妹は急に怒る
髪の毛をやってあげると二人で昼食をとる。
杏一の気分でポニーテールにしてあげたのだが、柊はどんな髪型でも似合うと思う。嫌がっている素振りは無いため今後も色々やってみるつもりだ。
ちなみに母も柊の頭でよく遊んでいたため、見るたびに違う髪型で新鮮だった。兄目線ながらお人形さんみたいで可愛らしい。
「どう? 朝作ったから時間たっちゃったけど美味しいか?」
「普通」
正面に座った柊はそんな感想を漏らした。
それでもちゃんと全部食べてくれたから嬉しい。
「味付けは調整できるから言ってな」
「別に何でもいいし」
基本的に柊の態度は変わらない。無愛想だが、二人きりになったことでもっと柊のことを知れた気がする。ずっと一緒に育ってきた妹なのに知らないことは多い。
「じゃあ分担決めようか。柊は何ならできる?」
杏一も腹を満たしたところで提案した。
何なら、というのは断じて貶しているわけではない。
「バカにしてんの? うざいよ」
柊はそう言って席を立った。杏一の分の皿も重ねて流しに運ぶと、蛇口をひねってスポンジを手に取る。洗い終わった皿を食器棚に運ぼうとすると、
「あ──」
その声をかき消すように、パリンと落として割ってしまった。幸い、ケチャップを入れるのに使った小皿だけ割ったため被害は大きくない。
「柊! 大丈夫か? 怪我してないか?」
杏一はすぐに柊へ駆け寄った。
生足は白いままで、血は一滴も流れていない。
「平気だから……心配し過ぎ」
「心配にもなるわ。危ないから触るなよ?」
すぐに箒と塵取りを持ってきて破片を処理。
柊に怪我が無くて本当に良かった。
「うざいって……」
「うざくていいよ。今度からは俺がやるな?」
「……ん」
申し訳ないと思っているのか二人きりなのに聞き取りづらかった。
片づけを終えるとリビングに移動する。ソファーではなくカーペットの上に座って向き合った。柊も二階に逃げるつもりはないらしい。
「掃除はやったことある?」
「ないけど?」
「上から目線なのは置いといて……今までなんで気づかなかったんだろ」
十年以上近くで柊を見てきたが言葉を濁さず言うとここまでポンコツとは知らなかった。でもよく考えてみると、昔は甘えてくる柊がとにかく可愛くて無意識にお世話していた気がする。
可愛いのは今もだが最近はどうしていたんだろう。
「家だと、ママが全部やってくれたから」
「母さんか。過保護だな」
「いや、それは杏くんの方が……」
「ん? 俺がどうかしたか?」
「うるさい。何でもないし」
ここまで邪険にされると清々しい。
もうこれには慣れてきた。
「包丁は持たせてくれないし掃除は余計散らかしちゃうからやるなって言われた。分かんないけど私が料理するとフライパンもお鍋も使い捨てになっちゃうみたい」
「まじか。家庭内にそんな制約があったなんて知らなかったぞ」
「悪い? 別に出来なくても生きていけるし」
「今その危機に直面してるけどな」
掃除に洗濯に料理も出来ないのは想定外だ。
多分朝も起きられないんじゃないだろうか。
「何その顔。失礼な事考えてるでしょ」
「柊は子どもだなーって思ってただけだ」
「うっざ」
そのセリフはもう聞き流すことにして、他には何が出来ないのだろう。
「ご飯は普通に食べれるもんな」
「見ればわかるでしょ」
「お風呂も一人で入れるもんな」
「当たり前じゃん」
「トイレも一人で行けるよな?」
「ねぇ、殴られたいの?」
確認しただけなのに殺人鬼のような目を向けられてしまう。
「家事全般は出来ないってことだな」
「苦手なだけだし」
苦手とは何だろうか。
喉まで出かけたツッコミはしまっておく。
「まあいいよ。柊はいつも通り過ごしてくれ」
「何もしなくていいってこと?」
「やりたくなければそれでもいいし、手伝いたいって思ってくれたら教えるから。ちょっとずつ覚えてこ」
「……ん。そうする」
ここは素直に頷いてくれた。
杏一はそんな妹を見て頬を緩める。
「でも大変だな」
「私だって悪いとは思ってるよ。……ちょっとだけ」
「ああ、ごめん。そっちじゃない」
柊は迷惑をかけると思ったのだろうが、杏一としては苦にならない。妹のためにやってあげることなのだから面倒に思うわけがないのだ。
杏一の言葉に、柊は眉尻を下げて続きを待った。
「結婚する時大変だなって思って」
「へ?」
柊の口から気の抜けた声が漏れた。
ポカンと開いた口を見ていると何か食べさせたくなる。
「養ってくれる人ならいいけどもうちょっと柊も家事覚えないとな」
「べ、別に……覚えなくていいもん」
「なんでだよ。でも、柊は可愛いから選び放題だろうな。変な奴だけは絶対選ぶなよ?」
「選ばないし。ていうかうざい。ほんとうざい」
「ごめんて。なんでそんな怒ってるの?」
ポカポカ胸を叩いてきたため頭を撫でてなだめる。全然痛くはないがとうとう手が出るほど怒らせてしまったらしい。もう少し柊の気持ちを理解してあげなければと杏一は思った。
「杏くんは絶対貰ってくれる人いないから」
「絶対か……そう言われるとショックだけどあり得るな」
恋人は一度も作れたことがない。それどころか異性と関わること自体少ないため実感がなかった。同世代の女の子というと一番気軽に喋れるのは柊だろう。
まあ、妹なのだが。
「その時はずっと一緒に暮らすか。なんて、柊は嫌だよな」
父と母と、四人で暮らすのは居心地がいい。
杏一の母は杏一を生んですぐに他界したため母の愛情というのを知らなかった。父も仕事で帰ってくるのが遅く、祖父の家に預けてもらっていたとはいえ寂しさは強かった。柊と、新しい母に出会ってからの生活は杏一にとって幸せそのものだ。
「あれ、柊?」
怒っているのか目を合わせてくれない。
カーペットをじっと見つめたままだ。
「ごめん柊。もう冗談でも言わないから許してくれ」
嫌いではないと言われたが、いつ何がきっかけで嫌いになるか分からない。これからも油断せず関係を築いていく必要があるだろう。
「別に怒ってないし。もう寝る」
「え、さっきまで寝てたじゃん。そんな怒らせた?」
「だから怒ってないって言ってんじゃん!」
柊はそう残して、逃げるように部屋を出た。
一人残された杏一はしばらく妹の行動に頭をうならせてから、掃除でもするかと思い立った。
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