05 義妹のヒミツ
次の日の日曜。
いつもより早く目が覚めた杏一は顔を洗って着替えると朝食の準備に取り掛かった。今日から二人暮らしのため自分たちで衣食住を回さなければならないのだ。
作るのはほうれん草とハムのオムチーズ。自分だけなら手を抜いてもいいし最悪食べなくてもいいが、柊には健康でいて欲しい。野菜と卵を摂って、あとはパンを焼けば十分だろう。
杏一はごはん派だが、柊は朝絶対にパンしか食べないため今後は合わせていくつもりだ。メニューもパンに合うものを作った方がいいだろう。
今度料理本でも買ってくるかと思いながら、ほうれん草とハムをソテーする。塩と胡椒で薄味を付けたら一旦皿によけて卵を焼く。半熟になったらチーズを入れ、その上にソテーした具材をのせたら卵を被せるように巻いて完成だ。
「喜んでくれるかな」
柊はいつも母が作ったご飯を笑顔で食べる。杏一は最近すっかり自分には見せなくなったその顔を見るのが好きだったから、せめて美味しいぐらいは言わせたい。
時刻は八時。いつもなら柊はとっくに起きているだろう時間で、杏一は二度寝を始める時間だ。
特にすることも無かったため柊が起きてくるまでスマホで遊んでいたら、いつの間にか正午の鐘がなっていた。同時に杏一の腹もぐーと鳴る。
「あ、おはよう柊。今日は遅かったな」
柊もお腹を空かせたのかようやく起きてきた。普段だと杏一が起きてくる頃には着替えも済ませてしゃっきりしているから珍しい。
「ご飯あるから一緒に食べよう」
「んぅー?」
柊はまだ寝ぼけているのか目を擦っている。
それと若干機嫌が悪い。今のも投げやりな返事だった。
「あ、でもその前に顔洗ってきた方がいいか。頭凄いことになってるぞ」
昨晩結んであげた髪は解かれていて爆発したみたいな寝癖がついている。柊はしっかり者のイメージだからこんな姿を見るのは初めてだ。
環境の変化で眠れなかったのかもしれない。
「洗濯するからパジャマも脱いで着替えてきな」
やることは山積みだ。
テキパキ動かないとどんどん溜まっていく。
だから杏一は全て善意で言っているつもりなのに、
「ねぇ、うざいんだけど」
柊は反抗的な態度を見せてきた。
冷徹な声で言い放つ。
「保護者のつもり? 指図しないでくれる?」
「ご、ごめん。気に障ったなら謝る」
「ちっ」
柊は舌打ちして洗面所に向かってしまった。
昨日で多少距離が縮まったと思ったが勘違いだったのかもしれない。難しい子だなと思いながら、杏一が朝食もとい昼食を温め直していると、
「きゃっ──!」
デジャヴにも似た叫びが聞こえてきた。
杏一はまた颯爽と駆けつける。
「柊……? 何を、やってんだ?」
そこには昨晩と全く同じ光景が広がっていた。
違うのは柊がパジャマを着ているという一点のみ。朝片付けたばかりの化粧用具やタオルなどは床に散らばり、バスタオル掛けの下敷きになる形で柊がいた。
蛇口からは水が出ていて、床も柊の髪もびしょ濡れになっている。
「ぐぬぬ……」
「いや、ぐぬぬって。何をしようとしたらこんな大惨事を引き起こせるんだよ」
睨むように下から見上げてくるが全然怖くない。
むしろ可愛らしいくらいだ。
昨日と同じように救出して立たせる。
幸い怪我は治ったようだし新しく痛めた様子もない。
「もしかして一人でやったことないのか?」
乱雑に開けられた棚や引き出しは、どこに何があるか分からないから取りあえず片っ端から開けたのだろう。
母が出かける際に「お兄ちゃんの言う事聞くのよ」と言っていたが、それは文字通りの意味だったのかもしれない。
……だとしても、普通こんなになるだろうか。
「だ、だったらなに? ちょっとドライヤーに躓いただけだもん」
「そうはならんだろ。いつからドジっ子になったんだ」
運動神経はいい方だ。それにこんな恥を晒すような場面は見たことがないし、どんくさいというイメージも無い。杏一に反抗しても許されるぐらいにはしっかりした妹のはずだ。
「まあいいや。髪やってあげるから暴れるなよ」
「は!? なんでそうなんの!」
「鏡見てみろって。わかめ被ったみたいになってるぞ」
自慢の黒髪がべちゃっと張り付いていた。
それはそれでお茶目だが。
「……もしかしてお風呂も一人で入れない?」
「さすがにそれは出来るし! なに? もしかして一緒に入れるとか思ったわけ? まじキモい。最っ低」
「ムキになるなって。でも
少しからかってみると柊はぷくっと膨れてしまった。
バカとかうざいとか言ってくるが、気にせず頭を洗面台に持って行ってわしゃわしゃと洗ってあげる。
あとはタオルで拭いてあげればいつもの可愛い柊の顔だ。
「洗濯するから脱いで入れとけ。俺は出て行くから。どうせ洗濯も出来ないだろ?」
「ど、どうせって……杏くんにさせるわけないじゃん!」
怒っているのに杏くんと呼ばれるから変な気分だ。
柊のメッキがどんどん剝がれていく。
「どうして?」
「だ、だって……下着とか、あるじゃん」
「そんなんしょっちゅう見てるけど」
「うわっ、マジで引く。キモすぎなんだけど」
本気で軽蔑する目を向けられた。
杏一からしたら妹の物なんて布切れと同じなのに。
「別に被ったり嗅いだりしないよ。そんな変態と一緒にするな」
「そんな発想無かったんだけど!? え……ほんとに無理」
「いや、ほんとに何もしないから。柊だって俺とか父さんの見てるだろ」
「そ、そーだけどぉ……それとは違うもん!」
柊は頑なに拒否してくる。
「そんなに嫌ならいいけどさ。洗剤入れてボタン押すだけだし最初だけ一緒にやるか」
「い、一緒にって……! なんで杏くんと私のパンツを見たり触ったりしなきゃいけないの!」
柊の暴走は止まらない。
年頃の少女はそういう風にしか受け取れないらしい。
「じゃあ見てるからやってみて。言っとくけど箱の中身全部入れるなよ?」
「そ、そうなんだ……じゃなくて、知ってるもん!」
(ほんとに大丈夫か)
それは完全なフラグだった。
「え、ちょっと柊さん? 何やってんの?」
いきなり柊が洗濯機に手を突っ込んだかと思うと杏一のパンツを取り出したのだ。
「だ、だってタグに桶のマークが付いてるもん! 手で洗わなきゃいけないんでしょ? それぐらい知ってるもん!」
「知ってるもん! じゃないよ。それは洗濯機使ってもいいって意味だ!」
何が悲しくて妹と自分のパンツを見たり触ったりしなければならないんだ。とんだ羞恥プレイに気まずさを覚えていると、
「うわぁ!」
「今度はどうした……って、全部入れるなって言ったじゃん!」
杏一の声にビックリしたのか、柊は箱の中身を全部ひっくり返してしまった。
「柊……」
「うぅ、私悪くないもん! 杏くんのせいだもん!」
まだ何も言っていないのに必死にミスを擦り付けてくる。妹の一生懸命さは十分伝わったため、杏一も怒る気にはならなかった。
というより、会話が増えて少し気が和む思いがした。
「柊。あとは俺がやっとくから外出て脱げ」
「そ、外で全裸にさせる気!? 私そんなに悪いことした!?」
「ここからって意味だよ。そんな叫んで疲れない?」
「な……だったらそう言えばいいじゃん!」
バン! とドアを閉め、すぐにそっと隙間が空いて、パジャマを渡してくれた。
杏一はまだ少し温もりのあるパジャマを洗濯ネットに入れて、出来るだけ洗剤を回収してから開始ボタンを押した。
リビングに戻ると白いスウェットに黒のミニスカートを合わせた柊がいた。
靴下は履いておらず、太ももから爪先まで傷一つ無い肌が無防備に露出されている。その姿は杏一の目から見ても控えめに言って美少女だ。
今は髪の手入れに悪戦苦闘中らしい。せっかく洗ってあげた髪はぐしゃぐしゃになっているし、櫛が絡まっていて今どきのJKにはとても見えなかった。
「なに? なんでそんな黙って見てるの」
「……いや、すぐ直してやるからな」
「なんかうざい」
そういいつつも、すんなり髪を触らせてくれた。
というより早くやれといった感じだ。
柊はどうやら洗濯も髪の毛も自分一人では出来ない子らしい。
これからは毎朝毎晩と、杏一の仕事が増えることになったのだ。
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