02 義妹との距離
翌日。
「それじゃ、行ってくるわね」
少し早めの昼食を家族四人で済ませた
出張と言っていたが父母ともにカジュアルな服装で完全に旅行気分だ。息子の目を通して見ても仲の良い夫婦だと思う。
「杏一、家のことは任せたぞ。なんかあったらじいちゃんに電話しろ」
「わかった。お土産楽しみにしてる」
「柊ちゃん、お兄ちゃんの言う事聞くのよ?」
「……うん。ママとパパも気を付けてね」
柊はちらと杏一を見て眉を寄せるも母に向き直るとすぐに笑みを浮かべた。今生の別れではないにしろ、しばらく会えないのは寂しいだろう。
「じゃあそろそろ行くわね。二人とも元気で」
父と母は笑顔を見せるとキャリーバッグを引いてドアを開け、杏一と柊は「いってらっしゃい」と手を振った。
バタンと閉まると同時に静寂に包まれる。
両親が家を留守にすることは珍しくないが今回は数時間やそこらの話ではない。
夜になっても、明日になっても、そのまた明日になっても二人きりなのだ。
「あのさ、柊」
こういうのは最初が肝心だ。
良好な関係を築くためにも兄としてひとこと言っておこうと思い、杏一は相変わらず目がパッチリしていて可愛い妹に向き合った。
「えっと、これからは二人で協力しよう。不満とかあったら遠慮なく言ってくれ」
いつまでもこの距離感では生活に支障が出る。
いや……それは建前だ。本当はたった一人の妹と仲良くしたいと思っている。昔みたいに柊と楽しく喋りたいだけだ。
「ちっ」
だがやはり柊は杏一をよく思っていないらしい。
冷淡な舌打ちで会話を拒否。そのまま一瞥もくれず、いつもよりうるさい足音と共に自室のある二階へ行ってしまった。
(……ほんとに大丈夫かな)
顔を見るのも声を聞くことすらも嫌なのだろうか。だとしたら両親が家を留守にすることより寂しい。
そんなことを思いながら杏一もリビングへ足を運んだ。
ソファーの真ん中に座って情報番組をBGM代わりにするも、内容は全く頭に入ってこない。
(やばい。想像以上に気まずいな)
何故か分からないが柊は怒っている。
だが怒らせるようなことをした覚えはない。
どういうわけか柊は杏一にだけ冷たく接するのだ。
(何か間違えたかな……)
昔は逆だった。
出会ったばかりの柊は酷く怯えたような表情をする内向的な性格だった。誰も信じることが出来ないような無気力な顔は、遠い昔の記憶だが鮮明に覚えている。
一緒に過ごしていくうちに笑顔が増えて、やっと本当の家族になれたと思った。
柊が笑ってくれるのが嬉しくて、悲しい顔にはさせたくなくて、杏一は柊の兄になろうと決意したのだ。
その気持ちは今も変わらない。
この気持ちを言葉で表すなら『家族愛』が適しているだろう。反抗期も言い換えれば成長している証だから、今はそっと見守ろうと思っている。
「頑張るか」
声に出し、杏一は再度自分の役目を胸に刻んだ。
ゆっくりでいい。時間はたくさんあるのだから。
気づけば夜の七時。
バタバタと階段を降りる音を合図に、杏一はソファーから立ち上がってキッチンに向かった。
ほどなくして顔を見せた柊は、寝ていたのか髪がところどころはねていた。居心地が悪そうに口を結んで杏一の行動を観察している。
「お腹空いてるか?」
「……」
「今あっためるから待っててな」
母が今日の夕飯までは準備してくれたのだ。
ガスコンロを点火させて鍋に入ったカレーを温め、その間に米をよそってレタスとトマトを皿に盛りつける。
「はい。柊はこれぐらいでいいよな?」
「……」
さっきから無視されているが気にしない。
テーブルに二人分並べて杏一が先に座ると柊も向かい側にちょこんと座る。
嫌われているはずなのに一緒に食べてくれるし、座るのは対角ではなく正面だ。
「じゃあ食べよっか」
静かにいただきますをしてスプーンで一口すくう。
明日から自分たちで作ると思ったらいつもよりありがたく感じたし、味も心に染み渡る思いがした。
ふと視線を持ち上げると、柊と目が合う。
水晶玉みたいな目が一瞬で鋭くなった。
「なに?」
「いや、なんでもない。ちゃんと噛んで食べろよ」
「うざ。こっち見ないでくれる?」
見ていたのはそっちもだろ、という言葉はカレーと飲み込むことにする。
バレないようにもう一度目線を上げると、何故か目が合ったため急いで伏せた。
(めっちゃ見てくるじゃん)
まるで監視でもされている気分だ。杏一は無音の空間に居たたまれなくなり、テレビをつけておけばよかったと後悔した。
「……あ、そういえば明後日から新学期じゃん? 先生とかクラスとか楽しみだな」
気まずいため話題を振ってみた。
月曜からは高校二年の一学期が始まる。去年は柊と別のクラスだったが、今年から同じ理系に進むためクラスメイトになる可能性は高い。
「柊はなんで理系にしたんだ?」
最初は文系志望だったのに土壇場で変えたのだ。
その理由を聞いたつもりなのだが、
「うっざ」
またもや一蹴されてしまう。
杏一が黙り込む中、柊はぱくぱくカレーを食べ進めてスプーンを置いた。
「ごちそうさま」
手を合わせると流しに運び、そのまま洗わずまた二階に行ってしまう。
杏一はまだ半分以上残っている冷めたカレーを黙々と食べた。もっと甘々な生活をしたいのだがどうもピリ辛らしい。
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