兄にだけ反抗期な義妹と二人暮らし
彗星カグヤ
義妹冬眠編
01 義妹は反抗期
「邪魔」
妹と言っても血の繋がりがあるわけではない。杏一が三歳の頃、父親が再婚した相手の連れ子が同い年の柊だったのだ。
そのため、柊とは本当の兄妹のように育ってきた。
柊は高校二年生になり、身長162センチと体もすくすく成長している。それに比例し、年々干してある下着はより大きく大人っぽくなっていた。
容姿も妹ながら抜群にいい。
思わず抱きしめたくなるような童顔。艶やかな光沢を放つセミロングの黒髪。それから新雪のような肌と、華奢でいて女性らしい体躯の持ち主だ。
柊が美少女であることには杏一も頷く。
が、十年以上生活を共にした妹であることに変わりない。だからたとえ相手が義妹であったとしても、”可愛い妹”以上の感情には発展しないのだ。
「ねぇ、聞こえないの? 邪魔って言ってるんだけど」
杏一がソファーに座ってテレビを観ていると柊が上から睨みつけた。
異議を唱えずすっと立ち上がると、今度は杏一が見下ろす形になる。
「ごめん、柊。兄ちゃんどくな」
天坂家では柊がテレビを見る時はその場を明け渡すルールになっている。そしてこれは杏一にのみ適応されるものだ。
別に逆らってもいいのだがそうすると柊が不機嫌になる。これ以上不機嫌にすると罵声ではなく手が飛んできそうなので、杏一は大人しくカーペットの上に座布団を敷いて座ることにした。
邪魔にならないようサイドに避けて横目でちらっと義妹を見ると、
「ちっ」
譲ってあげたにもかかわらず柊は短く舌打ちした。そしてドカッと三人掛けのソファーの真ん中に座り、優雅に足を組んでチャンネルを回し始める。
そんな姿はいつものことなので特に思うことはない。
少々脚の露出が多いなと感じるぐらいで平常運転だ。
「なに? こっち見ないでくれる?」
「ごめんて。そんな怒んないで」
また睨まれたので肩をすくめて謝っておく。
幼い頃は「おにぃちゃん!」といつも追いかけてくるほど懐いていたのに中学に上がってからはこの有様だ。
稀に口を開いたかと思えば飛び出してくるのは罵声。
柊はなぜか両親にではなく、兄である杏一にしか反抗しない。
「
杏一が部屋の隅っこでスマホをいじっていると母が呼んだ。継母ではあるが、幼少期から柊と等しく愛情を受けて育てられたため変な遠慮などはない。
「やったぁ! 今日のおかずはなんだろなーっと……わぁ! 唐揚げだ!」
晩御飯の匂いにつられてちょこちょこ小走りした柊は、揚げたての唐揚げを見て子どものように喜んだ。
兄への当たりはキツイが他の人に対してはこの通り。杏一は少しでいいからその天女のような笑顔を自分にも向けて欲しいと思っている。
「ふふっ、喜んでくれてよかった。パパがケーキも買ってきてくれたわよ」
「ほんと!? パパ大好き!」
「ははっ、柊は本当にいい子だな」
娘が高校生になっても嫌悪してこないのは父親として嬉しいだろう。ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ柊を見て父は口元を緩めていた。
「どうした杏一。お前の好きなケーキもあるぞ」
「ん? ああ、俺も嬉しいよ、ありがとう。でも今日なんかあったっけ?」
家族揃って食事を摂るのは常だが今日のご飯は一味違った。父は何もない日にケーキを買ってこないし、献立だって柊の好きな唐揚げと杏一の好きなシチューだ。
「まあ先に食べましょうよ。冷めちゃうわ」
母がそう促して四人で食卓を囲むことに。
杏一の隣には父が、正面には柊が腰掛けた。
柊はあれだけ杏一を嫌っているようなそぶりを見せるのに、高校は同じところを選ぶし夕飯は必ず向かい側に座って食べるから不思議だ。
いただきます、と言って食べ始める。
杏一が自分の唐揚げを一つ食べたところで、柊は何やら不満そうな顔で睨んだ。
「柊? そんな見つめられると照れるんだけど」
唐揚げが欲しかったのだろうか。杏一としては仲良くしたいと思っているし、たった一人の妹なのだから邪険にされようと嫌う理由にはならない。
だが柊は違うようだ。
「は? なに勘違いしてんの。まじでキモい。ていうか兄貴面しないでくれる? ほんと不愉快」
そうまくし立てると、柊は一口で唐揚げを頬張った。
リスみたいな顔で見ている分には可愛らしい。
「なに? 文句あんの?」
「無いよ。たくさん食べな」
「うっざ」
吐き捨てるように言うとまた一つ大きく頬張った。
両親の前であろうとこの態度は変わらない。
そんな子どもたちの光景に両親は、
「ほんと二人は仲が悪いわね。これから大丈夫かしら」
「ああ、少し心配だな」
意味深なセリフをこぼして頷き合う。
すると疑問は思考の暇すら与えられず、すぐさま解消された。
「私たち明日から海外行ってくるわね」
「留守の間は二人で協力するんだぞ」
「…………はぃ?」
杏一は思わず箸を落とした。柊は喉に詰まらせたのか「げほっ、げほっ」と苦しそうに胸を叩いている。あれだけ頬張っていれば無理もない。
母に「大丈夫?」と背中をさすられた柊は、水を飲んで流し込むと空っぽの口を開いた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! こいつと二人で暮らすってこと!?」
「柊ちゃん。こいつとか言っちゃダメでしょ。お兄ちゃんって言いなさい」
「だって!」
酷い言われようだ。
珍しく母が強めに諭すも興奮は収まらない。
柊は勢いよく椅子を引いて立ち上がった。
「私、お風呂行ってくる」
「あら、もう行くの?」
「うん……今日はもう寝る」
柊はママっ子で必ず母と最後に入るのだ。
口調は柔らかいが動揺しているのがよく分かる。
去り際、柊はビシッと杏一に指を差して警告した。
「言っとくけどお湯は張り替えるから変なことしても意味ないから! それと覗いたらぶっ殺す!!!」
兄を残り湯には触れさせたくないという事だろう。少なからず今の態度を見れば本気で嫌われていることは伝わったが、これには流石に一つ言わせてもらいたい。
「あのな、柊。妹の裸を覗くわけないだろ? 俺ってそんなに信用ないか?」
「うっさい! まじムカつく!」
そう言って勢いよく出て行く義妹の横顔は、微かに笑んでいるように見えた気がしないでもなかった。
「杏くん、明日から頼むわね。急になっちゃって悪いけど」
「心配しなくていいよ、母さん。生活していくだけなら問題ないから」
母がいないとなると家事全般も自分たちでこなすことになる。だが杏一は一通りこなせるだけのスキルがあるため死ぬことはないだろう。
「でも柊がな……」
杏一の目には両親が海外に行くことよりも兄と二人きりになることの方が嫌という風に映った。実際そうだろうし、母も懸念している点だろうと思ったのだが。
「あらそうかしら? 母さんそっちの心配はしてなかったけど」
「あの態度で? 俺めっちゃ嫌われてるよね?」
「母さんが言うんだからそうよ。何年二人のこと見てると思ってるの」
優しく微笑む母を見て、杏一はこれ以上不安を口にする気にはならなかった。
そういうもんかと思い、張り替えられた湯船に浸かって、布団に入り、明日からの生活を思い浮かべる。
あっという間に夜が明け、兄にだけ反抗期な義妹との二人暮らしが始まった。
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