七十六話 イージーゲーム?
本当は身バレする前提の作戦だったにもかかわらず、リリィ王女の機転で、バレずに関所の入り口を通過することができた。王族であることを最大限に生かしたファインプレーである。
「これで、問題なく第一の関所はクリアですね!」
ミヤビはウキウキでそうささやいたが、そう簡単な話でもないらしい。
「いや、関所ってのはここからが難しいんだ。一般人として通るときはなんてことないんだがな。一回疑われてると、そのバイアスがかかっちまう。ちょっとしたことでまた疑われてしまって逆戻りだ。」
確かに、今のリリィ王女の出で立ちは、見るからに怪しい。ローブで特徴的な髪の毛と顔を隠しているのではっきり言って不審だ。いつまた事情聴取を受けてもおかしくない。
しっかりと裏を取って調べられてしまったら終わりなだけに、かなり緊張してしまう。
「息が詰まりそうですね。」
「まったくだよ。」
しかし、そんな俺たちの心配をよそに、王女はどんどん突き進んでいく。このままだとさっさと関所の裏に出てしまいそうである。
「もしかしたら、思っていたよりイージーゲーム?」
さっきしたような作戦が後二回通用すればそれで脱出成功だ。ミヤビの言うこともちょっと思ってたけど、口に出すとフラグが建っちゃうじゃないか!
だが、そんなフラグを回収する気配も一向になく、ついに俺たちは関所の真反対にまで来てしまった。
このまま脱出で最初の関所はクリアだ。これは本格的にイージーゲームかもしれない。カティーヌは簡単じゃないなんて言ってたけど、そんなことないんじゃないか? もしかして、あいつが一番肝が小さかったりして……
「おう、そこのお嬢さん。」
呼び止められてリリィ王女の肩がビクッと動いた。俺たちも一緒になって青ざめた。
バレてしまったのか。同じことを五人全員が考えたことだろう。
「お嬢さん、通行料を払ってもらえるかな? これはどんな用事の、そしてどんな身分の人からだろうともらってるんだ。お嬢さんも払ってもらえるかな?」
なんだ、よかった。ただの通行料の支払いか。一瞬ヒヤッとしたぞ。
さっさと払ってしまって出ていくとばかり思っていたが、リリィ王女はなかなかお金を払う様子を見せなかった。ただボーっと突っ立っているだけなのだ。これには通行料を集めるおじさんエルフも困惑してしまっていた。
「あの……お嬢ちゃん? おーい、聞いているかい?」
そこでハッとして頭をブンブン縦に振る王女であったが、やはりお金を出す気配が一向にない。
ふと横を見ると、カティーヌが頭を抱えていた。
「そうだったぁ……、しまった。」
なにやらまずいことになっているようだが、俺には何のことやら分からない。
おじさんエルフはいよいよ困ってしまい、様子を見るようにリリィ王女の顔を覗き込んだ。極力顔を見られたくない王女はそれから顔をそらした。おじさんはますます怪訝そうにした。
「困るよ、お嬢さん。何か話してくれないとね。」
まったくだ。さっきまでの機転はどこに行ってしまったのだろうか。さっきから本当に一言も言葉を発していない。
優しいおじさんエルフも、ほとほと困ってしまって、だんだんとイライラしてきてしまったようだ。ペン先を机にカツカツとたたき出した。
「一体どうしたんでしょうか、王女様。もしかしてシャイ?」
「それはないだろうよ。さっきまであんなにしっかり話していたじゃないか。」
「そうなんですよね。同じ人とは思えないです。」
おじさんと同じくらい、王女の顔も困っているように見えた。
おじさんエルフは、しびれを切らした。
「一体全体、どうしたって言うんだ、お嬢ちゃん! もしかして、お金がないのかい?」
王族だから、お金がないなんてことはないと思う。それに、もし持ち金がなかったとしても、カティーヌが持ってるんだし、リリィ王女にも持たせているはずだ。
しかし、次の瞬間、王女から衝撃の一言が出た。
「あの……お金って、どんな形をしてますの?」
「「「!!!!……」」」
何を言ってるんだ? お金の形なんてそりゃあ、あれに決まってるだろう。
騒然とした。俺たちも、おじさんエルフもめちゃくちゃに驚いたが、王女だけはキョトンとしている。
「何を言っているんですか、この人。」
「分からないな、お金の形なんて決まってるだろ。」
カティーヌは、聞こえてしまうんじゃないかと言うくらいの大きなため息をついた。
「知らないんだよ、あいつ。」
「知らないって何がです?」
「金。」
「お金を知らない? そんなことあり得るわけないでしょう。大体、お金がないのにどうやって生きて……あ!」
「そうだよ。王族だから生活するのに金なんて必要ない。必要ないから見たこともないんだよ。」
お金を見たことがない? そりゃあお金を出せと言われても出せないわけだ。
「くそ! こんなことが落とし穴になってるとは思わなかった! 最初に金をいくらか渡して教えとくんだったぜ。」
おじさんエルフの顔が急に険しくなった。
「君、何者だい?」
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