七十五話 第一関門!

 渓谷に見惚れていたのはいいが、さっそく、気を張らなければいけなくなった。


「ほら、見てみろ。最初に越える関所が見えてきたぞ。」


カティーヌがアゴで指したのは谷を道なりに進んだ先にある石の建物。関所というよりも、要塞だった。


「ふええ! 私、関所って言うから、ただの門が立っているもんだと思ってましたよ。大きくないですか?」


「それは舐めすぎだろ。お前、国の入り口だぞ? ザルなわけがないだろう。」


「しかし、これは意外でしたね。僕たち、帰れるんでしょうか、ロータスさん?」


そうだな。実際に見ると急に自信がなくなってきた。これを突破していかなければならない。鍵などはもちろん厳重に保管されているだろうから、実質、三つ要塞を陥落させなければならないのだ。


 カティーヌはそれ込みで自信があると言ったのか。一体どうするというのだろう?


「さてと、このまま行くとバレるから、とりあえずはみんな姿を隠してくれ。」


「『隠密』を使えってことか。」


「でも、私はそんなことできないわ、カティーヌ。」


「そう。そこでだ。ミヤビとか言ったな。もう一度あのローブを貸してくれ。」


「ええ! またですか……。」


渋りながらもミヤビはローブをまたカティーヌに渡した。


 カティーヌは受け取ったローブをバサリとリリィ王女の頭にかけた。


「これを被ってればいいの?」


「ああ、それだとギリギリまでお前だとバレない。」


「ギリギリになったらバレるんですの!?」


「そうだな。まあバレたらオレたちが助けてやるさ。」


それで大丈夫なのか?




 言われた通り三人とも『隠密』で身を隠したが、本当にそのまま行くのだろうか?


 外から見ると、今はリリィ王女が一人で歩いているように見えている。もしも即座に敵と見なされれば、真っ先に彼女が狙われてしまうのである。


 それは全員が分かっているだろう。しかし、カティーヌは自信に満ちているし、王女も何も言わない。俺たちに口を挟める余地はなかった。




 俺たちは、歩く王女の後ろからついていく。関所の入り口まではまだ結構な距離があったが、淡々と進んでいく。


「関所に着いたら、どんな感じになるんですか?」


「通行手形を確認される。そして、おそらくは身分も確認されるだろうな。今は国中に厳戒態勢が敷かれているはずだ。」


「それってあなたのせいでしょ?」


「まあな。だからこそ、バレる。バレるに決まっているから緊張せずに済むだろう?」


「また暴論を……。」


エルフってもっと静かというか、穏やかなイメージを持ってたんだけどな。実際、王妃や王女のように、イメージ通りのエルフもいた。


 カティーヌが無茶苦茶なだけだろうか? ただ、彼のリリィ王女への愛は本物らしく、今も王女のすぐ後ろ、一番近いところで見守っている。


 もうすぐそこというところまで近づいてきた。関所の門がはっきりと見える。門番が二人立っていた。それを見てカティーヌがリリィ王女に耳打ちした。


「お前、あいつらと知り合いとかじゃないよな? あんまりすぐバレるとまずいんだぞ?」


「いいえ、私は一般の兵士のみんなにはめったに会わないもの。心配いらないわ。」


「それならいいが……。」


カティーヌは王女のフードをグシャっと押しつけて、より目深に被らせた。


「もう……。あれだけ自信満々だったのに、心配性ね。」


「やること全てやったうえの自信さ。」




 門番二人は案の定、ローブを着た王女を怪しんだ。


「止まれ! なんの用だ!」


「……すこし、野暮用です。」


「野暮用? 詳しく言え!」


「詳しくと言われましても、密命でございますから。」


密命? リリィ王女はどんな言い訳をするつもりなのか?


「密命? そんなことを突然言われても信じることはできないな。」


そりゃあそうだ。どう説明するつもりだ? それともただのハッタリか。


 と、リリィ王女は腰のあたりに手を突っ込むと、中から小さな木の板を取り出した。


「これ……。」


と、門番に手渡すと、彼らの顔色が急に変わった。


「……おい、これって……。」


「ああ、間違いなく本物だ。」


「けれど、すぐに信じろって言われても。」


門番たちは対応に困っているようだった。


 しかし、一体何を渡したというのだろうか? 


「……王命でございますから、急いでおります。お通しくださいませ。」


「……わかりました。いいでしょう。」


「!! いいのですか?」


「こんなものを見せられて、門前払いにすることなんてできないだろう。王命を受けた者を通さなかったら、俺たちが処罰されるんだぞ。」


門番たちは脇へ行くと、正面の門を開いてしまった。


「ありがとう。」


突破、というよりも、ただただ通してもらったという感じ。


「お前たちも行くぞ。」


唖然としてみていたが、カティーヌに背中を叩かれて、俺も門をくぐった。


「さっき、なにを渡してたんですか?」


「ああ、あれか。国王発行の特別通行手形だ。本来なら一般人は持っていないはずのものだ。盗賊ならなおさら手に入らない。あいつだからこそ持っていたんだろうさ。」


なるほど、王女の立場を上手く利用したのか。


「お前たち、門はくぐったが、大事なのはむしろここからだからな。気を抜くなよ。」


門の先は大勢の兵士たちが駐在する、いわば敵の根城だった。

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