七十四話 いざ、渓谷へ!
今まで深刻そうな顔をしていたリリィ王女は打って変わって吹き出してしまった。
「あはは! あなたはいつもそうね、カティーヌ。いいでしょう。元はといえば、そんなあなたを私は選んだんですから。その関所を越えていきましょう。」
吹っ切れてしまったのだろうか。雰囲気が変わった。
「ちょっと待って! なんだかいい感じになってるみたいですけど、それって私たちも連れていかれるんですか?」
「ん? 当たり前だろう? お前たちもこの国から出なければ帰ることができないのだろう?」
「……! まあ、そうですが。」
「なら問答無用で来るしかあるまい?」
こいつに会ってから、俺たちのペースになったことが一度もない。
乗りかかった船だ。一緒に行くしかないか。
「まあまあ、そんなにガッカリすんなよ。俺だってお前たちの世話になったしな。あと少しだけだ。あと少しだけオレたちのお供をしてほしい。そうしたら、礼だって弾むさ。」
礼という単語に反応したのはミヤビ。
「え! お礼ってなんですか?」
「そりゃまだ考えてないな。だけど悪いもんじゃないのは約束するぜ。」
それを聞いて彼女は色めきたった。
「城の中でもいいもの見つけてきたし、ツイてますね。」
そういうと、ミヤビは城の中にあった宝箱から持ってきたドレスを取り出した。
「おいおい! 家主の前で盗品を取り出す阿呆がいるかよ!」
俺はそのドレスを急いで覆い隠そうとした。が、
「ああ、それですか。頂いたものですから、一応は取っておいたのですけれど、なにぶん誰も着ることができなかったものですから、欲しいと言うのなら差し上げますよ。」
と、リリィ王女。
許してもらえたのはよかったけど、誰も着ることができない?
「それは本当ですか?」
「嘘だと思うのなら着てみてください。」
言われてミヤビは袖を通そうとするが
「あれ? 腕が通りません。つっかえているわけでもないのですけど、押し返される感じです。」
本当に着られない。着ることができない服って、何のためにあるのだろうか?
と、その一部始終を見ていたカティーヌは目の色を変えた。
「おいおい! リリィお前、そんなもの持ってたのかよ!」
「え、ええ、まあ。商人の方からの献上品ですけど。カティーヌはこれ知ってるの?」
「そりゃあ、盗賊なら知らない奴はいないさ! それはプリンセス・ノワールの月桂装だ。」
「プリンセス・ノワール?」
また知らない単語が出てきたから尋ねたのだが、盗賊界隈では常識だったしく、カティーヌは「またか」という表情だった。
「お前ら、知らないのかよ。伝説の盗賊だぞ。突然現れてから捕まるまでの四年足らずでその名前は世界中に知れ渡ったんだ。」
「え、捕まっちゃったんですか?」
「ああ。凄腕の盗賊だったプリンセス・ノワールがどうして捕まってしまったのかは誰も知らない。遠い昔の人だからな。それこそ、この中の誰も生まれていないくらいの。」
「その人が着ていた服がこれってことですよね?」
「そうだ。プリンセス・ノワールの月桂装といったら、彼女の名前とともに有名だ。彼女が死んでからも、美しいゆえにこの服はいろいろな人のもとを転々としていたらしいが、みんななぜか服を着ることができなかったらしい。」
「じゃあ、私のもとに献上されてきたのも?」
「ああ、いかにも商人が考えそうなことだ。取り寄せたはいいものの、着られない服だと分かってリリィに押し付けたんだろう。」
そんないわくつきだったものを、今は巡り巡ってミヤビが持っている。
彼女は月桂装をじっと見つめている。
「盗賊なのに、プリンセスなんですね。不思議な話。」
「それくらい美しかったってことさ。」
「はあ……。」
ミヤビは袖の通らない服を、また大事そうに袋にしまった。
大分脱線していた話を戻す。俺たちは、カティーヌたちのお供をしながら、この国を出ることになった。
「お前たち、この国に思い残すことはないか?」
「思い残すこと……。もっと見て回りたい気持ちはありますけど、今は急がなきゃいけないでしょ?」
「そうだね。じゃあ行こうか。」
「私ももう満足です。しかも今からしっかり働かなくちゃ。」
今すぐ関所に向かうことを了承すると
「よし、じゃあついてこい!」
カティーヌは進み始めた。
俺たちは道を知らないので、カティーヌとリリィ王女について行く。
「大丈夫かリリィ。足元が悪いだろう?」
「いいえ、心配ないわ。私だってまるっきり箱入り娘じゃないんですから。」
盗賊と王女のカップルなんて、かなり特殊だと思ったが、後ろから見てみれば、かなりお似合いである。こういうのってやっぱり身分じゃないんだな。
下り坂を下っていくと、一番下まで到着した。
「こんな時に言うのもなんだが、ここからの眺めはいいぞ。上を向いてみろよ。」
カティーヌがそう言うので、上を見上げると、
「おお!」
空を突く二峰に挟まれた大渓谷。その片方からは、細い滝が白く流れている。それを飾るように虹も半円を描いていた。おとぎばなしの夢世界はもうしばらく続きそうである。
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