第28話 譎玲奈の心境 その3
夕暮れの空き教室。
そこにある人影はただのひとつのみ。
「あはは!」
楽しそうな笑顔を浮かべて、少女は踊るように空き教室で笑っていた。
大抵、少女がこの教室を訪れる時と言うのは少女が何か不満を抱えたり、気に食わないことがあった時だけであった。
しかし、今日の少女の様子はご覧の通り上機嫌である。
それもそのはず、ようやく彼女の望んでいた状況がやってきたのだ。思い描いていたとおりに事は運んでくれた。
少女───譎玲奈は喜ばずには居られなかった。
「明日から忙しくなるわね!」
くるりとターンをキメて、玲奈は明日からの予定を思案し始める。
ずっと邪魔で仕方がなかった重愛を彼から排除することに成功した。ここからは玲奈のターンである。
「もう目を離させない。これから先、彼の視線は全て自分自身のモノ。私が持てる全てを使ってでも彼を魅了し、もう一度篭絡させてみせる」
強い意志と覚悟がこもった言葉であった。
もう邪魔の入りようはない。
重愛は完全に彼の傍から姿を消して、そのナリを潜めている。確実に彼をものにできる。
「うふふっ……」
玲奈の脳内で様々な計画が浮かび上がる。
彼と一緒に帰り道を歩く光景、彼と一緒にオシャレなカフェで楽しくお喋りをする光景、彼と一緒に自分の手作り弁当を食べる光景、彼と一緒に休日に遊びに行く光景、彼と一緒に────。
その全てが彼を中心として回っていた。
今の彼は肉体的にも精神的にも疲弊していることだろう。
「今の彼を癒せるのは自分しかいない」
そう玲奈は考えていた。
そもそも、玲奈は彼にまで変な濡れ衣を着せるつもりは全くなかった。重愛を集中的に攻撃して潰すつもりだったが、予想以上にあの女は粘り強かった。
どれだけ策を弄しても潰れる気配はなく、寧ろ玲奈の攻撃を気にしている素振りも見せない。
その彼女態度が玲奈にとっては屈辱的で。つい、感情的な行動に出てしまった。
重愛を排除するために止むを得ず彼にも濡れ衣を着せて、傷つけてしまった。
結果としてこの作戦は上手くいったが、不本意な行動に玲奈は少しばかり後悔していた。
「手始めにお弁当なんてどうかしら? 今日も潔くんはお弁当を持ってきていなかったし、私が作っていけばとても喜んでくれるはずだわ!」
だから「自分が彼を癒してあげる」と言う発想になった。
怪我の功名とでも言うべきか、今の彼の状況は玲奈にとって都合がよかった。
今まであった様々なモノを急に失った喪失感と虚無感。今の彼は満たされず、生きていることがつまらないとさえ思っていることだろう。
「そこで私が彼の心の隙間を埋めるようにして、様々な事をしてあげる。それにより再び彼の心は満たされ、次第に自分に依存していき、離れられなくなる───」
大まかな彼女の中の筋書きはこんな感じだ。
なんとも主観的で、楽観的すぎる考えではあるが、今の譎玲奈に客観的思考などできるはずもなかった。
「───完璧だわ!!」
普段は出来のいい頭も今は機能しない。頭の中は彼との楽しい妄想で沢山なのだ。それらに全て脳のメモリーを割いているのだ。
無数の妄想に目を輝かせる玲奈。
その姿はまるで恋をする無垢な少女のようだ。
彼女は完璧に目的を忘れ去っている。
だがそれに気づいてくれる者は彼女の傍には存在しない。
元々はそれだけが彼女の楽しみであったはずだ。彼女が才女を偽るのも、善人を演じるのも、全てはその目的のためであったはずだ。様々な労力をかけて、その目的の為だけに、その最高の快楽の瞬間を得るために彼女は今まで考えて行動してきたはずだ。
「あははっ……明日からいっぱい一緒にいようね、潔くん…………ううん───」
それが今はそんなことなど「どうでもいい」と言わんばかりに、譎玲奈の頭の中は別の事で頭が埋め尽くされていた。
「───啓太くん」
それほどまでに、譎玲奈は潔啓太という男に心酔し、執着していた。
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