第27話 変化した日常
「さよなら」
その言葉がずっと頭からこびりついて離れない。彼女の悲しそうな笑顔が何度も脳裏にフラッシュバックする。
何も身に入らない。
胸にポッカリと穴が空いたような虚無感だけが付き纏う。
授業を聞かなければいけないのに、ノートを取って話に集中しなければならないのに、今はそんなことをする気分にはなれなくて、ただぼうっと窓の外にある空を眺めるばかり。
重が俺の前から姿を現さなくなってから3日が経とうとしていた。
あの日を境に彼女との登下校は無くなり、屋上で彼女の手作り弁当を食べることもなくなった。放課後に寄り道することも無くなったし、メッセージのやり取りも無くなってしまった。
話を聞くところによれば重は学校には来ているらしい。しかし、この3日間で何度も重の教室を訪れたが彼女には一度も会えなかった。
徹底的に距離を取られていた。
後ろ姿さえと重は俺に見せようとはしなかった。
俺の噂や嫌がらせは依然として続いた。そして何故か重の悪い噂まで再浮上していた。
どうして彼女は突然俺の前からいなくなってしまったのか? どうしてこんなことになってしまったのか?
重は俺の事が嫌いになってしまったのだろうか? 俺みたいな悪い噂があり、嫌がらせを受けている男なんかと一緒にいるのが嫌になってあんな事を言ったのだろうか? 自分が被害に巻き込まれる前に俺の事を捨てたのだろうか?
それならば納得出来る。
寧ろそうしてくれた方が、そう言ってくれた方が俺の気は幾許もマシだった。
けれどもあんな顔を見せられて、そう思えるほど俺という人間は終わっていない。
だからこそ分からない。
なぜ重は俺の前から居なくなったのか。
本当に分からないことだらけだった。
考えれば考えるほど思考は混濁していった。
もう何度目になるかも分からない自問自答を続けていると授業はいつの間にか終わっていた。
「おい啓太、授業終わったぞ」
「ん……ああ、そうか……」
善が声をかけてくれるが、気のない返事しか返すことが出来ない。
「はあ……昼だし飯食いに行こう。お前、今にも死にそうな顔してるぜ?」
「昼───」
善の言葉で今が昼休みだということを初めて知る。
いつの間にそんなに時間が経っていたというのだろう。全く気が付かなかった。
「───昼か……」
いつもならば授業が終わった瞬間に屋上へと向かっていたはずの昼休み。
しかし、今あの屋上に行ったところであそこには誰も待っていない。
その事が妙に悲しくて、俺はまた何も考えられなくなる。
「はあ……地雷踏んじまったか……」
善が溜息を吐く。
善には申し訳ないが、今は何かを食べる気分にはなれない。少しそっとしておいて欲しい。
そう思って、善の誘いを断ろうとすると何やら周りが騒がしいことに気づく。
その声は、
「何してるの譎さん!?」
だの、
「あんな奴に近づくな!何をされるか分からないぞ」
とか、とにかく譎を必死に呼び止めるものだった。
何事かと声のする方に視線を向けてみれば、譎玲奈が俺の席へと向かってきてるではないか。
「おい、善───」
一体何が起きているのか近くにいた善に訪ねようとするが、彼は驚愕した表情で譎の方を見て硬直してしまい俺の声は聞こえていなかった。
気がつけば譎は俺の席の前まで来ると立ち止まる。
「……」
譎は直ぐに何かを話すことはなく。弱々しい表情を見せて軽く微笑んできた。
なんだその被害者感満載の笑顔は。全部お前が勝手に初めて、勝手に被害者になっただけだろうが、お前の所為でどれだけ俺が苦労したと思ってんだ。
全く意図の読めない譎の行動に、ストレスが溜まっていくのが分かる。
本当にコイツには好き勝手やられた。重の噂の件と言い、俺の濡れ衣と言い。本当に何を考えているか分からない。
狂ってるとしか思えないその行動に吐き気すら覚える。
いつの間にか怒りは頂点へと達していた。
思わず、目の前の女をぶん殴りたい衝動に駆られる。
ダメだと分かっていても体は動き出した。
「っ………!!」
コイツさえいなければ!!
我慢が聞かず立ち上がった瞬間に譎は勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさいっ!!」
「…………は?」
突然の謝罪に俺はまともな返答ができない。状況の理解が追いつかない。
この謝罪は何に対する謝罪なのか? そもそもなんでこのタイミングでこの女は俺に謝罪をしてきたのか?
予想だにしない状況に困惑する。
それは周りも同じのようで、謝る譎の姿を見てクラスメイト達は様々な声を上げていた。
「どうして被害者の譎が謝ってるんだ?」
と、疑問の声がいくつも聞こえてくる。
傍から見ればこの状況はおかしい。
襲われた人間が、襲ってきた人間に頭を下げているのだ。普通に困惑するだろう。
まあこっちとしては謝られる理由なんて幾らでもあるから、この女が俺に謝罪してきても全くおかしいとは思わないのだが。この謝罪が何に対してのものなのかが重要だ。
俺が質問をするまでもなく。譎は続けざまに言葉を続けてきた。
「私、潔くんのこと勘違いしてた!」
「はあ…………」
その一言で全てを察した。
この女はまだ変な演技を続けるつもりなのだと。
とりあえず今している謝罪は俺が本当にして欲しい謝罪でないのは確定した。
その上でコイツはまだ俺をこの腹の立つ茶番に付き合わせるようだ。
「ずっと私、潔くんに関係を迫られて襲われたと勘違いしてたと思ってたんだけど違うんだよね?
潔くんは私を倒れかけていた本棚から助けようとしてくれていたのに、私はそれを勝手に勘違いして───」
「……」
ベラベラと一生懸命に譎は何かの話をしているが、こちらとしては全て身に覚えのない話である。
そもそも俺はお前と二人きりになったことはないし、襲おうと思ったことも無い。加えて言えば倒れそうになっていた本棚からお前を助けたことも無い。
てか倒れそうになっていた本棚ってなんだよ。それどこの話だよ?図書室かなにか?
「───私の所為で潔くんにたくさん迷惑かけちゃったよね?」
ええ、そりゃもう前世でも今世でもお前は俺に迷惑かけまくりだよ。自覚あるなら目の前から消えてくれませんかね?
「───本当にごめんなさい!謝っても許してくれないってのは分かってる。けど私にチャンスをくれないかな?」
ああいいともさ。それじゃあお前に一度だけ罪を償うチャンスをくれてやろう。
直ちに俺の目の前から消え去ってくれ。
「───私、これから頑張るから!だから、仲良くしてくれると嬉しい……」
いや、頑張るとかいいから。仲良くする気ないからさっさと俺の前から消えてくれ。
「……」
俺の心の内は明かされることは無く。譎は好き勝手に言うことだけ言って、俺の前からようやくいなくなってくれた。
だが、それでこの状況が丸く収まるはずもなく。
謝罪された俺は疎か、譎以外のクラスメイト全員が何が起きたのか理解出来ずにいた。
そうして、その日を境に俺の悪い噂や嫌がらせはパッタリと無くなった。
理由は単純明快、譎が俺に謝罪したからである。
全ては勘違い。
潔啓太は譎玲奈の敵では無い。
だからもう噂をする必要も無いし、嫌がらせをする必要も無い。
ということらしい。
なんともバカバカしい限り。まさに茶番だ。
結局、譎は何が目的であんな行動に出たのか分からず終いだ。
本当に訳が分からなかった。
ただ一つ分かることがあるとすれば。
重とのあの楽しかった時間は戻らないということ。
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