第25話 消失
『譎玲奈を襲った』と言う噂が流れ始めて一週間が経過しようとしていた。
その間、特に問題なく学校生活が遅れていたかと言うと、全くそういう訳ではなかった。
「おいあれ」
「けっ!あんなことしといてよく学校にこれるな」
「見てあの目つき、怖すぎなんですけど」
「あんま見るのやめときな!あんたも襲われちゃうよ!?」
耳を澄まさずとも聞こえてくる陰口の数々。
廊下を歩くだけで後ろ指を刺され、近くをすれ違えば煙たがられたり、キモがられる。酷いときでは泣き出す女子生徒までいた。
「うわ……今日も酷いな……」
自分の教室へと入り、自分の席にたどり着くとそこは酷い有様であった。
机には油性マジックで書かれた埋め尽くさんばかりの罵詈雑言。椅子には黒板消しの粉が大量に振りかけられていた。ご丁寧に机の中にまで粉はかけられている。
これはまた掃除が面倒だ。
「おう啓太、おはよう……ってこりゃまた酷いな……」
「ん?おお、おはよう善」
掃除道具と雑巾を取りに行こうとすると、少し遅れて登校してきた善と顔を合わせる。
善は俺の席の惨状を見て顔を引き攣らせていた。
ちょうどいい。善に俺の荷物を見といてもらおう。無防備に教室に荷物を置いておけば何をされるか分かったもんじゃないからな。
「悪い善、俺の荷物見といてくれないか?ちょっと雑巾持ってくる」
「お、おう。それはいいけどよ……」
「助かるよ」
俺の頼みを了承してくれた善に礼を言って教室を後にする。
再び廊下に出れば、廊下にいた生徒たちの視線を独り占めする。
「人気者も大変だぜ」なんて面白くもない事を呟いて雑巾を取りに行く。
この一週間で俺の学校生活は劇的ビフォーアフターしていた。主に悪い方向で。
最初は目に見えた実害を受けていなかったが、一週間たった今ではこんな感じで酷い実害を被っていた。
なぜここまで酷い被害を受けるほどになってしまったのか?
理由はすごく簡単である。
譎が表立って「俺に襲われた」と公言し、あまつさえ教室で「怖かった」と大号泣し始めたのだ。
あの時は驚いた。
今まで遠目で俺の陰口を言っているだけだったクラスメイト達が、一気に俺の元へ来て「ぶざけるな」と文句……基、罵詈雑言を浴びせてくるのだ。酷い奴は「一発殴らせろ」と俺の言い分も聞かずに殴ってくる奴もいた。
本当に譎のあの行動には驚いた。
されてもない噂を流すだけでも凄いのに、それを本当にあったかのように、自分はあれがトラウマになりましたと言わんばかりに泣きやがったのだ。
まさに悲劇のヒロイン。
もうムカつくのを通り越して感心してしまった。あれは名演技だ。是非、女優になる事をオススメする。
そうして俺は晴れて学校一の有名人……またの名を嫌われ者となり。今のような嫌がらせ行為を受けるようになった。
まあ正直言ってこれ自体は別に気にもしてない。一週間もこんな状況が続けば慣れるし、何の感情も湧いてこなかった。
……いや、ムカつくよ? 毎朝学校に来て初っ端から掃除するの面倒だし。嫌がらせが陰湿すぎてウザイ。
だが、それよりも嬉しいことがあるから俺はこの状況に耐えられていた。
その嬉しいことは…………今話題沸騰中の俺の噂によって、重愛の悪い噂が木っ端微塵に消え去ったのだ。
今や、重愛の陰口や悪口を言う人間はこの学校に誰一人いないということだ。
これはとても嬉しいニュースであった。
少し予定と違う解消の仕方であったが、これで重に平穏な学校生活が戻るということだ。本当に喜ばしいことだ。
だから別に俺はこの状況をそこまで悲観せず、寧ろ気にもしていなかった。
「啓太お前……だいぶ狂ってきたな……」
そんな俺を見て善は呆れていたが、俺としては重が幸せならオールオッケーなので何も問題は無い。
これで最近はずっと思い詰めた表情をしていた重も元気になると思っていたのだが───
・
・
・
───現実とはそこまで上手くいかず。
何故か、未だに重の表情は暗いままだった。
「……」
「……」
現在もそれは続行で、なんとかクソつまらない学校を終えた下校中、俺は重にどう声をかけていいのか分からずにいた。
お前は女の子に気の利いた言葉もかけられないのか? 情けないな。と思わないで欲しい。これでも頑張った方ななのだ。
この帰り道の間、何度か重に話を振ってみるが、その全てを尽くから返事されてしまい、会話を広げられずにいる。
なんなら、重が悲しそうな顔で俺の目をジッと見つめて来たかと思えばまた俯いてしまい、俺はどうしていいか分からない状況だ。
どうしてこうなった?
というか、そんな悲しそうな顔をしないでくれ。せっかく悪い噂がなくなって事実無根となったのだからもっと喜んだ方がいいんじゃないかい?
いくら頭を振り絞っても、どうして重がここまで悲しんでいるのか俺には解らなかった。
問題は解決できたのだ。もう何も悩む必要はないだろう。
それでも重は元気にならないということは、まだ彼女の中で納得のいかないことかあるということだ。
それは一体何なのか?
「……」
聞き出そうにも直接的に聞くのでは無神経すぎる。
だから俺は提案をすることにした。
「今日って時間あるか、重?」
「え……どうしたの急に?」
俺の質問に首を傾げる重。
普段ならば即答で「ある」と言いそうな場面ではあるが、まあ気にする必要は無い。寧ろ、普通は要件を聞くものだ。
「もし良かったらどっか寄り道でもしてかないか?最近は重と放課後に遊びにも行けてなかったし……どうかな?」
「……」
俺の提案に重は黙って考え込んでしまう。
その沈黙が妙に不安を煽り、「断られるのでは」と時間が経つ事に心配になってくる。
時間にして一分も経っていないだろう。それでも俺はその沈黙に耐えきれず、付け加えるように口を開く。
「その……さ。最近の重ってなんか元気ないだろ?余計なお世話かもしれないけど俺、心配でさ。もし良かったらその理由とか教えてくれないかな?自分なりに考えてみたんだけど、どうして重がそんなに悲しそうなのかやっぱり分からなくてさ……」
確実に言わなくていい事まで口走ってしまった。
俺の言葉に重は顔を上げるが、それだけで何かを言ってはくれない。
また暫しの沈黙。
返答が無いことに「これでもダメか……」と内心で諦めかけていると、重は沈黙を破って言葉を紡いだ。
「啓太くんは、私を心配してくれてたの?」
「そ、そうだよ」
唐突な重の質問に俺は吃りながらも答える。
「なんで私なんかの心配を……?」
「なんでって……そんなの当然だろ。重の根も葉もない噂が流れてたんだ、精神的に大丈夫かとか、変な嫌がらせされてないかとか心配になるだろ───」
これまた変なことを聞いてくる重に俺は堂々とそう答えて、言葉を続けた。
「───でも、ココ最近は重の変な噂も、俺の噂で無くなって無事に問題が解決したと思ってたけど、重は何故か暗いままだし。何かまだ心配事があるのかと思ったんだよ」
「えっ…………」
続けた俺の言葉を聞いて重は短く呟いた。
彼女は驚愕したような、何かに気がついたようなそんな表情をすると、再び顔を俯かせてしまう。
「か、重?どうした?なんか俺変なこと言った?」
何か彼女の気に触ることを言ってしまったかと心配になり、問いかけるが反応は無い。
重は何かをブツブツ呟くと次第に肩を震わせて泣き出してしまう。
「っ!?」
その予想だにしない重の反応に俺はさらにテンパる。
声をかけようと試みるが、良い言葉が思い浮かばず固まってしまう。
「そ、そうだコレ!ハンカチ!とりあえずこれ使って!!」
そしてようやく言葉が出てきたかと思えば、俺は重にハンカチを手渡そうとする。
いつも母に持たされる、何の変哲もないハンカチだ。
いつも使い道がなくて邪魔だと思っていたが、持っていていよかった。
たまには役に立つじゃねーかハンケチーフ!
「そっか…………私なんだ…………」
しかし、重は俺の差し出したハンカチを受け取ろうとせずに今度は聞こえる声でそう言った。
ようやく顔を上げた重の顔は涙でぐしゃぐしゃで、その美人な顔が台無しになっていた。
俺は彼女のその表情を見て思考が完全に止まる。
何かを言わなきゃと分かっていても上手い言葉が見つからないし、ハンカチも手渡すことができない。
そして、そんな俺を見て彼女は久しぶりに微笑んでくれた。
「ごめんね。もう啓太くんとは一緒に入れない───」
「…………え?」
今度こそ言葉は出てこず、ただ固まって彼女を見つめることしかできない。
俺は重のその表情を二度と忘れることは無いだろう。
「───さよなら」
寂しそうに微笑んだ彼女は最後にそう言い残すと、俺の前から姿を消した。
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