第24話 不協和音
赤城との屋上での一件から次の日。
俺はいつも通り重と学校へと登校していた。
「じゃあまた昼休みな」
「うん! またね、啓太くん!」
胸の前で可愛らしく手を振る重に手を振り返して、俺は自分のクラスに向かう。
「おい、あれ……」
「ああ。あの噂ってマジなのかな」
「どうなんだろうな?」
その途中、廊下ですれ違う生徒たちにチラチラとあまり気分の良くない視線を向けられる。
学校に着いた瞬間から周りから盗み見るような視線を感じていたが、それは重と一緒にいるからだと思っていた。
しかし、どうやら今は俺単体に向けられた奇異の視線だ。
ココ最近で注目されるのにはだいぶ慣れてきたと思っていたが、いつもとは少し感じが違う視線に戸惑う。
まだ確信を持てていないような、疑い、探るような視線は、『重の傍にいる男』ではなく『潔啓太』という男の本質を見抜こうとしているモノだ。
「……なんだ?」
自分にしか聞こえない声量でボソリと呟く。
周りの妙な反応に疑問を抱いていると、いつの間にか自分の教室に辿り着いていた。
一旦、気持ちを切り替える為に深呼吸をして、いつも通り教室へと入る。
瞬間、教室の中にいたクラスメイト達の視線が一斉にこちらに向く。
ホームルーム10分前ということもあって、教室の中には殆どクラスメイトが登校しており、30人弱の視線が一気に俺に集中する。
「………っ!?」
その威圧感たるや。
全く予想だにしないお出迎えに、俺は目を見開いて驚く。
「お、おはよう……?」
「「「…………」」」
一斉に見られた理由は分からないが、こちらに注目したならば挨拶の一つでもしなきゃ失礼と言うものだ。
そう思ってクラスメイト全員に朝の挨拶をかましてみるが、それに反応してくれる人は誰一人おらず、直ぐにこちらから興味を無くしたように顔を逸らす。
いや、無視かよ。
いきなり見といてなんなんお前ら? 今日の俺、なんかおかしいところでもある?
素っ気無さすぎるクラスメイトの反応にそう思わずにはいられない。
本当になんだと言うのか。
まあいつまでもそんなことを気にして扉の前で突っ立っている訳にも行かないので、そそくさと自分の席へと向かう。
「よう」
席へたどり着くと前の席の善が神妙な面持ちで挨拶をしてくる。
「おはよう。なんか一瞬みんなに見られた気がするんだけど、気のせい?」
「……その質問に答える前に、俺から一つ質問させてくれ。啓太、昨日の放課後は何してた?」
「は?昨日の放課後?別にいつも通り重と一緒に帰ったけど」
唐突な善の質問に首を傾げながら俺は質問に答える。
「学校に残らず、直ぐに帰ったんだな」
「あ、ああ。重が本屋に行きたいって言うから、直ぐに学校出て駅前の本屋に行ってそのまま帰ったよ……」
「……………っはあ。そうだよなぁ〜」
普段のアホ面とは違う真剣な善の表情に気圧されていると、奴は数秒の沈黙の後に大きく気が抜けたような溜息を吐く。
意味のわからない善の反応に、少し不信感を抱きながら俺は奴に言う。
「なんなんだよ、本当に……てか、善の質問に答えたんだから俺の質問にも答えろ」
「あ、そうだな。すまんすまん───」
善はすっかりいつも通りの様子に戻り謝ると言葉を続けた。
「───まず、クラスの奴らがお前を見たのは気の所為じゃない。付け加えてその理由を簡単に説明すると………啓太お前、噂されてるぜ」
「……噂? どんな?」
これまた唐突な善の言葉に聞き返してしまう。
「昨日の放課後、お前が譎に無理やり言い寄って酷いこと……体の関係を迫ろうとしたっていう噂だ」
「…………は?」
思わず、気の抜けた声が出る。
譎に無理やり言い寄った? 誰が?
体の関係を迫ろした? 誰が?
…………俺が? 巫山戯たことを言うのも大概にしろ。いくら仏のような心の持ち主の俺でもこれは笑えない。ブチ切れ案件だぞ。
誰があの性格が絶望的に終わってる女に言い寄るかってんだ!
一気に最悪の気分になっているとフォローするように善が口を開く。
「まあその反応を見る前から分かってたことだが、してないんだろ?」
「当たり前だ」
「だよな。でも一応、万が一を考えてお前に確認させてもらった。気分の悪いことをして悪かったな」
俺の返答に善は頷くと「すまんっ!」と頭を下げて謝ってくる。
「まあ……許す」
少しでも疑われていたのは悲しいが、まあこうして俺の言い分をちゃんと確認して、俺を信じてくれるのならばこの一連の流れは些細なことだ。全くとは言わないが気にしない。
席に着席して、さりげなくとある生徒の席を観察する。
その生徒は如何にも「落ち込んでます」と言わんばかりに暗い表情で席に座っており、そのまわりには「大丈夫?」とその生徒を心配するような数人の取り巻きに囲まれている。
少しその様子を観察していると一人の女子取り巻きAに気付かれ、物凄い剣幕で睨まれる。
睨まれてしまったのでサッとその席から視線を外して、善の方を見る。
「アイツの影響力は本当に凄いな」
「そんなことより、啓太なにしたんだよ?」
呑気に感心していると善が心配したように聞いてくる。
「さあな」
「さあな……ってお前なぁ……」
あまりに適当すぎる返答に善は呆れた声を出す。
別にこちらから何かをした覚えなんて微塵もない。あっちが勝手に突っかかってきて、勝手に逆恨みしてきて、勝手に変な噂を流してきているだけだ。
俺は完全なる被害者、俺は悪くない。
───それよりも、まさかお相手さんがこんな手段を撮ってくるとは思わなかった。
昨日の赤城の一言で何かをしてくるとは思ったが、こんな直接的で自分の身を使ってまでこちらに危害を加えてくるとは……。
その「絶対にお前を潰す」と言わんばかりの奴らの行動に思わず感心してしまう。厄介なことこの上ないがな。
まあ、とにかく……どうやら俺はたった一日で『譎玲奈を襲おうとしたクズ野郎』になってしまったらしい。
・
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なんとか本日の授業日程を終えて、俺は逃げるように学校を飛び出した。
今は、重と一緒にのんびり下校中である。
俺の『譎玲奈を襲った』という噂は瞬く間に全校生徒に知れ渡った。
そのお陰で俺は一躍、学校中の有名人となり、行くとこ全てで注目されるようになった。
「なんかいつもより疲れた気がする……」
大きく息を吐いて、気怠げに歩く。
言葉の通り、今日はいつもより疲れた気がする。
身体的に、と言うよりは精神的にだ。
まさか自分の話題で、自分に負の感情を向けられ続けるのがこんなにメンタルに来るとは思っていなかった。
これが何日も続くと考えると、正気でいられる自信が無い。
重は毎日こんな状況で学校に来て、平気そうな顔をしていたというのか?
改めてそう思い、心配になって隣を歩いている彼女を見る。
「大丈夫、啓太くん?」
すると逆に心配そうな様子で重は俺に尋ねてきた。
「おう、大丈夫大丈夫! 今日はちょっと寝不足でさ。一日中眠くて仕方なかったんだよ」
思わず出てしまった自分の発言に後悔しながら、俺は空元気で重に「大丈夫!」とアピールをする。
しかし、彼女のその暗い表情が晴れることは無い。
今日の重は一日中こんな表情をしていた。
弁当を食べる時も、日向ぼっこをしている時も、屋上から教室へ戻る時も、今の下校中もずっと気分の優れないような暗い表情なのだ。
今までこんなことは無かった。どんな時でも彼女は楽しそうな嬉しそうな表情を見せてくれていた。自身のよくない噂が流れようとも、それを全く気にせず笑っていた。
なのに、いつも明るかった彼女から笑顔が消えてしまった。
どれだけ俺から声をかけても、返ってくるのはいつもより気の無い返事と、申し訳なさとこちらを心配するような瞳。
「……ゴメンなさい、私の所為で…………」
「なんで重が謝るんだよ? 別に重は悪いことなんてしてないじゃないか。だからそんなこと言わないでくれよ」
「……」
急な重の謝罪に俺は態とらしく笑って誤魔化す。
だが依然として彼女の表情は変わらない。
そんな瞳で見つめられればこちらが申し訳ない気持ちになってくる。
重の耳にも当然、俺のあの噂は届いていて、それを気にしているのは今の言葉で聞かなくても分かった。
だが、このことに関して彼女が負い目を感じる必要など全くない。この一連の流れに重は関係ないのだ。
相手が勝手に突っかかって来て、それを俺が真っ向から全部受けてやると言ったのだ。
これは俺の問題だ。
「本当に、重が気にする必要なんてないからな? なんか変な噂が出回ってるけど重は全く関係ないし、無視してればそのうち噂なんて消えてるよ」
「……うん」
だから重にはこんなくだらない話なんて気にせずに、幸せそうに笑っていて欲しかった。
それでもその日、重の表情は別れる最後まで暗かった。
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