第23話 接触
「はい今日はここまで」
授業切り上げた先生の号令で昼休みへと入る。
一斉に机や椅子が動くことによって雑音が教室中に響く。
お楽しみの自由時間の始まりだ。
俺も席から立ち上がりいつもの場所へと向かおうとすると前の席の善に声をかけられる。
「今日は屋上で食うのか?」
「そうだけど……なんで?」
「いや、今日は俺も見物に行こうかなと」
ニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべる善に俺は軽蔑した視線を向ける。
「おいおいなんだよその目!見られるのが嫌ならあんな事やんなきゃいいだろ」
「お前に見られるのが嫌なんだよ。それにそうも言ってられない。今のところこれが一番効果あるんだ」
善がなんの話しをしているよかと言うと、俺と重の昼食を見学しに行こうかと言う話であった。
『昼食の見学』とは一体全体どういうことかと言うと疑問に思う方もいるだろう。
簡単に言ってしまえばこの前の俺の作戦は効果てきめんだったということだ。
先日の教室で重と弁当を食べた日から今日で一週間が経とうとしていた。
思いつきで決行した重のイメージアップ作戦であったが、あれが見事にハマった。
あの一件を境に少しづつではあるが重の悪い噂は聞かなくなり、その逆でこんな噂が流れ始めていた。
『重愛は謎の男子生徒にゾッコン』『もう結婚してるのでは?と思うほどのイチャイチャぶり』『あの二人のイチャつきは健康にいい』『え?あれで付き合ってないってマジ?』『リア充死すべし』
殆どが訳の分からない馬鹿みたいな噂であったが、初めに流れていたものと比べればだいぶマシになった。
そしてそんな噂が流れてから野次馬的に俺達の昼食を覗き見る輩が出始めたのである。
何とも趣味が悪く、マナーのなっていない馬鹿者もいたものだ。
だがその野次馬たちのお陰で「あの噂って嘘じゃね?」的な噂が増え始めてきているので無闇矢鱈と追い返すことも出来ない。
ちょっとした悩みの種であった。
まあとにかく、そんなこんなで少しづつではあるが状況は良くなってきていた。
ここ一週間で起きた出来事の思い返していると善が呆れたように溜息を吐く。
「……ホント、お前のその凄まじい努力には感心するよ」
「うるせっ」
「まあいいや、引き止めて悪かったな。さっさとカノジョのとこ行っていいぞ」
そうして善は俺に興味が無くなったかのように素っ気なく「シッシッ」と口で言って俺を手で払う。
自分から話しかけておいて勝手な野郎だ、と思ったが突っかかるのは面倒だったので善の言う通りに教室を出る。
「少し無駄話をしすぎたな。重を待たせるのも悪いし早く屋上へ行くか」
少し駆け足で、人の合間を縫って今度こそ屋上へ向かおうとする。
「ちょっといいか」
しかし、どうやら今日のお天道様は俺を簡単に屋上に行かせてはくれないみたいで、またもや人に声をかけられる。
勢いを潰されて、不機嫌気味に声のした方へと振り返ればそこには意外な人物がいた。
「……誰かと思ったら赤城じゃないか。わざわざ声をかけてくるなんて珍しいな、どうした?」
その人物というのが、同じクラスの赤城烈斗であった。
鋭い目付きに赤みがかった茶髪。両耳にはピアスをしており、制服もかなり着崩している。所謂『陽キャ』と呼ばれる人種というのは一目見ればわかって頂けるだろう。
その見た目から粗暴で怖いイメージを持たれやすいが、実際のところ普通に気の良い奴である。
クラスのカースト上位に君臨してなお、それを微塵も感じさせず、陽キャ陰キャと気にすせず、分け隔てなく気が合えば誰とでも仲良くなる。
部活はバスケットボールをしており、時期主将候補の呼び声高い実力者らしい。
そんな赤城が俺になんの用だと言うのだろうか?
「ちょっと潔に聞きたいことがあってな。昼を食う前で悪いんだが時間を少し作って貰えないか?」
疑問に思っていると赤城は申し訳なさそうな顔で頼み込んでくる。
わざわざ追いかけて声をかけてきてくれたのだ話を聞いてあげたい気もするのだが、それよりも重を待たせるのは避けたかった。
「あー……すまん。急いでるんだ。放課後とかじゃ───」
赤城には悪いが「昼は勘弁してくれ」と言おうとしたところで、ポケットにしまっていたスマホが振動する。
赤城に断りを入れて、スマホを確認してみると重からメッセージが来ていた。
内容は、
『ちょっと先生に呼び出されて屋上に行くのが遅れます。ゴメンなさい』
と、屋上に着くのが遅れる趣旨のメッセージであった。
それを見て俺は簡単に『気にするな』と返信をする。
「───直ぐに終わるなら構わないぞ」
そして、途中まで出てた言葉を引っ込めて赤城の頼みを了承する。
「いいのか?」
「ああ。でも手短にしてくれな?」
追加できた文面を見るとそれなりに時間がかかるらしく、赤城と少し話すぐらいはできると思っての判断だった。
「分かった。ここじゃなんだし、場所を移そう」
「おう」
赤城は一礼すると先導するように歩き始める。
わざわざ改まって話とはなんだろうか?
疑問に思いつつ、「まあすぐに分かることか」と納得して俺は赤城について行った。
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赤城について行って辿り着いたのは人気のない屋上であった。
今日は少し風邪が強く。ここで弁当を食べるのならば物陰になっている隅っこの方で食べる必要があるだろう。
そんな呑気な事を考えていると赤城が本題に入る。
「最近、重愛とよく一緒にいるよな」
「……え?まあ……そうだな」
一体屋上に来てまでどんな話をされるのかと思ったら予想外の一言。
それに動揺するなと言う方が難しいだろう。
まさか赤城からこんな事を聞かれるとは思っていなかった。
「潔も知ってるよな?最近噂になってる重のよくない話」
「まあ……」
「俺、心配してたんだよ。重に何か弱みを握られて脅されてるんじゃないかって」
「……は?なんで?」
突拍子のない赤城の言葉に表情が硬直する。
誰が誰に脅されているって? 誰が誰を心配してるって? 目の前の男は一体なんの話をしているんだ?
途端に先程まで気になっていた赤城の話がどうでも良くなってきた。
冗談だとしてもこれは笑えない。
「だって潔、重に無理やり付きまとわれて困ってるって聞いたからさ。食べたくもない手作り弁当を無理やり食べさせられたり、色々と重に召使いのように扱われてるって……」
「……それってどこ情報?」
「いや、どこって話じゃなくてそう言う話を聞いたんだよ。本当に大丈夫か?」
「別に大丈夫だけど」
……いや、赤城本人は冗談のつもりは毛頭ないのだろう。だが、言っていいこと悪いことがある。
けれども目の前の男はその煩い口を閉じようとはしない。
「もし自分じゃどうしようもないんだったら俺が力になるからさ。本当の事を話してくれ!」
赤城は何を勘違いしたのか、俺の素っ気ない返事を「心配をさせないように無理をしているんだ」と受け取ったらしく。とても真剣な表情で詰め寄ってくる。
その善人ぶりが妙に気に入らない。
別に俺と赤城はそこまで仲が良い訳では無い。悪い訳でもないがこんなに心配される覚えは無いのだ。
誰の入れ知恵でこんな行動に出ているのかは知らんが、そろそろウザったくなってきた。
「本当に大丈夫だ。別に俺は弱みを握られて脅されてなんかないし、好きでアイツの傍にいるんだよ」
俺はハッキリとそう言って赤城との会話を終わらせようとする。
しかし奴はしつこく言葉を続け、あまつさえ聞き捨てならない名前を吐き捨てた。
「無理するのはやめろよ!一人で抱え込もうとするな!クラスのみんなも潔の事を心配してるんだ。特に譎なんてお前が周りに誤解されないように色々と行動してくれてるんだぞ!!」
「……は?」
瞬間、俺の中の時間が止まる。
まだ赤城が何かを熱弁しているが、そんなのは全く耳に入ってこない。
それよりも考えることがあった。
誰が誰の心配をして、行動してくれたって?
ふざけたことを言うのも大概にしろ。流石にその冗談は本気で笑えない。
あの女が俺の心配をするなんてことは天地がひっくり返ってもありえない事だ。
「いや、そうか……そういうことだったのか……」
思考の末、一つの結論に至る。
どうして今まで気が付かなかったのか。少し考えれば分かることだった。
最近は全く接触が無かったら油断をしていたのかもしれない。
あの女が距離を取ったぐらいで諦めるとどうして思っていたのだろうか?
「聞いてるのか潔!俺たちは本当に───」
「もう喋んなくていいぞ赤城。お前の言いたいことは十分に分かった」
「ほんとか!?」
「ああ。嫌という程わかったよ───」
全ての元凶はあの女にあったのだ。
まさかこんな汚い手を使ってくるとは思わなかった。
……いや、あの女なら普通にやるか。人の気持ちを弄んで喜ぶヤツだ。悪い噂の一つや二つ風潮しても不思議ではない。
何がタチ悪いって、あの女が無駄に周りに信頼されていて影響力があるってところだ。根も葉もない噂でも『譎玲奈が言ってるなら信じてもいい』と思わせる説得力がある。
つくづく、恐ろしい女だ。
「───お前たちが俺の事を全く心配してないってことがな」
「は?何言ってるんだ潔!俺は本気でお前の事を心配して……」
「もうその薄っぺらい同情は聞き飽きた。さっさと飼い主に作戦が失敗したことを報告にでも行けば?」
「っ……!!」
俺の脈絡を得ない返答に赤城は驚く。
そんなに分かりやすく顔に出てしまったら丸バレだ。ブラフで適当を言ったつもりだったが、まんまと連れてくれた。
赤城も譎のグルだ。
よくよく思い返してみれば、悲惨な未来で譎の近くにいた男は赤城に似ていた。
コイツは最初から俺を心配していなかったし、譎の命令か何かで俺に探りを入れてきたのだろう。
「もうお前と話すことない。さっさと消えてくれ」
「……後悔することになるぞ」
「望むところだ。お前のご主人様に言っといてくれ───」
本当にくだらないことをしてくれた。
あの女は、こんなことで俺が音を上げるとでも思っていたのだろうか?
むしろ逆効果だ。
「───俺は絶対に重から離れない……ってな」
「チッ…………」
赤城は忌々しげに俺を人睨みすると屋上から出ていく。
強い風が吹く。
思わず目を伏せて、風が止んだと同時に目を開けるとそこには重がいた。
「遅くなってゴメンね、啓太くん!」
「いや、俺も今来たところだよ」
彼女を見た途端に今まで胸中を渦巻いていた怒りが収まる。
それを実感して、随分と単純な人間になってしまったと思う。
いつの間にか俺は重といる時間が架け替えの無いものになっていた。
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