第22話 不意のそれは断れない

 昼休み。

 空は生憎の曇天模様。

 少し強めの雨が屋上のアスファルトに振り落ちていた。


「雨か……」


「雨だね」


 俺と重は屋上の出入口で2人寂しくびしょ濡れになっていく屋上を眺めていた。


 確か今日のテレビのお天気お姉さんの話ではここら辺の地域は晴れの予報だったが、完全に外れてしまっている。


 だが、正直今は天気予報が外れたことを気にするよりも、気にすることがあった。

 それは───


「さすがに今日は屋上で食べれないな」


「うん、そうだね」


「さて、それじゃあ何処で昼飯を食べるか……」


 ───本日のお昼を食べる場所だ。


 基本的に俺たちのお昼のベストプレイスは屋上だ。

 だが、偶にこうして雨が降った日には何処でお昼を食べるか困ってしまう。


 雨が降ってしまった時の代替案としては、学食で食べるか、構内の所々に点在している休憩スペースで食べるか、俺か重のどちらかのクラスで食べるかなのだが……。


「学食はもう人で一杯だろうし、休憩スペースもこの雨じゃ全部埋まってるだろうなあ……」


「どっちかのクラスに行く?」


「うーん。それもなんか───」


 この雨だ。どこに行っても人で一杯だろう。

 それに今の状況でお互いどちらかのクラスでお昼を食べるのはちょっと避けたい。


 依然として重のよくない噂は続いているわけで、そんな状況でどちらかのクラスへ行けば注目を集めること間違いなしだ。


 重は全く気にしないだろうが、流石に周りに変な注目をされながら弁当を食べるのは避けたい…………いや、逆にこれは良い機会では?


「啓太くん?」


 急に黙り込んで考え込み始めた俺を見て重は不思議そうに首を傾げる。


 先日、俺は重の悪い噂を解消すると決意した。しかし、具体的にどんな方法を用いて噂の解消をするのかはまだ決まっていなかった。


 口にするのは簡単だが、一朝一夕で噂なんて解消できる訳では無い。地道な行動の積み重ねで周りに示していくしかないのだ。


 その初めとして、今回のこのどちらかの教室でお昼を食べるというのは妙案なのではなかろうか。


 周りの生徒たちは重の事を尻軽女と思っているだろうが、誰かと楽しそうに弁当を食べているところを見ればその考えも改まるのでは?

 しかも一緒に食べている弁当が重の手作りだと分かれば好感度爆上がり間違いなしだろ。


「……うん。試してみる価値はあるな」


「ねえねえ、なんの話し?」


 一人で自問自答していると話の要領が掴めていない重が拗ねたように頬を膨らませて怒っている。


 かわ…………じゃなくて悪いことをしたと思いつつ。俺はすぐに行動に移ろうと決心をする。昼休みは有限だ。


「ごめんごめん。昼飯を何処で食べようか考えてた。今日は重のクラスで食べようか」


「……うん、分かった。啓太くんと2人きりなのはちょっと納得いかないけど、雨だから我慢するね」


「っ……お、おう」


 不意に飛んできた重のデレ発言に思わず言葉が詰まるが、なんとか持ち直して屋上を後にする。


 ホント、シレッととんでもなく男心を抉るような事を言ってくるから油断ならない。

 重は俺を殺す気か?


 ・

 ・

 ・


 さて、少し早足で屋上から重のクラスである2年B組にやってきた。

 現在俺は近くにあった誰かさんの椅子を拝借して重の席に向かっていた。

 理由はもちろん彼女の弁当を食べるためである。


 そしてわかっていたことではあるが───


「おい、あれ……」


「教室で食べるなんて珍しくない?」


「てか、あの男だれ?」


 ───クラスに入った瞬間からこんな感じで注目を浴びまくっている。


 正直言ってすぐにこの教室から出たい。

 俺みたいな陰キャが注目されるのに慣れてないのは勿論のこと、こんなに注目を集める機会なんてないのだ、マジで吐きそう。


「はい、啓太くん。今日のお弁当だよ!」


「お、おう。サンキューな……」


 だが、そんな弱音など吐いていられない。全ては重の悪い噂を解消するため。楽しく、幸せな学校生活を送って貰うためなのだ。ここで気張らなければ男が廃る。


「えっ、手作り弁当?どういうこと?てかあの二人付き合ってるの?」


「しらないよ。でも重さんって料理得意だったんだね」


「クソっ、なんだあの男!重さんの手作り弁当を食べるなんて生意気な……」


「羨ま……いや、リア充死すべし」


 俺が重から手作り弁当を受け取ると、周りのクラスメイト達が更にざわつく。


 うん。概ね予想通りの反応だし、感触としては悪くないと思う。

 さらにここで俺が重の弁当を美味しく食べて、さり気なく噂の否定をすれば上手く事が運ぶんじゃないか?


 軽く脳内シュミレーションをしてイメージを定める。


「お、今日も美味そうだな」


「えへへっ。今日はちょっと早起きしちゃったから頑張っちゃった。啓太くんの大好きな唐揚げもあるよ」


 毎度の事ながら高クオリティな弁当に感心してしまう。

 ホント、重さんには毎日感謝だ。


「いただきます」


「どうぞ召し上がれ」


 両手を合わせてこの世の全ての食材に感謝をして弁当を食べる。


 まずは安定の卵焼きからだ。

 このほんのりとした甘さが毎度の事ながらたまらない。やはり卵焼きは甘いのに限る。


 お次はメインの唐揚げだ。

 これも間違いない、美味いことが確定している一品。重が作る手料理の中で俺が一番好きなモノだ。


「う〜ん……!」


 口に入れて咀嚼する度に頬が緩んでしまう。

 頬っぺたが落ちるとはまさにこの事だ。これならいくらでも食べれる。


 重の手弁当に舌鼓を打っていると、この素晴らしき弁当を作ってきてくれた本人様がクスリと微笑む。


「ふふっ……」


「ん?どうした重?俺、なんか変か?」


 行儀が悪いと思いつつも弁当にガッツきながら重に質問する。

 なんだ、俺の顔にご飯粒でも付いてるのか?


「あ、ごめんね、そうじゃないの。私のお弁当を美味しそうに食べてくれるのが嬉しくて……」


「おう。今日も美味いぞ。毎日ありがとな」


「ううん。こちらこそ毎日美味しそうに食べてくれてありがとう」


 俺の感謝の言葉に被せるように重も楽しそうに微笑んでそう言う。


「……おい、なんだあの空間……」


「なんかいつもの重さんと違くね?あんな喋る人だっけ?」


「はぁ〜いいなぁ〜。私も好きな人と一緒にご飯食べたぁ〜い」


「なんか……尊くない?」


 俺たちのやり取りを遠慮なくガン見してたB組の生徒たちからそんなコソコソ話が聞こえてくる。

 いや、こちらに丸聞こえなのだからコソコソ話になっていない。寧ろコイツら隠す気ないだろ。


「……」


 概ね予想通り、何なら狙い通りの反応をいただけて作戦は成功なのだが、普通に恥ずかしい。

 こういう何気ないやり取りをガッツリ誰かに見られるというのはやはり抵抗がある。やはり弁当は屋上で食べるに限る。


 だが、全ては重の為だ。踏ん張るしかない。


 周りの情報を無理やりシャットダウンして、重の弁当だけに集中する。

 と、いつの間にか弁当を食べ終わってしまった。


「……あっ」


 食べることに集中しすぎた結果、ちゃんと味わうことしないまま弁当を胃の中に入れてしまった。

 これは勿体ないことをしてしまった。今日はせっかく俺の好物の唐揚げがあったというのに……。


 もう完全に周りのことなんて忘れて、本気で落ち込んでいると重に名前を呼ばれる。


「け、啓太くん」


「……ん?どうした重?」


「そ、そのお弁当足りなかった?」


「いや、そんなことない。完璧な分量だった」


 心配そうに聞いてくる重に頭を振る。


 わざわざこんな事を聞いてくるということは相当表情に出てしまっていたのだろう。重に変な気を使わせてしまった。反省だ。


「しょうがない」と落ち込んだ気持ちに踏ん切りをつけて、無理やりにでも表情をいつも通りに戻す。


 すると重が箸で唐揚げを持って俺の口元まで近づけていた。


「…………え?」


 唐突な彼女の行動に脳の処理が追いつかない。


 え? いきなりナニ? 目の前に唐揚げ持ってきて自慢か何か? それとも何か、この唐揚げ食べてもいいですよ的な?


「あ、あーん」


「……」


 あ、これ食べていいやつですわ。

 てかこのシチュエーションは全男子が夢見るアレじゃないですか。


 依然として頭の中は混乱している。目の前に差し出された唐揚げをどうしようか必死に考えるが、突然騒がしくなったB組生徒たちの所為でまともに思考出来ない。


 重は「食べてくれないの?」と心配そうに俺を見てくるばかりだ。

 そんな顔されたら食べるしかないじゃないですか。


「えーっと……食べてもいいの?」


「……」


 俺の質問に重は無言で頷くのみ。その表情は真剣そのものだ。


「じゃ、じゃあお言葉に甘えていただこうかな…………あ、あーん───」


「うん!はい、あーん」


 この状況を了承した俺の言葉に重は目を輝かせて頷くと、再び可愛らしい声でそう言って俺の口まで唐揚げを運んでくれた。


「───んぐ……うん美味い」


 何度かの咀嚼。今度はしっかりとこの唐揚げを味わう。そして最後はしっかりと作ってくれた人へ料理の感想を述べれば完璧だ。


「うん!お粗末さまでした!」


 花が咲いたような眩しい笑顔。


「公衆の面前で大胆な事をしすぎた」と後悔していたが、こんな嬉しそうな顔を見たらどうでも良くなった。

 重が幸せそうならオールオッケーだ。


 そうして恙無く雨音響く昼休みは終わりを告げる。


 まあ、何故か周りの奴らが「キャーッ!」と黄色い声を上げたり、「死すべし!!」と怨嗟の声を叫び、うるさすぎて雨音なんてこれぽっちも聞こえはしなかったがな。


 〈やりたいことNo.12 あーん〉

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