第20話 譎玲奈の心境 その2
とある空き教室。
そこで一人の女子生徒が怒りに満ちた叫び声を上げる。
「なんでよっ!!」
叫びと同時に女子生徒は近くにあった椅子を勢いよく蹴り飛ばす。
ぽつんと佇んでいた椅子は女子生徒の八つ当たりによって激しい音を立てながら床に転がる。
普段ならば飽き教室と言えどむやみやたらと学校の中で叫ぶものではないし、激しい音を立てて椅子を蹴飛ばして言い訳ないが、今はかろうじてそんなことをしても誰も気にする者はいない。
理由は簡単である。
所謂、放課後。人気のなくなった校舎。
残っているのは部活動の生徒か教師、はたまた何かしらの用事を持ち合わせた者だけであろう。
女子生徒は今日も一番最後の理由で学校に残っていた。
学校での彼女は多くの人から信頼されており、手伝いごとや頼みごとをよく聞く立場であった。
面倒極まりないことであったが、彼女は人からのそういった話を断ることはなかった。それは偏に〈誰もが認める完璧才女、譎玲奈〉のイメージを保ち、壊さないため。
周りからのその期待は次第に少女に重くのしかかり、プレッシャーになった。気持ちが不安定になり、精神的状態が歪んでいった。
それ故の発狂……という訳ではなく。
女子生徒―――譎玲奈は単純にとある男に怒りを覚えていた。
玲奈にとって学校生活で起きる頼みごとの数々など大した問題ではない。すべてが無関心で適当にやっていれば終わってしまう事柄であった。
彼女の興味の中心は「如何に人の心を屈辱的に壊すか」それだけであった。
だが最近、玲奈の中のその興味が変化してきていた。それは彼女にとってとても受け入れがたい事実だった。
まさか自分が一人の男に苦戦するなんて思ってもみなかったからだ。
いつの間にか玲奈の中に出来上がっていた「狙った獲物は逃がさない」というポリシーが足を引っ張っていた。
目下、譎玲奈の怒り……興味の中心は一人の男子生徒、潔啓太であった。
「どうしてここまでして靡かないの!?」
潔啓太を振り向かせるために、この一ヶ月間ざまざまな方法でアプローチをしてみたが、そのことごとくが失敗に終わっていた。
寧ろ、日にちが経過するごとに潔啓太のガードは固くなっていった。
昼休みを狙って彼を誘惑しようと試みるが、一目散にどこかへといなくなってしまう。放課後に一緒に帰ろうと誘おうとしてみれば既に下校しているなど……とにかくここ最近は潔啓太との接触が極端に少なくなっていた。
ようやく接触できたかと思えば潔啓太の隣には必ずあの女がいた。
「重愛……いったい何なのあの女は……いつもいつも私の邪魔を……」
最近、潔啓太の近くを飛び回るようになったうるさいコバエ。彼女が潔啓太に恋慕を抱いていることを玲奈は知っていた。
知っていて彼女を無視していたのは、潔啓太があの女を歯牙にもかけていなかったからだ。ターゲットがガン無視で自分の虜になってくれているのなら計画は失敗しようがない……そう思っていたのだが。
「どうしていきなりあの女と絡んでるのよ……!!」
最後の締めの部分まで来ておいて計画が狂い始めていた。
最初はなんてことのないズレだと思っていた。しかし、そのズレはどんどん大きくなって修正が効かなくなってきている。早急にこの状況をひっくり返す必要があった。
だから譎玲奈は考える。
どうすれば潔啓太という男を自分のモノにできるのか、ということを。
静寂を取り戻した空き教室で玲奈はポツリと呟いた。
「……そうだ―――」
妙案だと言わんばかりに玲奈は口元を歪ませ、くつくつと笑い始めた。
もう彼女の中に常識という理性は残っていなかった。
自分の思い通りになればそれでいい。その過程で回りがどうなろうが知ったことではない。全ては自身の目的のため。
「—――あの女がいなければすべて解決するじゃない……」
元を辿れば重愛の存在が自分の計画を狂わせた。
玲奈はそう考え始めるようになった。
あの時、あそこにあの女がいなければ。あの時、あのタイミングであの女が入ってこなければ。あの時、あの女が無駄なことをしなければ…………あの女が、あの女が、あの女が、あの女が、あの女が――――。
「私をここまで本気にさせておいて鞍替えなんてゆるさない――――」
同時に脳裏を過るのは潔啓太の姿である。
「――――絶対に逃がさない。地の果てでも追いかけて私のモノにするんだから」
それは今まで彼に抱いていた感情とは別のモノへと変化していた。
狂ったまでの執着心、誰にも触れさせない、渡さないという独占欲。
譎玲奈の中に生まれたのは一つの感情。
それは悍ましいほどの〈狂愛〉であった。
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