第19話 重愛の死ぬまでにやりたい100のこと──No.76 その2
電車に揺られて10分、電車を降りた駅からバスに乗り換えて走ることさらに15分。計25分の時間をかけて目的地へと到着する。
そこは子供から大人まで楽しめること間違いなしの複合施設型の水族館。水族館はもちろんのこと、充実したフードコートや、プール施設、はたまたショッピングモールと盛りだくさんな施設である。
休日ともなればたくさんの家族連れや学生、カップルなんかで大いに賑わいを見せ、ここら辺の地域で一番大きな水族館となっている。
……いや、ここまでくるともう水族館の範疇を超えている気がするが、まあ細かいことはどうでもいい。
とりあえず俺たちは無事に目的地へと着いた。
「わあ……っ!!」
「……もしかして初めて来た?」
「うん! テレビとかで見たことはあるけど、まさかこんに大きくてスゴイとは思わなかった」
バス停から少し歩いて施設の入り口となる大きな門の前までたどり着くと、横の重が瞳をキラキラと輝かせる。
重の気持ちは分からなくもない。
初めてここに訪れたほとんどの人がまずそのビジュアルと迫力に驚くことだろう。俺も初めて来たときは驚いた。入り口からして水族館の域を超えている。某有名な遊園地と見比べても遜色ないだろう。
「そうだったのか。中はもっと凄いぞ? 入るか」
「うん!」
だが驚くにはまだ早い。
入り口でそんなに驚いていたら、これから待ち受けている施設の中を見たら驚きすぎて気を失ってしまうのではなかろうか。
そんな間抜けなことを考えながら俺と重は大きな門をくぐり水族館の中へと入った。
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入場券を買い、難なく水族館の中へと入場できた俺たちを出迎えてくれたのは一つの大型水槽だった。
「わあ……! すごく綺麗だね、啓太くん!」
「だな。やっぱりここのメイン水槽は圧巻だ」
それはこの水族館で一番の目玉と言っても過言ではない大広間の巨大水槽。
様々な種類の魚が一つの大きな水槽で優雅に泳ぎ回る、その姿は綺麗の一言。その美しさを引き立てているのが水槽内のレイアウトだ。世界的にも有名なデザイナーが監修したということでオープン時に話題になっていた。
赤や黄色、オレンジなどの明るい色のサンゴや苔岩を使って単調な水槽づくりではなく、人目を惹く色鮮やかな雰囲気を演出している。
さながら絵画を見ているような気分にさえなってしまう。その水槽は多くの人を魅了していた。
「これならずっと見てられるね……」
「ああ……」
少しの間、無言で巨大水槽の魚たちを観察する。
上から差し込むライトの光が水の中で反射して幻想的な風景を生み出す。そこにゆらゆらと綺麗な魚が泳ぎ、本当にいつまで見ていても飽きない。
そんなことを考えているとその水槽の前が、だんだんと人でいっぱいになり始める。
この水族館の一番の目玉ということもあり、他のお客さんもこの水槽の前で立ち止まったり、写真撮影なんかをしている。最低限のマナーとして、後から来た人が水槽を楽しめるようにある程度見終わったら次の水槽へと移動しなければならない。
「人が多くなってきたし次に移動しようか」
「うん、わかった!」
俺の提案に重は元気よく頷いて巨大水槽を後にする。
次に訪れたのは小さな水槽がいくつも展示された水生生物が中心のコーナーだ。クマノミやチンアナゴ、沢蟹などの小さくてかわいらしい生き物がたくさんいる。
その中でも重が気に入ったのは――――
「可愛い……この子、可愛すぎるよ啓太くん……!!」
「この間抜け面がなんとも愛繰しいよな」
「そうなの! この何も考えてなさそうな顔がすごく可愛いの!」
───両生類、メキシコサンショウウオ……またの名をウーパールーパーであった。
つぶらな瞳に軽く開いた口、脱力しきった様子で水の中に浮かぶその様は、この世のすべてに絶望し悟ったような哀愁さえも感じさせる。
そんなウーパールーパーを重は楽しそうに眺めたり、写真なんかを撮っている。
やはりこういった小さくて可愛いらしい生き物は女子受けがすごくいい。心なしかこの水生生物コーナーは女子率が高い。
あたりを見渡してそう感じていると、一つの水槽に目が行く。
比較的小さい生き物で構成されたコーナーだというのにその水槽は大人一人が余裕で入るくらいの大きさで壁に埋め込まれていた。
「あれは……」
あまりの人気のなさに興味が引かれて、ウーパールーパーに夢中の重を置いてその水槽の前へと向かう。
どんな生き物が展示されているのか、水槽の前に置かれた生き物の説明文を見るとそこにはこう書かれていた。
〈コウイカ〉
「なぜコウイカ……しかも一匹に対してこの水槽の大きさは釣り合ってないだろ……」
ぽつんと一匹だけ寂しそうに水槽に入れられたコウイカはふわふわと水中を浮かんでいた。
さらに説明文を読んでいくとこのコウイカは水族館のイメージキャラクター〈コウイカのこうちゃん〉のもとになったイカらしい。
なんだよコウイカのこうちゃんって、他にもっといい名前があっただろ。いや、そもそもイカが水族館のイメージキャラクターとは迫力に欠けないか? 普通はイルカとかだろ。
無駄に広い水槽をマイペースに泳ぐイカを見ていると重がこちらにやってくる。
「何見てるの、啓太く───」
重は横まで来ると俺の視線に釣られてイカのいる水槽を見て硬直する。
そりゃあ今まで可愛らしい水生生物を見ていたのにいきなりイカ一匹見せられたら動揺するよな。この空間にこの水槽はミスマッチすぎる。
「───何この子!? 凄く可愛い!!」
「……え?」
完全にフリーズしてしまった重をどうするべきか考えていると、彼女は俺の予想とは全く別の反応を見せた。
「小さくて可愛い〜! ふよふよしてるよ、啓太くん!!」
「え、ああそうだね。ふよふよしてるね」
今日一のテンションを見せる重に俺は思わず困惑してしまう。
このイカの何処が重のツボに刺さったと言うのだろうか?
ウーパールーパーを撮っていた時より、アクティブに様々な角度から何枚もコウイカの写真を撮りまくる重。
「……」
なんと言うか薄々感じていたが、今日の重はやけにテンションが高いというか……子供っぽい? というか、普段とかなり雰囲気が違うな。
別にそれが悪いという訳ではない。寧ろ、楽しそうで何よりだと思うのだが───
「見て見て啓太くん! このこうちゃんすごく可愛く撮れたよ!!」
「っ…………あ、ああそうだな。ベストショットだ」
───普段より可愛さにバフがかかっていて俺の心臓に悪い。
いかん。なんだこの感覚は、体が熱いというか熱を帯びているというか……本当に何だこの感覚は?
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「イルカショー凄かったね!」
「そうだな。まさかあんなに水をかけられるとは思わなかった……」
「びしょびしょだったもんね」
「ショッピングモールが併設してあって助かったよ……」
コウイカのこうちゃんとの邂逅を果たした俺たちはその後も水族館を満喫した。
ペンギンを見たりアザラシを見たり、イルカショーなんかも見てだいぶ楽しませてもらった。
今は水族館から出て併設してあるショッピングモールのフードコートへと来て、遅めの昼食を食べていた。
「14時か……ご飯を食べたらどうする? また水族館の方に戻るか?」
少し高級志向のハンバーガー店のポテトをつまみながらこれからの予定を擦り合わせていく。
水族館は1回入場チケットを買ってしまえば何度でも出入りは自由だ。お昼を食べた後も再入場はできる。
でも折角来たのだから他の施設を楽しんでもいいだろう。
「うーん……最後に水族館のお土産屋さんに寄れれば私はいいかな? 啓太くんは?」
「重がそれでいいなら俺も水族館はもういいかな。それなりに満足したし。それじゃあ適当にウィンドウショッピングと洒落こみますか」
「うん!」
ハンバーガーを頬張りながら満面の笑みで頷く重。
すんなりと今後の行動方針も決まったところで、味わってハンバーガーを食べる。
高級志向なだけあっていつも食べている某ハンバーガー店とは味のレベルが違う。某ハンバーガー店も美味いのだが、手作り感とでも言うのか高いだけあってこっちの方が美味く感じる。
「よし、そんじゃあ行こうか」
恙無く昼食を食べ終えて席から立ち上がる。
「まずはどこから回ろうか?」とスマホでショッピングモールの全面地図を見ていると、服の裾が引っ張られる感覚がする。
スマホから目線を外して引っ張られた方へ目線を向ければ、そこには顔を俯かせて俺の服のスソを引っ張った重がいた。
「ん? どうした重?」
「あの……その───」
何かあったのかと聞いてみるが彼女は煮え切らない返事を返すだけだ。
なんだ、どっか体に異常でも起きたのだろうか? 足くじいたとか?
そんな心配をしていると重は俯かせていた顔を勢いよく上げて俺の方を見る。
「───手……繋いでもいい?」
そうしてとんでもないお願いをカマしてきた。
「………………え?」
思わず思考が停止する。
今、重はなんて言った? 手? 手を繋いでもいいか聞いてきたのか? なんで? どうしていきなり?
頭の中に次々と疑問が沸いて出てくる。
とんでもないお願いを言ってきた当の重は顔を真っ赤にして不安げな瞳で俺を見つめてくるばかりだ。
恐らく俺の顔もリンゴのように赤くなっていることだろう。冷静に考えたら今の発言はヤバい、めちゃくちゃ萌えた。
「そ……の、一応、理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
俺の質問に重はコクリと小さく頷き口を開く。
「せ、せっかく……の、デートだから、啓太くんと手を繋いで歩きたい……です……」
重はか細く今にも消え入りそうな声で俺の質問に答える。
それを聞いて俺は更に困惑した。
え、ちょっと待って。デート? 今デートって言いましたよね? もしかして重の認識的に今日の遊びってデートだったの?
俺の認識的には全然そんなつもり…………いや待て。そもそも、男女が休日に2人で遊びに行くのってデートじゃね? あれ? 俺って今デートしてんの?
考えれば考えるほど分からなくなってきた。
自分は今ここで何をしているのか? そんな根本的な事を考えてしまう。
「ダメ……かな?」
そんな自問自答をしていると重から再び服の裾を引っ張られて返答の催促をされてしまう。
クッソ、今その反応は反則だろうよ。
そんな残念そうな子犬みたいな顔されたら断れないってんだ。
もう考えるのも面倒になってきた。
これがデートなのかそうじゃないのかなんてのはこの際どうでもいい。
結局のとこ、重がこの休日を楽しんで幸せそうにしてくれてればオールオッケーだ。
俺なんかと手を繋いで重が満足するならいくらでも手なんか繋いでやる!
半ばヤケクソでそう結論づけて、俺は明後日の方向を見て無言で重の手を掴む。
「っ!!」
「まあ、あれだ、今日は人も多いしな。ハグれたら面倒だしな、繋いだ方がいいよな」
我ながら気持ち悪い言い訳である。
だが、手を繋がれた当の本人様は大変嬉しそうな顔をしていたので気にしないことにする。
「……じゃあ行くか」
「うん!!」
そうしてその日一日、俺たちはずっと手を繋いで行動した。
ショッピングモールでも、ゲームセンターでも、戻った水族館の中でも、帰りのバスでも電車でも、別れるギリギリまで重が俺の手を話すことは無かった。
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