第18話 重愛の死ぬまでにやりたい100のこと──No.76

 その日は目覚ましよりも早く目が覚めた。


「7時か……1時間も早く目が覚めちゃったな……」


 そもそも今日は土曜、学校がない日だ。だと言うのになぜ朝の目覚ましなんかをかけているのか?

 理由は簡単である。

 今日は重と水族館に行く日だからだ。


「二度寝したら絶対寝過ごすだろうし、少し早いけど準備するか……」


 まだ眠気が残る体に喝を入れて勢いよく起き上がる。


 大きな欠伸をしながらリビングに行くと、そこには母さんと妹が朝ご飯を食べていた。家主の父さんはまだ夢の中のようだ。

 まあたまの休みなのだゆっくりと日々の疲れを癒すがいいさ。


 ソファーに勢いよく倒れ込んで適当に朝の挨拶をする。


「はよ……」


「あら、おはよう。今日は早いのね」


「まあね」


 母さんの驚いた様子の声に適当に返事して、何となく流れているテレビのニュースを見る。


 ちょうど天気予報をやっていて、お天気お姉さんが言うに今日は全国的に快晴らしい。

 確かに窓の外を見遣ればサンサンと太陽の光がリビングに入り込んでいた。


「一日中天気がいいのはラッキーだな」


「……なに? お兄ちゃん今日出かけるの?」


 ボソリと口から出た言葉に朝食を食べ終わった妹が反応してくる。

 今日も朝から部活なのか妹ちゃんは学校指定のジャージを着て、勢いよく牛乳なんかを飲んでいたりする。


「まあな」


「どこいくの?」


「水族館」


「ふーん、一人で?」


 いつもは全くこちらに興味を示してこない癖に、何故か今日に限って質問をしてくる妹。

 何か? お兄ちゃんが休日の日にお出かけするのはそんなに珍しいのか? 珍獣扱いか?


「……いや、友達と」


「女でしょ」


「は? なんで?」


 妙に鋭い発言に一瞬動揺してしまうが、直ぐに平静を装って聞き返す。


「お兄ちゃんのまともな友達って善くんぐらいしかいないじゃん。でも善くんの名前が出ないということはただの友達じゃないとみた」


「……」


 クソっ。何も言い返せない。

 確かに休日の日に誰かと出かけると言ったら、今までは善ぐらいしかいなかった。友達の少なさがここに来て裏目に出てしまった。


 お兄ちゃんだって昔はたくさん友達いたんだぞ?


「沈黙は肯定と受け取るけど?」


「なになに、なんの話し? お母さんも混ぜて!」


「ご想像にお任せしますよ」


「ふーん……」


「ねぇねぇ、だから何の話? 混ぜてってば」


 素っ気ない返答をすると妹からも素っ気ない返事が返ってくる。

 母さんは話に混ざりたがっていたがガン無視だ。すまんなママン。


「ま、どうでもいいけど。せいぜい頑張りなよ」


「なんで上から目線なの?」


 体を起こして妹の方を見ると、彼女はエナメルバッグを肩にかけてリビングから出ようとしていた。


「さあね」


 最後にそう言い残して妹は部活に行ってしまった。

 本当になんだと言うのだろうか?


「ねえねえ、結局なんの話?」


「それよりご飯は?」


 妹を見送ると横から諦めの悪い母さんの声がしてきて、雑に話を逸らす。


 すまんなママン、思春期真っ盛りの男子高校生にとって女の子と2人で出かけるという話はあまりしたくないことなんだ。

 今回は諦めてくれ。


 心の中で母に謝り、俺は出かける準備を始めた。


 ・

 ・

 ・


 土曜日の昼間というのはどこに行っても大体は人でごった返している。それが駅前ともなれば尚更だ。


 休日を返上して外回りをするサラリーマンや、キャッキャと休日を楽しんでいる学生、無数の車が行き交い、そこは雑踏としていた。


 スマホでの時計は9時47分を示す。

 俺は集合場所である駅前の謎のオブジェの前に辿り着く。まだ重は来ていないようだ。


「……そりゃそうか、まだ13分も早いもんな」


 事前に話し合った結果、今日は10時に駅前に集合となった。


 こういう時のマナーとして女の子を待たせるのはいけない、と昔どっかのネット記事で読んだのでその教えに従い早く集合場所に来てみたが……。


 そんな教えが無くてもきっと俺は早くに集合場所に辿り着いていただろう。


 今日は朝起きてからここに来るまで全く気分が落ち着かないのだ。

 例えば遠足前日の少年のような焦燥感、例えばクリスマスの日にプレゼントを持ってくるサンタが気になりすぎて眠れない少年。


 何が言いたいのかと言うと、俺は今日の水族館を相当楽しみにしているということだ。


 元々、水族館は好きだ。それこそ1ヶ月に1回、酷いときでは週1で通ってしまうぐらいには好きだ。

 けれども今日は水族館のバフだけでこんなに楽しみになっている訳では無い。


 本当にどうしたというのか、今日の俺は自分で言うのもなんだが少しおかしい。


「……」


 などと、らしくもない自己分析をしていると待ち人が現れる。

 向こうもこちらに気づいたようで小走りで近づいてきた。


「……あ」


 遠目からでもすぐにわかった。その待ち人はとにかく人目を引いていた。

 息を飲むというのを初めて実感したかもしれない。


「ご、ごめんなさい、啓太くん! ま、待った?」


「……」


 待ち人こと、重愛はオブジェの前で突っ立った俺のところまで来ると、肩で息をしながら焦った様子で聞いてくる。


 だと言うのに俺はそれにまともに返事もできず、呆然と彼女の姿に目を奪われいた。


 当然のことであるが学校の制服ではなく、初めて見る彼女の私服姿。


 胸元にフリルがあしらわれた紺のスリーブシャツに白のロングスカート、可愛らしい黒のポーチを肩にかけている。

 シンプルながらにファッションモデルかと思うほどの完成度だ。


 加えて髪型も今日は違った。

 いつもはその銀髪をおろしているが、今日は1本に纏めあげて黒のバレッタで止めていた。簡単に言えばポニーテール。しかし、俺が知っているようなただ纏めるだけのポニーテールではなく、到底理解できない編み込みが施されていた。


 そこには紛うことなき美少女が立っていた。


「あ、あの……」


 そうだ、最近一緒に居すぎて忘れていたが重は学校で1位2位を争うほどの美人であった。

 けれどまさかここまでとは想像していなかった。


 これはなんというか……綺麗すぎる。

 俺なんかが近づいていいような類のものでは無い。完全に不釣り合いだ。


 だってほら俺と同じようにオブジェの前で待ち合わせをしていた人達の視線が全て重に集中しているではないか。それだけでは飽き足らず道行く人も流し目で見ている。


 これは普通に街を歩いていたらモデルの雑誌とか芸能事務所にスカウトされるやつだよ。


「啓太くん……怒ってる?」


「うぉ! なんで泣いてるの重!?」


 絶句していると目の前の重が半泣きになっているのに気づく。


「だって啓太くん、話しかけても全然反応してくれないし……私、またなんか嫌われるようなことしちゃったのかと思って……」


「あー、ごめんごめん! そういうのじゃないから! 嫌いになってないから!」


「…………ほんと?」


「ほんとほんと!」


 まさか本人に直接「綺麗すぎて見惚れてた」なんて言えるわけが無くて、俺は必死に半泣きの重に弁明をした。


「なら、よかった……」


 なんとか誤解も解けて、俺も胸を撫で下ろす。


「本当に悪かった。ちょっとボーッとしてただけなんだよ」


「ううん。もう大丈夫だよ。それよりも待たせちゃってごめんね?」


 改めて謝ると重は頭を振って、逆に謝ってきた。


 時間を確認してみれば時刻は9時55分。まだ集合時間より5分も早かった。

 俺が早く来すぎただけの話で、別に待ったつもりは微塵もない。これに関して重は全く謝る必要はないだろう。なんとも律儀なやつだ。


「いや、俺も今来たところだから待ってないよ。それにまだ集合時間の5分前だし、全然遅刻じゃない」


「えっ、あ、ほんとだ……」


 スマホの画面を見せて重に時間を確認させると、彼女は呆然としていた。

 俺の事を見つけて時間も確認せずに焦っていたのだろう。まあ重らしいと言えばらしい。


「そういうことだ。だから頭を上げてくれ」


「う、うん」


 重は慌てて姿勢を正し、ここで俺と彼女はちゃんと顔を合わせた。

 そうして改めて挨拶をする。


「んじゃ改めておはよう、重。今日は一日よろしくな」


「は、はいっ! こちらこそよろしくお願いします!!」


「ははっ、なんで敬語なんだよ」


 何故かいつもと違う口調の重がおかしくて笑ってしまう。


「えっ……と、なんでだろ?」


 重も自分で言っておいて違和感を感じたのか、可愛らしく小首を傾げる。

 そんな仕草でも絵になってしまう彼女の破壊力は半端でない。


 まだ今日が始まったばかりだと言うのに、俺の精神力が彼女のソレに耐えられるか不安になってきた。


「……とりあえず電車乗るか」


「うん!」


 一抹の不安を抱えながら俺たちは駅のホームへと歩き始める。


 〈やりたいことNo.76 休日デート〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る