第17話 お誘い

 昼休み。

 本日も俺は屋上へと赴き、重の手作り弁当をいただいていた。


「いただきます!」


「どうぞ召し上がれ」


 重が弁当を作ってくれるようになってから1ヶ月が経過した。


 その間に重と図書室で勉強したり、中間テストがあったりと、まあそこそこ忙しかった訳だが、彼女は毎日欠かすことなく弁当を作ってきてくれて、俺はそれを毎日有難くいただいていた。


 いやもう、本当にここまで徹底して毎日弁当を作ってきてもらうと恐縮してしまうというか、申し訳ないというか、本当に俺は重の願いを叶えられているのか不安になってくるよね。


 いつも作ってきてもらってばかりでは悪いと、何かお礼でもと考えて重に「何かお礼をさせてくれ」と言っててみるのだが、彼女は「大丈夫だよ」といつも断ってくる。


 この問答の最後には必ず「私がやりたくてやってる事だから啓太くんは気にしないで!私、今とても幸せなの!」と本当に幸せそうな顔で言うのである。


 こんなことを面と向かって言われてしまえばもう俺からは何も言える状況では無くなり。結局何もできず終いになってしまう。


 重が「お礼の必要は無い」「幸せだ」と言っているのならそれでいいのはずなのだが、もうここまで来てしまうと男の勝手なプライドのようなもので、俺の方から何かしたくて我慢できなくなってきていた。


「うん、今日も美味いな」


「ほんと? なら良かった」


 中間テストも終わって、無事に赤点も回避出来た。というか、重との勉強会のお陰でいつもより成績がよかったりした。


 久しぶりにテストで良い点を取ってしまった。全教科平均70点は俺にとっては快挙も快挙なデキである。

 本当に重には感謝しかない。学年2位の実力は伊達では無い。


 ……ちなみに今回のテストの重の順位は2位。この結果に彼女はとても悔しそうであった。


 とまあ何だかんだあって中間テストは終わった。

 ココ最近、ずっと根を詰めて勉強をしていたし、ここら辺で息抜きをしたいような気がするのは気の所為ではないだろう。


 頑張った人間にはご褒美があって然るべきだ。

 とりあえず、一つの大きなイベントを終えて、しばらくは落ち着いた学校生活が送れることであろう。

 ここら辺で少し羽を伸ばしてもバチは当たらないと思うのだ。


 ということで俺は密かにこんな計画を立てていた。

 その計画というのが───


「中間テストも無事終わったな〜」


「そうだね。啓太くん、今回は順位が20位も上がってたね。凄いね!」


「それもこれも重が勉強を教えてくれたお陰だよ。本当にありがとな」


「えっ!? い、いや! 私のお陰なんてそんなことないよ! 啓太くんが頑張った結果だよ!!」


「いやいや、今回はマジで助かったよ。またテストが近くなったら教えて欲しいくらい」


「ほ、ほんとに!? また一緒に勉強してくれるのっ!?」


「もちろん。というかこっちからお願いしたいくらいだよ。いいかな?」


 ───今度の休日に重を遊びに誘い、最高のおもてなしをしようというものだった。


「っ〜〜〜…………うん!!」


 そして今俺は満面の笑みで頷く重を見て、どうやって彼女を遊びに誘おうか考えていた。


 弁当はお互い既に食べ終わっており、今はいつもの日向ぼっこ中だ。

 遊びに誘うのならばこのタイミングだと考えていたのだが、なかなか言い出せないでいる。


 理由はいくつかあった。

 如何にして重に″お礼″を匂わせずに遊びに誘えるかとか、如何にして遠慮させないように円滑に誘うかとか……そもそも女の子ってどうやって遊びに誘えばいいんだ?とか。


 とにかく色々な事が複雑に絡み合って足踏みをしていた。

 できることならばさっさと誘って、色々と計画を立てたいのだが、どうしてか喉からお誘いの言葉が出てこなかった。


 昼休みも有限だ。この、のんびりとした時間がいつまでも続く訳では無いのだ。時間が経てば経つほどにこういった類の話は言いづらくなるものだと言うのは分かっているのだが……。


「……」


 なんて、頭の中でうだうだと考え込んでいると時間はあっという間に過ぎ去っていく。


 ゆったりと青空を流れる雲を眺めながら、「今日は無理そうだな」とヘタレな事を考えていると誰かに制服の袖を引っ張られる。


 誰かなんてのは考えるまでもなく重愛だ。


「ん?」


「えと……あの……その───」


 俺は思案をやめて重の方を見る。すると彼女は何やら恥ずかしそうにモジモジとしていた。


 どうしたのだろうか?

 何か言いづらいことをこれから言うのだろうか?

 いきなりそんな反応を見せられてくると不安になってきてしまう。俺、何かしちゃいましたか?


「──もし、良かったらなんだけど──」


「お、おう」


 思わず姿勢を正して緊張してしまう。

 これから俺は彼女に何を言われてしまうのだろうか。


 そして数秒の沈黙の後、重はこう口を開いた。


「──今度の土曜日、一緒に水族館に行ってくれませんか!?」


「へ?」


 それは突然の遊びのお誘い。

 奇しくも俺が言うのを諦めかけていた言葉と内容がとても酷似していた。


「あっ! その……ね! テストも終わったし! 今度のお休みにどこか遊びに行こうと思ってたんだけど、良かったら啓太くんも一緒にどうかな……と……」


 返答のない俺に重は慌てて言葉を重ねた。


「で、でもね! 嫌だったらいいの! 休日まで私と会いたくなんてないよね……」


「行こう」


「……えっ?」


「だから、行こう水族館」


 思わぬ偶然に驚いてしまい反応が遅れてしまったが、俺は重のお誘いを一つ返事で了承する。


 というかそんな泣きそうな顔をしないでくれ。本当に驚いて反応が遅れただけで、別に重と遊びに行きたくないとかそういう訳じゃないから。

 そんな顔された逆にこっちが焦るから。


「い、いいの!?」


「もちろん」


 内心、ヒヤヒヤしていると一転して表情を輝かせる重に安堵する。


 本当はこちらか誘いたがったが、そんな男のちっぽけなプライドは捨てよう。重が幸せそうにしているのならばオールオッケーだ。


「てか、俺と重ってお互いの連絡先知らないよな?」


「えっ、あ、うん。そうだね」


「遊びに行くなら色々と連絡取らないといけないし、交換しようぜ」


「ええっ!? そ、それもいいの!!?」


 俺の何気ない提案に重は身を乗り出して興奮気味に聞いてくる。


「当たり前だろ。なんなら交換するの遅すぎたぐらいじゃないか? 知らんけど」


「はぁ〜〜〜……私、今日死んじゃうのかも……」


「連絡先ぐらいで大袈裟だな……はい、QRコード読み取って」


 オーバーなリアクションを見せる重に俺は苦笑をして、スマホ画面に某トークアプリのQRコードを映し出す。

 重はそのコードを恐る恐る自分のスマホのカメラで読み込むと友達追加が完了する。


 そんな劇薬を取り扱うように慎重な手つきで登録しなくてもいいでしょうに……。


 終始、行動が少しチグハグな重が面白くて今度は本気で笑いのツボに入ってしまう。

 口を抑えて笑いを堪える俺を重は気にした様子もなく、何がそんなに嬉しいのかスマホの画面をずっと眺めていた。


「ぶふっ…………そ、それじゃあ、もう昼休みも終わるし詳しい話はまた帰り道とかこのトークの方でしよう」


「う、うんっ!」


 昼休みの終了を告げるチャイムが鳴ったのを聞いて、本日のお昼はそこでお開きとなる。


 お互いの教室で別れるまで重はスマホの画面に釘付けであった。

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