第16話 重愛の心境 その2
その男の子はとにかく正直者だった。
「こら! 誰ですか、重さんにこんなイタズラをしたのは!?」
そのクラスの担任の女教師が不特定多数の生徒を叱る。
「「「……」」」
「なんで何も言わないんですか? 誰がやったのかと聞いているのです!!」
国語の授業中、先程まで私に″消しゴムのカスを投げる″というイタズラをしていた3人の男子生徒達は無言を貫き、他の生徒たちも女教師の質問に答える気配はない。
そこに一人の男の子が口を開いた。
「先生。犯人は亮太と拓海と総士です」
「「「なっ……!!」」」
「それは本当ですか!?」
「はい」
教師の確認にそっけなく頷く男の子。
教師に犯行をチクられた3人の男子生徒は恨めしそうに男の子を睨み、教師は男の子の発言を完全に信用していた。
男の子の一言によって他の生徒達もチラホラと発言し始める。
そして数分も経たずに3人の男子生徒のイタズラは白昼の元に晒された。
その男の子はとにかく正直者で、周りに信頼されていた。
小学3年生、転校初日の出来事だった。
小さい頃、私の両親は転勤族でとにかく色々な地域を転々としていた。その影響で私も様々な地域の学校を転々としていた。
短くて1ヶ月、最長でも半年ほどしか一つの学校には通えない。
その所為か人付き合いと言うのがとにかく苦手であり、まともな友達なんてできたことがなかった。
加えて小さい頃の私は見た目が暗くて陰気、地味でブスな所為か、転校した先々の学校で虐められることも多々あった。
でも別にそれはどうでもよかった。
私には同じ学校に通うこだわりなんてないし、虐められたところで少し我慢すればまた環境が勝手に変わっていくようなもの。何の希望も楽しみなんてのもない場所だった。
だから驚いてしまった。
初めての経験で全く状況の理解が追いつかなかった。
今まで虐められることはあっても助けられることはなかったから。
そしてあろう事かその男の子は私に話しかけてきたのだ。
「大丈夫か?」
「……えっ?」
「だからその、消しカス投げられて……」
「あ、うん……大丈夫……です」
突然のことに一瞬、自分が話しかけられている事が分からなかった。
それでも何とか声を振り絞って精一杯に答えた。
男の子は私の返事を聞くと笑って続けた。
「そうか、ならよかった! 俺の名前は潔啓太! これからよろしくな愛!」
「……えっ?」
2度目の硬直。
私は状況の理解が出来なかった。初めての事が起こりすぎていたのだ。
イジメを助けられたことは疎か、こうして面と向かって自己紹介をされたことがなかったし、両親以外に名前を呼ばれたのも初めての経験だった。
だから私は今度は何も言えなかった。
何か答えなくちゃいけないのに、何と答えればいいのか分からなくて、息が詰まって上手く言葉が出てこない。
せっかく話しかけてくれたのに、これじゃあまた嫌われてしまう。
「……愛? どうした? 本当に大丈夫か? ゆっくりいいぞ?」
そんな焦りが駆け巡るが、男の子はそう言って心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
怒るでもなく、呆れるでもなく、心配。男の子は私の言葉を待ってくれた。
「っ! ……うん、大丈夫。よろしくね潔くん」
不意に、言葉がスっと出るようになった。言いたいこともちゃんと言えた。
「啓太でいいよ! 改めてよろしくな愛!」
再び男の子が笑い、手を差し出してくる。
それを私は躊躇いながらも取り、何とか握手をすることが出来た。
そんな一連の私と男の子のやり取りを皮切りに、押し寄せる波のように他のクラスメイト達が話しかけてきた。
「私の名前は〜〜〜」「前はどこの学校にいたの?」「今まで何回転校したことあるの?」「好きな食べ物は何?」
全ては聞き取ることはできなかったがそんな感じの事を聞かれた気がする。
初めての経験だった。
初めて学校でちゃんと他の人と話すことが出来た。
初めて学校で笑った。
初めて学校でたくさんの友達ができた。
初めて────
「愛ちゃん、新しい学校はどう? 楽しく過ごせそう?」
「うん! 私、すごく学校が楽しいよママ!!」
───初めて学校が楽しかった。
・
・
・
男の子はとにかく私を気にかけてくれた。
何か学校や身の回りの事で分からないことがあれば教えてくれたし、困ったことがあれば助けてくれた。
今思えば彼は誰にでもそうだった。
とにかく自分の気持ちに正直で、間違ったことが嫌い、優しくて、努力家で、友達から信頼されていた。
私と男の子は登下校の道が一緒で、私が学校に来てからは毎日一緒に学校に行ってくれた。
遊ぶ時も基本的には彼と一緒だった。
色んな遊びをした。
全てが初めての経験でとても楽しかったのを覚えている。
一緒に近くの公園で遊んだり、学校の帰り道に親に内緒で駄菓子屋に寄り道をしたり、図書館で飽きるまで魚の図鑑を読み漁ったり、テレビゲームをやったのも彼と一緒の時が初めてだった。
とにかく男の子と出会ってからは毎日が充実していた。
早く明日にならないかと夜が恨めしかった。
気がつけば私は男の子を好きになっていた。
彼との時間がいつまでも続けばいいと思った。
けれども人生はそう上手くは行かない。
それは男の子と出会ってちょうど3ヶ月が経とうとしていた時だった。
「ごめんね愛ちゃん。また転校しなくちゃ行けなくなっちゃったの」
「…………え?」
突然の宣告だった。
今でもあの時の母の辛そうな顔は忘れない。母も私が今の学校を気に入ってたのはよく知っていた。
でも子供の時の私にはそんなこと分からなくて、その時初めて私は親に駄々をこねて反抗した。
「嫌だっ! 私転校なんてしたくない! 啓太くんとずっと一緒にいたい!!」
大号泣だった。
とにかく泣き叫んで、意味もなく両親を叩いて八つ当たりした。
私の初めての駄々こねは2時間以上続いて、体力を使い果たしてそのまま電池が切れたように寝てしまった。
気がつけば次の日で私は真っ赤に腫れた目のまま学校に行った。
男の子は「その目どうしたの!?」と驚きながらも心配してくれたけれど、私は「大丈夫だよ」と言ってその理由は話さなかった。
男の子には自分が転校をするという話をしなかった。してしまえば、自分が転校することを納得していると思ったから。
最後のお別れが来るまで私はこの話はしなかった。
男の子には最後までいつも通りでいて欲しかった。
・
・
・
一週間で私は転校の日を迎えてしまった。
男の子以外のクラスメイトはその日に私が転校することを知っていたので、当日は″お別れ会″なんてものを開いて盛大に見送ってくれた。
本当に楽しかったし、最後に最高の思い出ができて嬉しかった。
けれども私は心の底からクラスメイト達の気持ちを喜ぶことができなかった。
理由はそのお別れ会に男の子が出席していなかったからだ。そもそも彼はその日、学校に来ていなかった。
先生に理由を問いただしたところ高熱を出して寝込んでしまったらしい。
それを知らされた時、私は今までで一番後悔をした。
「どうしてこんなことになってしまったんだろう?」と大泣きしてしまった。
私はその日、男の子に自分の気持ちを伝えるつもりでいた。
あなたと出会えて良かったと、学校生活が楽しくなったと、沢山遊べで楽しかったと、今までこんな大事なことを黙っててごめんなさいと。
そして最後に「あなたの事が好きです」と。
全ての気持ちを伝えるつもりだった。
なのにその願いは最後の最後で叶わなかった。
先生に「お別れの手紙を書いてはどうだ?」と提案をされたが、この気持ちは文字なんかではなく、男の子の顔を見て直接言いたかった。
だから私はその提案を断り、最後まで男の子に気持ちを伝えぬまま転校してしまった。
高熱から快復して学校に登校してきた男の子は他のクラスメイトから私が″転校″したと聞いてどう思ったのだろうか?
どうして教えてくれなかったのかと怒っただろうか? それとも悲しんだ? 別に何も気にしていなかったら悲しいな…………いや、そんなことは無い。
彼は優しいからきっと怒ったと同時に悲しんだことだろう。
何となく男の子が泣いている姿が目に浮かぶ。
そこから私のこの内に秘めた思いが消えることは無かった。
新しい学校に行っても考えるのは男の子のことばかり。一時期、他の全ての事が手につかなくなったこともある。
それを理由に虐められたり、仲間外れにされたこともあったけど、そんなことが気にならないぐらい私の中には男の子のことしかなかった。
そして、小学校を卒業して中学生になった時、ふと思い至った。
「もう一度、男の子にあってこの気持ちを伝えよう」と。
そこからの私の行動はとても明確化された。
自分の持ち得る人脈を使って男の子の情報をかき集めて、彼が進学する高校まで特定した。
男の子と同じ学校に行けるように勉強を今まで以上に頑張った。
男の子の好みの女の子になりたくて、とにかく自分磨きを頑張った。
髪を銀色に染めると両親に言った時、猛反対されたが押し切った。
とにかく、男の子のために頑張った。
全てはこの気持ちを伝えるために。
そうして私は約6年の時を経て男の子との再会を果たすこととなった。
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