第15話 重愛の死ぬまでにやりたい100のこと──No.58 その3

 今俺は人生最大の修羅場を迎えていた。


「あ、ここはね、さっき使った公式を代入してみると面白いかもね」


「いや、あの……」


 突如、俺と重の放課後勉強会に乱入してきた譎麗奈は何食わぬ顔で俺の真横の席を陣取って勉強を教えてくれていた。


「分からない? 潔くんならできるよ! 頑張って!」


「いや、そうじゃなくて……」


「?」


 ……うん。別にね、勉強を教えてくれるのはありがたいんだよ? 俺たちの返事も聞かずに無理やりこの空間に入り込んできたことは解せないが、勉強を教えて貰えるのはありがたい。


 だってこの女、性格腹黒で終わってる癖に勉強を教えるのは滅茶苦茶上手いんだもん。

 流石は学年成績一位の才女と言ったところか、勉強に関しては文句の付けようがなかった。


 だが、それ以外は論外だった。

 というのも……


「譎さん、なんか近くない?」


「え? そうかな? これくらい普通じゃない?」


 この女、とにかく距離が近い。


「……」


 どれくらいの距離感かと聞かれれば俺の肩と譎の肩が軽く触れ合う……というかもうピッタリくっ付くくらい近い。

 どれだけ俺が身を遠ざけても譎は追いかけるようにくっついてくる。


 もうね、この女マジでやばい。

 性格の悪さがにじみ出てるよ。計算し尽くされてるよ。これで落ちない男はいないよ。こんなことされたら嫌でも意識しちまうよ。


 シャンプー? リンス? 香水? の所為か分からないが女の子特有のなんかいい匂いするし、ピッタリとくっついている体が柔らか過ぎてやばい。

 こいつの本性を知らなかったらイチコロだったよ!


「いや、普通じゃないから。ホントにちょっと離れて。これはシャレにならん」


「えー、いいじゃん別にー。私は全然気にしないよ?」


「俺が気にするの。マジで勘弁して……」


 グイグイと積極的にボディタッチをしてくる譎に、俺の精神はもうズタボロであった。


 あと、目の前で静かにこっちを見てくる重さんが怖い。


「……」


 恐る恐る彼女の方を見遣れば、それはもう人を殺さんばかりの殺意がその瞳には篭っていた。


 何が凄いって表情は別に普通なんだよ。ニコニコと楽しそうに微笑んで普通に見えるんだが、目のハイライトが完全に機能を停止していた。

 この殺意が全て譎に向いているものだと分かっていても、あの瞳と目が会った瞬間に生きた心地がしなくなる。


「そこまで言うならしょうがないか……。潔くんにはちょっと刺激が強すぎたかもね?」


「は、ははは……」


 やっと譎のボディタッチから開放されて一息つく。

 これで少しは場が落ち着くかと思われたが、この腹黒女の勢いは止まらない。


「あれぇ? 重さん、手が止まってるみたいだけど大丈夫ぅ? 分からないところがあるんなら教えてあげようか? のこの私が」


「……」


 今まで委員長モードから一転、嘲笑するような譎の声色。

 そんな妙にムカつく態度に、今まで微塵も動くことのなかった重の表情がピクリと動く。


「いい。貴方みたいな人から教わることは何一つない。というか今すぐ消えてくれない?」


「えー、酷いなー。そんな事言わないで仲間に入れてよー。

 それに私から勉強教えてもらえば今度は勝てるかもよ? 毎回2位の?」


 売り言葉に買い言葉。辛辣な重の返答に対して譎は更に煽るような発言をする。

 もうこの2人バチバチだ。

 犬猿の仲、水と油……とにかく近づけてはいけない。


 というか、重ってそんなに頭良かったのか?

 毎回テストで2位って相当凄くないか?


 初耳な情報に感心していると突然、重は席を立ち上がる。


「お、おい、重? 落ち着け? 毎回2位だって凄いじゃないか!?」


 ついに我慢の限界が来て実力行使に出ようとしたのかと思った俺は席を立ち上がり重を宥める。


「……え?」


 しかし、それは俺の完全な勘違いであり。席を立ち上がった重はどういう訳かまだ空いている俺の左隣の席へと座る。


「……???」


「へぇ……そう来るんだ……」


 右隣の譎から何やらボソボソ聞こえてくるが、今はそんな事どうでもいい。

 それよりも今はなぜ重が突然俺の隣に移動してきたのかだ。


 とりあえず俺は席に座り直して重に質問してみる。


「えーと、どうした重? なんか分からないところあったか?」


「ううん。今のところは大丈夫だよ」


「じゃあなんでいきなり……?」


「ただ───」


 何か勉強で分からないところがあったのかと思ったが宛が外れて、頭を悩ませていると重から追撃が来る。


「───啓太くんの隣にいたかったから来たの」


「っ………」


 拗ねたように「プクー」と頬を膨らませた重の一言に俺は何も言えなくなる。


 破壊力は抜群だ。

 もうなんというか、語彙力が死滅するくらいでヤバい。右隣の譎の存在などどうでも良くなるぐらい、今の一言にグッと来てしまった。


「……ふう」


 一つ深呼吸をして落ち着く。


 なんかもう今の一言で譎のこととかどうでもよく思えてきた。

 というか今まで奴の過度なボディタッチなんかでドギマギしてたら自分が恥ずかしい。


「じゃ、あと30分ぐらいしたら帰るか」


「うん。そうだね」


 俺と重は手短に今日の切り上げ時を決めてふたたび勉強を再開する。


「へ? いや、私はガン無視?」


 右隣から呆気に取られたような気の抜けた声が聞こえてきたが無視する。

 今は勉強に集中だ。


「あっ、潔くん! そこの問題間違ってるよ! そこはね───」


 それでも譎は諦めず、ボディタッチを絡めて俺の回答の間違いに指摘をしてくる。

 今度は先程よりもベッタリとしたものだ。なんならもう腕にしがみついて来ている。


「うん。教えてくれるのはありがたいけど離れてね? これじゃあ勉強できないよね?」


「え、あ……ごめんなさい……」


 だが、俺はもうそんなものに惑わされたりはしない。

 というか、普通に考えてペンを持っている腕にしがみつかれたら勉強できないだろうが。


「……」


 今の俺の反応で完全に戦意が喪失したのか、譎はそれ以降普通に勉強を教えてくれた。

 そうして完全下校時刻の18時になるまで俺たちは勉強をして、「図書室を閉め切る」との施錠係の先生の登場で図書室を後にした。


「それじゃあまたね潔くん」


「お、おう。じゃあな譎」


 校門前にて、いつもより窶れた譎は覇気なく別れを告げると帰り道とは逆の方向へと歩き出す。


 てっきり帰りも着いてくると思っていたが、まさかここでアイツの方から撤退してくれるとは思わなかった。

 相当俺たちの塩対応が効いたと見える。


「……じゃあ帰るか」


「うんっ!」


 譎が離脱した途端に重の方は急に元気になる。

 本当に嫌いなのね……まあ俺もだけど。


 少し譎に同情しつつも俺達はいつも通りに下校した。


 こうして俺たちは譎の撃退に成功した。

 願わくばこれ以上あの女が絡んでこないことを切に願う。

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