第14話 重愛の死ぬまでにやりたい100のこと──No.58 その2
窓から吹き込む風でハタハタとカーテンが揺らぐ。その揺らぎからできた隙間をすり抜ける夕陽がイヤに眩しい。
光に反射して宙を舞っている埃がチカチカと光る。妙な重苦しさと陰湿さがその空間には充満しているが、その怠さが逆に心地よく感じられる。
圧迫するように聳え立つ本棚と、その棚にギュウギュウ詰めに揃えられた本たち。
普通はいるはずの図書委員は何故か受付に在中しておらず、そこは無遠慮に開け放たれていた。
紙とインクの匂いは意外と好きだった。
偶の気まぐれで訪れることはあるが、誰かとここに来るのは初めてだったかもしれない。
既に本日の授業日程は全て終了しており、生徒たちは思い思いの放課後を享受していることであろう。
「だ、誰もいないけど使っても大丈夫なのかな?」
「まあ、空いてるし大丈夫じゃないか? 勉強するだけだし問題は無いだろ」
俺達もそうである。
放課後、俺と重は図書室に訪れていた。
理由は至極簡単、中間テストの勉強をするためである。
いつも通りの昼食後の日向ぼっこ。そこで重の「一緒に勉強しない?」との提案。
彼女から詳しく話を聞いてみれば何でも″お願いノート″にこんな感じの願い事が書いてあるそうな。
〈やりたいことNo.58 放課後お勉強デート〉
最近、全く彼女の願いを叶えられているか半信半疑だった俺はこの提案を一つ返事で賛成し、現在へと至る。
「席はここでいいか」
「うん」
適当な窓際の席を陣取り、向かいあって座る。
「よし! それじゃあまずどの教科から攻めるか」
今日は比較的主要と言える教科の教科書は全てカバンの中に揃っていた。その為、不自由なく勉強に取り掛かることが出来そうだ。
「そうだね……とりあえずまだ時間もあるし得意な教科より、苦手な教科から勉強するのはどうかな? 苦手意識を先に潰しておいた方がいいかも?」
「なるほど、たしかにな。重はどの教科が得意でどの教科が苦手なんだ?」
腕を組んで真面目に考え込む重に頷いて俺は質問をする。
「得意なのは数学と英語だよ。苦手なのは現国と社会系……かな。啓太くんはどっちも得意だったよね?」
「お、おう。逆に俺の方は数学と英語が駄目だ」
「ふふっ、ならお互いな不得手な教科はカバーし合えるね」
「だな。じゃあお互いに苦手な教科をやりつつ、分からないところが出てきたら質問する感じにしようか」
「うん」
段取りをつけて俺は数学、重は社会の勉強を始める。
シレッと重が俺の苦手教科を把握していることにツッコミを入れたかったが、ここで騒いでいたら勉強ができなくなってしまう。
聞かなかったことにしよう。うん、そうしよう。
勉強が始まってしまえば後は流れに身を任せるだけだ。
すぐに集中が切れて無駄話をする訳でもなく、俺と重は互いに目の前の問題に夢中であった。
その空間を支配するのはノートの上をスラスラと滑るペンの子気味よい音と、外のグラウンドから聞こえてくる運動部の元気な掛け声。
まだ復習の内容も序盤ということもあり、特に変な問題で躓くことも無く。お互いに質問し合うことも無く順調に問題を解き進めていく。
集中すると時間が過ぎるのは早い。
テレビが何かで聞きかじった話だが、人間の集中力は15分辺りが限界らしい。
どんな理屈だったかは忘れてしまったが、意外と勉強とかを始めてみると意外と1時間や2時間が経っていたことはざらにある。
あの話は本当だったのか、疑わしく思えてくる。
とまあ、そんなこんなで気がつけば俺たちも1時間ほど集中して勉強をしていた。
「……」
ふと、時計に目を向けてみれば時刻は16時20分。
いい区切りだと思い、俺は一度ペンを置いて大きく伸びをする。
重の方はまだ問題を解いている最中なのか真剣に問題集とにらめっこ中だ。
背筋を伸ばし、体をほぐしたところで勉強を再開するでもなく。なんとなく、勉強をする重を見る。
不自然なまでに自然な銀色の長髪は、夕陽に照らされて綺麗に反射して美しかった。無意識に行っているであろう耳元の髪をかき上げる仕草は妙に絵になる。
いつもとはまた違った、知的な雰囲気の重はとても新鮮に映った。
つくづく、どうしてこんな美少女が自分の事を好いてくれているのか分からなかった。俺よりいい男なんて探せばゴロゴロ出てくるはずなのにどうして俺なのだろうか?
「……」
なんてこと、考えたところで答えは出ないし、別に出なくてもいいと結論づける。
理由はどうあれ彼女は俺の命の恩人であることには変わりはない。俺は全力で重愛という女の子を幸せにするだけなのだ。
重は相当集中しているのかこちらの視線に全く気づく気配はない。
もう少し目の前の女の子に目を奪われていても良いのではなかろうかと思ってしまうが、直ぐにそんな考えを拭いさる。
「ふう……」
一息ついて再びペンを手に取り、「さて勉強を再会しようか」と意気込もうとしたところでガラガラと扉の開く音がした。
咄嗟に視線を音のした方に向ける。
今まで不在だった図書委員が戻ってきたのか、はたまたこの部活生以外が残っているには中途半端な時間帯に本を借りに来た生徒でもいるのか────
「あっ! ここにいたー」
「げっ…………」
───答えはそのどちらでも無く。悪魔の登場であった。
図書室に姿を表したのは一人の女子生徒であった。
その生徒はこちらを見つけると、ニコニコと人あたりの良さそうな笑顔を貼り付けてこちらに近寄ってくる。
その瞬間、今まで勉強に集中していた重も場の異常事態に気づいて顔を上げる。
そうして状況を理解した次に彼女がとった態度は、こちらに近寄ってくる女子生徒へのあからさまな敵意。
今までの穏やかな表情は見る影もなく、ただ一人の生徒を睨みつけるばかり。
対して女子生徒は重愛の敵意剥き出しの視線を微塵も気にせずこちらまでたどり着いてしまった。
女子生徒は俺だけにその異様に完璧な笑顔を向けてくる。
それは、もともとこの教室には俺とその女子生徒しかおらず、重愛を阻害するかのような態度。
「こんなところで勉強してるなんて偉いね、潔くん」
「あ、あはは……もうすぐテストだしな……」
全く違和感なく話しかけてきた女子生徒―――譎麗奈に対して、俺は苦笑いで返事をするしかない。
どうしてこいつがこのタイミングで現れる?
思わずそんな絶望の声が漏れ出そうになるが既所で押しとどまる。
今までの穏やかな空気から一転、図書室は魔境と化してしまう。何とかしてこの悪魔を撃退しなければいけなくなる。
妙案は全く思いつかないがとりあえず俺は至極真っ当な疑問を譎に投げかける。
「そ、それよりも譎は図書室に何の用だったんだ?見ての通り在中してるはずの図書委員はいなし本を借りに来たのなら残念だったな」
まさかこの悪魔がなんの用事もなしにこんなところに現れるはずがない。まずはこの悪魔の目的を知ろう。
「あぁ、それなら大丈夫だよ。私は別に本を借りに来たわけじゃないから――――」
「……は? それなら何のために―――」
意味の分からない譎の言葉に困惑した表情を見セルと、彼女はとても楽しそうにほほ笑んだ。
そんなこの学校の男子生徒全員が「かわいい」と言うであろう笑顔を目の前にして、俺は背筋が凍るような嫌な感覚を覚える。
ダメだ。この先の言葉聞いちゃいけないやつだ。すぐに目の前の女の口をふさがなければ―――――。
本能でわかっていても行動に移すことは叶わない。金縛りにあったような錯覚さえ覚えてしまう。
「—――だって、ここに来たのは潔くんに会うためだもん」
頬を赤らめて、気恥ずかしそうに譎麗奈はそう言った。
世の男子諸君は可愛い女の子にこんなことを言われれば一発で好きになってしまことだろう。
しかしどうしてか、俺にはこの女の言葉が死刑宣告のように思えてしまえた。
「勉強してるんだよね? なら私も一緒にしてもいいかな? 潔くんに勉強教えてあげる!」
さらに裁判官は死刑執行の猶予を根こそぎ削り取ってきやがった。
「どうしてそうなる?」と頭の中は状況の目まぐるしい変化にもうショート寸前である。もう何も考えずにここから逃げ出したい。
神様といううのは残酷だ。
なぜこうも人間に苦難をお与えになられるのか……。
なにが言いたいかというと、
「おうちかえりたい……」
その一言に尽きた。
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