第13話 重愛の死ぬまでにやりたい100のこと──No.58 その1

 授業の終わりを告げるチャイム。号令が終わると俺は直ぐに席から立ち上がる。


「今日もカノジョのとこか?」


 早足で教室から出ようとすると後ろから声をかけられる。声のした方へ振り向けば、善がニヤニヤと腹の立つ表情を浮かべていた。


「茶化すのはやめろよ、善。そんなんじゃないって何回も言ってるだろ」


「えぇ〜、そうなのかぁ? それにしては随分と仲良さげじゃないか。毎日、あのカサネアイに手作り弁当作ってもらってそれを屋上で一緒に食べるって……それで付き合ってないってどういうこと?」


「こっちにも色々と事情があるんだよ……」


 何回目かの問答に飽き飽きしてしまう。

 まあこういう反応が出てきてしまうのは予想していたが、予想以上にこいつは変な勘ぐりをしてくる。


 屋上で重と一緒に弁当を食べるようになってから今日で1週間が経とうとしていた。その間、俺と重の仲は特に変わったことは無く。重の願い事も特にそれ以来叶えてはいない。


 変わったことがあるとすれば、毎度昼休みに善からこうして茶化されるのと質問をされるようになったことだろうか。

 これがしつこくて仕方がない。


「事情ねぇ〜……2年の間でお前ら結構噂になってるぜ?」


「どんな?」


「あの『孤独姫』と地味な男が屋上でお昼を一緒に食べてる。って」


「あ、そう」


「反応薄いな〜」


 俺の素っ気ない反応に善はつまらなさそうに頬杖をつく。


 別にそんな噂が立ったところで驚くことなんてない。なんならそんなことは予想していたことだ。

 こちとら学校でかなり人気のある女子生徒と昼飯を食ってる自覚は十二分に持っている。だから驚くことは無い。


「知らぬが仏って諺があるだろ?」


「気にしてるのは周りだけで、当の本人たちは噂なんてどうでもいいと?」


「そういうこと」


 適当な言葉で善を躱し、教室を後にする。

 背後から善の「そんなもんかねぇ〜」と納得のいっていない声が聞こえてきた。


 しかし実際のところ、そんなもんである。周りの目など気にしていたら思う存分に重に恩返しなどできるはずがない。

 恥などとっくの前にどこかに捨ててきてしまった。


 吹っ切れた人間というのはどんな事でもやれてしまうのだ。

 最近はそんなことをヒシヒシと身に感じていた。


 ・

 ・

 ・


「いただきます」


「ど、どうぞ召し上がれ」


 心地よい風が吹き抜ける屋上。

 善との会話の後、俺は直ぐに屋上へと向かい。こうして重と隣合って適当なベンチに座り、重のお手製弁当に手を合わせていた。


 本日も見事としか言いようのない出来栄えの弁当だ。

 弁当箱にはこれでもかと俺の好物が敷き詰められており、「なんで重は俺の好みをこんなに熟知しているんだ?」と疑問に思ってしまうほどである。


「どう……かな?」


 俺がピーマンの肉詰めをパクリと口に入れると同時に、重が心配そうに俺の表情を覗き込んでくる。


 決まって重は俺が最初の一口を食べるとこうして感想を聞いてくる。

 弁当の見た目からしても不味いわけがないというのに、本当に心配性だ。


「うん、今日もうまい! ありがとな、重!」


「っ〜〜〜〜!!」


 だからと言って俺が彼女を邪険にする理由は無い。

 寧ろ、弁当を作ってきてもらってる身なのだから味の感想を言うのは当然の義務である。


「特にこのピーマンの肉詰めと玉子焼きが美味い。やっぱり玉子焼きは甘いやつだよな。よくわかっていらしゃる」


「啓太くんが甘いのが好きなのはずっと前からってたから…………えへへっ、喜んでもらえてよかった」


 嬉しそうに重は微笑むと、手を合わせて自分の弁当を食べ始めた。


 暫し、無言の時間が続く。

 その空間にある音は微かに聞こえてくる昼休みの喧騒と、弁当を食べる音だけ。

 それは重苦しく気まづいものではなく、ゆったりとした穏やかな時間である。


 無我夢中で弁当を食べ終わると、重が魔法瓶で持ってきていた暖かいほうじ茶をカップに入れて手渡してくれる。


 このタイミングが絶妙なのである。

 ホッと一息、何か飲み物を飲もうかなと思った瞬間にはもう重がカップを持ってスタンバっているのである。

 おもてなしスキルが半端ではない。


 本当に傍から見ればどっちがどっちのお願いを叶えているのか分からない。

 この一週間「本当にこんなことでいいのか?」と何度も重に確認を取ってみたが、彼女はこれがいいと嬉しそうな顔で言うのだから俺からはもう何も言えない。


 せめて俺に出来ることはこうしてされるがままに重にもてなされることだ。


「ふぅ〜、今日も本当に美味かった。ご馳走様」


「ふふっ、お粗末さまでした」


 程よく暖かいほうじ茶を一気に飲み干して、重に弁当のお礼を言う。

 最初は表情が固かった彼女も最近ではこうして笑顔が増えてきた。


「……」


 こうして弁当を作ってもらって、一緒に食べることには慣れてきたが、この彼女の不意の笑顔には未だに慣れない。

 至近距離の別嬪さんの笑顔とは、凡人には刺激が強すぎるのである。


 咄嗟に、視線を重から青く澄渡る空に変えて心の平静を保とうとする。


 基本的に弁当を食べ終わったあとは直ぐに「解散」という訳ではなく。こうしてチャイムが鳴るまでのんびりと日向ぼっこをしていたりする。


 会話はそれほど多い訳では無い。

 俺と重は別にどちらかがお喋りと言うわけでもなく。気になったり、思いついたりしたことを口に出して適当に会話をしていく感じだ。


 だからと言って気まづい訳では無い。

 俺はこの何でもない時間を気に入っていた。


 しばらく天を仰いで心の平静を取り戻しつつあるところに、今日は珍しく重の方からこんな話題を振ってきた。


「そういえば、もうすぐ中間テストだね」


 それは5月の中旬に迫った一学期の中間テストのことであった。


「ん? そういえばそうだな。重は勉強してるか?」


「あんまり……かな? 今は勉強よりも楽しいことがいっぱいあるから……」


「まあ遊び盛りの高校生だしなあ〜。勉強なんてしてる暇ないよな」


「ふふっ、そうだね」


 なんて他愛のない会話をしながら、俺は嫌なことを思い出して無意識にため息を吐く。


「はあ……テストめんどくせぇなぁ……」


「啓太くんはテスト嫌いなの?」


「いや、好き嫌いの話というかそもそも───」


 この世にテストが好きな学生はどれほどいるのだろうか?


 常日頃から勉学に身を入れている学徒ならば、努力の成果が現れる場であり、楽しみにすることもあるだろう。


 しかし、こちとら「遊び」だ「恋」だと様々な誘惑にうつつを抜かす一般的な男子高校生である。テストとは悪の象徴であり、面倒極まりないイベントである。


「成績自体はそこまで悪くないよね? 全教科平均点ぐらいで赤点もないし」


「……なんで俺のテストの成績を知ってるの? しかも間違ってないし……」


 シレッと過去の俺のテストの成績を思い返す重に言い表せぬ感情を抱きながらも肯定する。


 別にそこそこ努力すれば平均的な成績をとる事はできる。

 しかし、いまいちモチベーションが上がらないのだ。


 傾向と対策を練って、テスト一週間前になれば集中的な勉強期間に入る。頑張って勉強したかと思えば結果は別に普通。良くも無ければ悪くもない。

 この報われない感じがなんとなく嫌だった。


 そんな過去の努力の数々を思い返していると重が気まづそうに口を開く。


「その……もし、良かったらなんだけど───」


「……ん?」


 彼女はモゴモゴと俯きながら可愛らしく手遊びをして放った言葉は、


「───放課後、図書室で一緒に勉強…………しない?」


 お勉強会のお誘いであった。

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