第12話 重愛の死ぬまでにやりたい100のこと──No.15

 本日も快晴。

 春のポカポカ陽気も終わりを告げて、本格的な暑さに向けて太陽も本気を出してきた今日この頃。俺は一人で屋上に来ていた。


 別に世の中の理不尽を嘆き、反抗したくなってグレた訳では無い。問題はありつつも今の生活にはそこそこ満足しているし、今も男子高校生的にはとても胸踊るイベントの前であった。


 昼休み。屋上は比較的に静かであるが、その少し下からガヤガヤとした生徒たちの喧騒が聞こえてくる。


「……まだ来てないか」


 辺りを見渡して先客がいない事を確認、適当な場所に腰掛けて待ち人を待つ。

 なぜ俺が昼休みなのに昼飯も持たずに1人寂しく屋上に来ているのか。理由は至極簡単であった。


 なんとも呆気なくXデー死ぬ日を回避出来た俺は、ゴリ押しであったが重の願い事(100個)を叶えることになった。

 そして今回のこの屋上と重の願い事には強い関係があった。


 重愛曰く、


「屋上で私の手作りのお弁当を食べて貰うのが夢だったの!!」


 とのことだった。


 願い事を聞いておいて、一体どんな無理難題が飛んでくるのかと身構えていたが、意外や意外とても可愛らしいお願いが飛んできたでは無いか。

 こんな簡単なことならば直ぐにでも叶えてあげることが出来る。


 ということで本日、俺は重と一緒に屋上で弁当を食うことになった。


 因みに重のお願いノートにこのお願いはこう命名されていた。


 〈やりたいことNo.15 手作り愛妻弁当を振る舞う〉


 ″愛妻″の部分は何を言っているのかよく分からなかったが。まあ今は気にせず重が来るのを待とう。


 特に意味もなくボーっと空を眺めていると直ぐに待ち人の気配がする。

 駆け足でタッタッと階段を上がる音。勢いよく明け放れた扉からその女子生徒は洗われた。


「お、お待たせ! 啓太くん!」


「よっ」


 ふわりと舞う綺麗な銀髪。息遣いは少し荒く、忙しなく肩で呼吸をしている。両手には2つの巾着袋が大事に抱えられており、その女子生徒は焦っている様子だった。


「ま、待たせちゃってごめんなさい!」


「気にすんな、俺もついさっき来たばかりだから」


「う、うん」


 屋上に現れたのは言うまでもなく重愛。

 俺は屋上に入ってきてからずっと扉の前で突っ立ている重を手招きする。

 重はおずおずと緊張した面持ちで俺の近くまで来ると、ちょこんと俺の隣に腰を下ろした。


「てか、逆に悪いな弁当作ってきてもらって」


「う、ううん。気にしないで」


「本当にこんなことで良かったのか? もっと他にお願いごとあっただろ……これじゃあどっちがお願いごと聞いてもらってるのかよく分からん」


「こ、これでよかったの! 本当にこれが小さい頃からの夢だったんだ!」


「そ、そうか」


 俺の疑問に重は食い気味で首を縦に振る。


 まあ本人が納得しているのならば俺からはもう何も言うことは無い。こっち的にも役得だし、素直にこれから舌鼓できるであろう弁当を楽しもうではないか。


 と、呑気な事を考えていると重が緊張した面持ちで俺の方を見てくる。


「それでその……えっと……これ、よ、よかったらどうぞっ!!」


「お、おう……」


 そうして差し出された青い巾着袋。その巾着袋には確かな膨らみがあり、弁当が入っているのは一目瞭然だ。

 それを受け取り、俺も緊張した面持ちで巾着袋から弁当箱を取り出す。


 コンテナボックスを思わせる1段弁当箱。手にはずっしりと重みがあり、深さも結構あって食べ盛りな男子高校生には嬉しい量が入るタイプの弁当箱だ。


 弁当を開けてみれば思わず簡単の声が漏れ出た。


「おお……!」


「お、お口に合うか分からないけどよかったら食べて! 美味しくなかったら残しても全然いいから!!」


 卵焼きにたこさんウィンナー、唐揚げにマカロニサラダとそこには俺の大好物が盛り沢山であった。彩りも忘れず控えめに盛られたレタスやミニトマトがこれまたいいアクセントになっている。

 そこには誰もが思い描く弁当があった。


「これ食っていいのか!?」


「う、うん。どうぞ召し上がれ」


「うぉお! なんか悪いな! それじゃあいただきます!!」


 両手を合わせてこの世のすべての食材に感謝する。


 正直、女の子の手作り弁当を食べるのなんて人生初の経験だし、食べるだけなのに何故か緊張していた訳だがこんな美味そうな弁当を目の前にしたらなんかもう全部どうでも良くなってきた。


 俺は衝動に突き動かされるままに弁当を食べる。


 まずは唐揚げだ。

 弁当のおかずの王様と言っても過言ではないほど、俺の大好きなおかずだ。


「むぐ……!!」


 食べた瞬間に口の中で旨みが爆発する。濃い醤油味で生姜とニンニクがほのかに効いていてとても美味しい。揚げたてのカリッとした衣の食感も好きだが、このしっとりとした衣の感じも俺は好きだ。


 思わず、続けざまに白米をかき込む。絶品の唐揚げと白米、この組み合わせが合わないはずがない!


 次に卵焼きだ。

 これもまたお弁当の定番メニューだ。人によって好みが別れる奥深い品の一つだ。


「……っ!!」


 口の中にふんわりと広がる出汁と、しっとりとした卵の食感。これは堪らない。しかも俺の好みの甘めの味付けだ。ご飯のおかずにはなり得ないが、この甘さが俺はとても好きなのだ。


 他のおかずもすごく美味しい。安定感抜群のウィンナーとマカロニサラダに、箸休めには嬉しいレタスにミニトマト。死角が無さすぎる。


「ど、どう……かな?」


 恐る恐る聞いてくる重に俺は一言だけ言った。


「この弁当は完璧だ」


「っ! ほ、ほんとう!?」


 身を乗り出して聞いて重に1つ頷いて俺は再び弁当に集中する。


「〜〜〜〜ッ!!」


 しばらくの間、屋上に弁当を食べる音だけが響く。何故か重は自分の弁当を食べずに、嬉し恥ずかしそうに顔を手で覆って笑っているようだった。


 のんびりとしていたら昼休みが終わるぞ? と忠告しようと思ったがなんだか本人に声をかけるのが忍びないくらい嬉しそうだったし、俺も弁当に集中したかったのでそのままま放置することにした。


 気がつけば俺は重の弁当を全て完食して、満足した面持ちで空を見上げていた。


「ふぅ……」


 こんなに満足感のある昼食は久しぶりだ。学食の飯も上手いが、こんな弁当を食べてしまったらもう学食には戻れない。

 なんだか今日一だけの弁当だったとかんがえるともう少し味わえばよかったと後悔してきた。


「ご馳走様。弁当、すごく美味かった!!」


「そ、それはよかった……です」


「……大丈夫か、重? なんか顔赤いぞ。熱でもあるのか?」


「っ!! だ、大丈夫! 大丈夫だから……」


 心配になって顔を除きみようとするが直ぐに顔を逸らされてしまう。

 まあ本人が大丈夫というならそれでいいが……。


「いや〜、それにしても本当に美味かったわ。これじゃあ本当にどっちがお願いごと聞いてもらってるか分からないな」


「そ、そんな! 私も啓太くんに食べてもらえて嬉しかった……」


「こんな美味い弁当なら毎日でも食いたいぐらいだな!」


「………え?」


「あっ……」


 話を持ち直したところで自然に口からポロッと出てしまった自分の言葉に後悔する。


 こんな弁当を催促するような発言はダメだ。元々、この弁当は重の願い事を叶えるという名目でありつけているだけで、俺は図々しく弁当を催促していい立場ではない。これでは本当にどっちがお願いを聞いてもらっているのか分からなくなってしまう。線引きはしっかりとしなければ。


 心の中で自分の今の発言を猛省していると重が聞いてくる。


「そ、それってほんとう?」


「えっ!? いや、その〜……今のはなんと言うか、本当だけど。気にしないで欲しいと言うか、聞き流して欲しいと言うか……」


「け、啓太くんは毎日私のお弁当食べてくれるの!?」


「食べてくれるの? っていうか、むしろこっちからお願いしたいくらいというか………いやいや! 今のナシ! やっぱ忘れてくれ。さすがに毎日は申し訳ない」


 なんだか良くない方向性に話が向かっていくのを感じて、俺はキッパリと重に言い切る。

 しかし、重はそれで止まることは無かった。


「私の事なんてどうでもいいの! 啓太くんは私のお弁当を毎日食べてくれるの!!?」


「な、なんでそんな必死なの?」


「いいから答えて!!」


 ダメだと気づいた時には既に手遅れだったらしい。この様子ではどんなに答えを濁そうが重は俺がしっかりと答えるまで逃がしてくれないだろう。どうしてこうなった?


 ……まあ、正直に言って重の弁当を毎日食べられるというのはとても魅力的な話であった。何せ、めちゃくちゃ美味いりょうりが食べられるというのはとても嬉しいもんだ。

 しかし、重の好意に甘えてしまってもいいものだろうか? 彼女の負担になってしまわないだろうか? 


 恩返しをするはずが、重に負担をかけてしまっては本末転倒だ。考え無しに答えを出してはいけない。いけないとわかってはいるのだが───


「啓太くん…………!!」


 この必死に訴えかけてかけてくるような重の顔を見てしまうと、何故か「NO」と答えることができない。


「……毎日食べたいです」


「っ……! やった!!」


 だからか、結局は根負けしてしまい。甘えた答えを出してしまった。


 この日を境に俺は毎日、重に手作り弁当を作って来てもらうことになった。


 これで本当に良かったのか? 考えは不完全燃焼のままだったが、とりあえず重が嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねているのを見て、もうなんかどうでもよくなった。

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