第11話 お願いノート
気がつけば放課後である。
体育の授業の後は消化試合と言うか、ほとんどの生徒が昼の睡魔にやられてまともに授業なんてのは受けていない。
個人的な見解かもしれないがきっとそのはずだ。どんな勤勉な生徒でも、運動後・食事・午後のポカポカ陽気・現文の授業と来れば快眠間違いなしだろう。数え役満だ……麻雀のルールはよく知らんがな。
とまあそんなこんなで気がつけば放課後な訳で、今俺は重と一緒に下校をしていた。
「啓太くんと一緒に帰れるなんて……これは夢……!?」
「……」
昨日は一歩出遅れて重に「一緒に帰ろう」とお誘いできなかったが、今日は何とかそれに成功した。ホームルームが終わって直ぐに、下駄箱にダッシュして待ち伏せした甲斐があった。
因みに教室を出ようとしたら譎に声をかけられた気がするが、本当に気のせいであってほしい。今日も執拗いぐらいに絡まれそうになって、逃げるのが面倒だった。放課後まで絡まれてはたまったものでは無い。
この放課後という時間は重とコミュニケーションを取る為にとても大事な時間だ。それを譎ごときに蝕まれる訳にはいかんのだ。
「ど、どうかしたの啓太くん? 考え事?」
「え? ああ、いや、別に大したことじゃない」
本日の譎の行動を思い返してゲッソリしていると重が俺の顔をのぞき込むように心配してくる。
思い返しただけで顔色を心配されてしまうとは相当なトラウマになっているらしい。即刻、この記憶は忘れ去ろう。
それはさておき、本題だ。
再三言うが俺は重の事を残念ながらこれっぽっちも知らない。何せ今日まで重の人気具合や有名なあだ名まで知らなかったのだ。そんなことでは恩返しなどできるはずがない。
恥ずかしい話。今まで俺は譎にしか興味が無さすぎたのかもしれない。本当に外の情報は極力省いて、全神経を譎に関すること全てに集約させすぎていた。思えば、とてつもないぞっこんぶりだ。我ながら狂っていると思う。
だから俺は重愛という女の子を知る必要がある。空いた時間、隙間を埋めるためには徹底的な行動あるのみだ。だから俺は重に積極的に関わることを決めた。
そうして人を知るために最も大事で最短なことはその人とたくさんの会話をすることに限る。あれが好き、これが嫌いと裏でリサーチをして趣味嗜好を探るのも一つの手だが、それは少し遠回りで時間がかかりすぎてしまう。そんなまどろっこしい事をするのならば最初から聞いてしまえばいい。
幸いな事にも今の俺にはそれが容易にできる。ならばこれをやらない手は無い。
「重って運動得意なんだな」
「え? そ、そうかな?」
「ああ。今日の体育、何となく女子のバレーを見てて思ったんだけど、重は他の人よりも動きになんかキレがあった。経験者とか?」
「け、経験者とか、そうのでは無いよ。普通に素人だよ〜」
俺の言葉に照れたように重は答える。
会話に於いて重要なのはとにかく相手の興味・関心・関係のあることを話の内容に織り交ぜることだ。そうすれば会話を振られた相手は返答に困りにくいし、自分に関係のあることならば話しやすい。
うむ。我ながら無難な話題を振れて、会話を無難に始めることが出来た。
相手からの反応が悪くなければこの話題方向で会話の風呂敷を広げていけばいい。
「いやいや、あの動きは素人の一言では片付けならないだろ。アタックのフォームも完璧だったし……もしかして重って運動得意?」
「えへへ……ほ、褒めても何にも出ないよ? 運動は嫌いじゃないかな?」
「ほう。それじゃあ好きなスポーツは?」
「り、陸上……とか?」
授業の話から趣味嗜好の話。我ながら完璧な話題の転換だ。
それにしても好きなスポーツが陸上とは大雑把だし、渋いな。だが、これは俺にとって僥倖だ。なぜなら───
「陸上か。無難に球技あたりを予想してたけど意外だな」
「へ、変かな?」
「いや、そんなことないよ。俺も陸上好きだし。何を隠そう俺、中学までは陸上部だったしな」
そう、俺は中学時代に陸上部に所属しており、それはもう陸上一筋の走ることしか脳の無い馬鹿だった。
「は、走高跳だよね?」
「おう……ってなんだ知ってたのか」
「う、うん」
俺の疑問に重は気まづそうに答える。
はて? 重は俺が元陸上部というのは何処で知ったのだろうか?
俺が元陸上部だと言うことを知っている人間はこの高校には片手で足りるぐらいの人しかいないし。高校に入ってから陸上は完全に辞めたし、たまたま何処かでこの話を聞いたのか、それとも中学時代の俺を知っているのか。……後者は考えにくいし、恐らく何処かで小耳に挟んだのだろうか?
まあ今はそんなことなど特に気にすることでもない。知ってるなら知ってるで会話を広げるだけである。
「そっか。それにしても陸上か……もしかして陸上部?」
「う、ううん。私はずっと帰宅部だよ」
「そうなのか? 勿体ないなぁ。重は背も高いし、そんだけ動けるならどんな部活でも引っ張りだこだと思うけど」
「ぶ、部活はいいかな。それよりもやりたいことあるし」
「お! なんか趣味でもあるのか?」
意味深な重の発言に俺は質問をした。
重は恥ずかしそうに顔を俯かせると、消え入りそうな声で言った。
「しゅ、趣味というか……啓太くんのことというか……」
「っ!!」
重の発言に一瞬、思考が固まる。
やばい不覚にもドキリと胸がときめいてしまった。
そういえばこの女の子、俺の事が好きだったのだ。恩返しのことばかりが先行しすぎてすっかり忘れていた……というか頭から抜け落ちていた。
一気に場の雰囲気が変になってきた。なんだか甘ったるくて、ラブコメな波動をひしひしと感じ始めてきた。
これではいけない! 早急に話題の方向転換をしなければ!!
停止していた思考に喝を入れて、何かいい案はないかと考える。
この際、無難な言葉なんてのは無理でも良い。脈絡がなくて少しおかしかろうがこの空気を払拭できる鶴の一声を絞り出すんだ!
───そうして俺は一つの質問を絞り出した。
「そ、そうだ! 重はさ、なんか困ってることとか、やりたいことみたいなのはないか!?」
「え……? やりたいこと?」
「そう! やりたいこと!!」
その質問とは重愛の願い事を聞き出すことであった。
重愛に恩を返すのならば、彼女の望み・願い事を叶える。それが一番良いと俺は考えていた。
本当ならば重愛の趣味嗜好を知り、もっと交流を深め、信頼を勝ち取ってから聞き出そうと思っていたことであるが、この際しょうがない。不自然感は半端ないが勢いで聞いてしまおう。
「ど、どうしていきなり……?」
だが、やはり重も混乱しているとはいえ俺の質問にかなり疑問を抱いている。当然といえば当然だ、いきなり誰かがこんな事を聞いてくれば不審にも思ってしまうだろう。
だが、俺には一応の大義名分があった。
「い、いきなりなもんか! 昨日の事でやっぱり俺の気持ち的に、謝るだけじゃ気が済まないし、何かお礼がしたいんだよ!」
そう。俺は昨日、重に譎玲奈の驚異から助けて貰っている。無理やりすぎる気もするが、恩返しをする条件は揃っている。結局俺はロクなお礼も言わずに逃げ出して、本日彼女に謝罪をした訳だが、こう言えば彼女も断りずらいだろう。
だが、それでも重は躊躇ったように足を止めてしまう。
「で、でも、ちゃんと謝ってもらったし……お礼なんて……」
「……重は俺なんかにお礼をされると迷惑か?」
確かに無理やりな論理だし、急な話で困らせたかもしれないがもう言ってしまったモノは引っ込められない。ここまで来たら泣き落としでもなんでいいから何か重の願いを聞き出すしかない!!
「っ……! そ、そんなことない!!」
「それじゃあ重のやりたいことはなんだ?」
「そ、それは……」
上手く重の同情を誘うことに成功した。卑怯とは言うまいね。こっちも必死なんだ。
言葉を詰まらせて、重は少し考えたように黙り込んでしまう。そうして1分が経過しようとしたところで口を開く。
「ほ、本当になんでもいいの?」
「ああ、なんでもばっちこい!!」
「そ、それじゃあこれっ!!」
控えめな様子の重から勢いよく一つのノートを手渡される。
よくあるA4サイズのノートだ。そのノートの表紙には、
〈重愛の啓太くんと死ぬまでにやりたい100のこと〉
と、綺麗な字でこう書かれていた。
「…………ん?」
思わずノートの題名を直視して固まってしまう。何だこのノート?
「こ、このノートに私のやりたいことが書いてあります!!」
顔を真っ赤にしてそう言い放った重を1度見て、再びノートに視線を戻す。
「やりたいことはないか?」と聞いて、返事が返って来たまでは良かったが、まさか100個もやりたいことがあるとは思っていなかった。
だが、男に二言は無い。1度出したモノは引っ込められない。ならば全部叶えて野郎じゃないか。
「ま、任しておけ……俺が全部叶えてやる」
「………!!」
こうして俺は自分が死ぬはずだった日に、重愛の願いを聞き届けることになる。
俺の「叶えてやる」と言った言葉を、とても嬉しそうな顔で頷き返した重の、あの可愛らしい表情を俺は二度と忘れ無いだろう。
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