第10話 譎玲奈の心境

 おかしい。


 少女の疑問は尽きなかった。


 おかしすぎる!


 それもそのはずだった。後もう少しで少女の思惑は成就するはずだった。

 けれどもどんな運命のイタズラか、イレギュラーが起きた。


「どうしてこのタイミングでっ……!」


 少女は思わず歯ぎしりをして悔しがる。

 とても普段の少女からは考えられない言動、行動。


 どこからどう見ても譎玲奈はご機嫌ななめだった。


 譎玲奈にとってこれは初めての経験だった。

 落としかけていた男が終盤の終わりも終わり、1番楽しい局面で自分への興味を失い、素っ気なくなったのだ。


 玲奈は焦りに焦った。

「どうして?」という疑問はあったが、その答えを導き出すよりもまずは状況の修正が急務であった。


 慣れないことをした。

 普段は鬱陶しいくらい話しかけてくる男に、わざわざ自分から話しかけに行って、あまつさえ自分から下校のお誘いをして、自分から話題を広げて盛り上げて、相手の機嫌を取って、とにかく疲れて面倒な事を沢山した。

 全てはそんな労力も気にならないぐらいの快楽の為に。


 でもここまでしても男は玲奈に微塵も靡く気配はなかった。

 以前ならば一瞬で篭絡できたはずが、男は人が変わったかのように玲奈への興味が無くなっていた。それどころか恐怖すら覚えていたのだ。


 それを見て玲奈は更にわからなくなった。


「一体何があった?」


 と、男に問いただしたくて仕方がなかった。


 ハッキリ言って玲奈のやっていることは人間としてどうしようもなくクズなことだった。倫理的、道徳的に見て彼女の心はとても歪んでいた。


 自分に気がある男と仲良くなり、「自分に好意があるのでは?」とその気にさせて、その勘違いがピークになった瞬間に男の気持ちをズタズタに引裂く。

 玲奈が用いた手段はその時々によって様々であったがとにかく惨いものであった。


 とある男子はいじめの対象となった、とある男子は不登校になった、とある男子は女性恐怖症になった、とある男子は全治2ヶ月の怪我を負い他校へ転校となった。

 とにかく譎玲奈を好きになった男子は尽く不幸になった。


 今回の男も手段は分からずとも、玲奈にその気持ちを踏みにじられるはずだった。

 しかし、状況は一変してしまった。


 そもそも、どうして譎玲奈はこんな人道に反する極悪非道な事をするようになったのか?

 全ての原因は彼女の家庭環境にあった。


 弁護士の父に、元医師の母。彼女の両親はとても聡明であり、完璧主義者で、とても厳しい人であった。

 玲奈は幼い頃から自由とは程遠い、厳しい英才教育を受けて育ってきた。


「人の上に立つ人になれ」「完璧な人間になりなさい」「欠陥は許さない」


 そんな無慈悲な言葉が彼女の周りには常に飛び回っていた。


 そんな両親の押しつけな期待に玲奈は一生懸命答えてた。

 勉強やスポーツは常に1番、多くの習い事も手を抜かず、たくさんの人に好かれるように努力した。

 全ては両親の為に。


 しかしある時、彼女の糸は切れてしまった。


 何もかもがバカバカしくなって、どうでもよくなって、何かをグチャグチャにぶち壊したい気分になってしまった。


 だから玲奈はその時、たまたまあった人の恋心を壊すことにした。

 自分を好いてくれていた男子の気持ちを完膚なきまでにひねり潰した。


 あの時の絶望した男子の顔を玲奈は今でも忘れられなかった。

「カッコイイ」と女子から評判の良かった顔を恐怖の色に染めて、情けなく泣け叫び、嗚咽するその男子の姿に玲奈は身に覚えのない快楽を覚えた。


 そこから玲奈の歪んだ快楽の消費が始まった。

 幸いと言うべきかこの消費は表にバレることはなかった。とにかく彼女は立ち回りが上手だったのだ。


 そうして今回も1人の男の心を踏みにじるところまで来ていたのに、それが急に無くなってしまった。今まで1度も失敗しなかった計画が失敗しようとしていた。


「っ…………!!」


 本当に初めての経験だった。侮辱されたような気分だった。ここに来てお預けは我慢できなかった。


 いつの間にか玲奈の中には一つの強い拘りがあった。


「狙った獲物は逃がさい」


 だからその男を取り逃がすという選択肢は彼女の中には微塵もなかった。


 だから玲奈は行動に出た。慣れないことをした。必ずあの男の絶望する顔を見てやると心に決めた。


 昨日から玲奈の頭の中はその事で頭が一杯だった。男の事を常に考えて、様々な計画の算段を立てていた。


 玲奈がここまで1人の男に執着したのも初めてであった。それは一種の歪んだ恋心なのかもしれない。

 だが、そんなこと当の本人は気づくはずもない。


 なぜなら、少女は恋というものがよくわかっていなかったから。

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