第7話 譎玲奈と楽しい(?)帰り道
どうしてこうなった?
普段では絶対に起こりえないイベントがなんで急に発生なんかしちゃってるんだろうか?
「ふしぎたなぁ」
「なにが不思議なの?」
「……いや、こっちの話……」
時刻は午後4時40分。
学校を出たのが20分前で、いつの間にか俺は1時間近く教室で思案に耽っていたらしい。そうして今は最寄り駅の方まで
本当にどうしてこうなった……。
再三、頭の中でこの状況の説明を誰かに求める。
都会の駅周辺と言うのはだいたい賑わっている。
学校帰りの学生や、仕事帰りのサラリーマンはもちろんのこと、これから夜の街に飲みに行く人や、そんな夜の街で働く綺麗な格好をした女の人、意味もなく公園にたむろする大学生などなど……ここはたくさんの人で賑わう。
この喧騒の絶えない雑多な感じを、苦手だと思う人もいれば、好きだと言う人もいるだろう。
俺は意外とこういう光景が嫌いじゃない。なんだか色々な人の人生を垣間見ている気がして楽しいと思わないだろうか。……思わないか。
まあそんはノスタルジックな感慨などどうでもいい。
俺が今考えなければいけないことは目下、どうやって譎玲奈から逃げるかと言うこと。ただそれだけだ。
どうしていつもはこちらから誘っても断られる放課後デートが、現在進行形で実現しているのだろうか。……いや訂正、これはデートなんかじゃない。ただの何気ない下校だ。
しかも、いつもは俺が一方的に話すだけで愛想笑いしかしない譎が積極的に俺に話を振ってくるではないか。これは本当にどういうことだ? この異様な積極性はなんなんだ?
「でさー、烈斗なんて言ったと思う?
お前みたいなガサツな女には出きっこないってバカにするの」
「あはは、赤城もバッサリと言い切るなぁ〜」
今も至ってどうでもいい他愛のない会話を譎が繰り広げている訳だが、俺は話に全く集中できずにいた。
とにかく逃げたい。1人になりたい。帰りたい。……いや、絶賛下校中だけれども。そんな細かいことはいい。とにかく今の譎に違和感しか感じない。
変に誘いを断ったら不審がられると思って、なんとかここまで我慢してきたがそろそろ我慢の限界だ。素直にこの状況を今の俺は喜べなしい。普段通りの譎がどんな感じだったかももうわからなくなってしまった。
頃合いだ。ここいらで譎との楽しい楽しい帰り道もお開きにしよう。
「本当にひどいよ。私、家事全般は基本的に得意なんだからっ」
「別に赤城は本当にそう思って言ったわけじゃないと思うよ。ただ譎をからかいたかっただけじゃないかな?」
「だとしても心外だよ」
もちろん策はある。
考えなしで、いきなり会話をぶった切って「はいさよなら」とするわけがない。この今いる場所を利用するのだ。
なにも俺は無意味にこの駅周辺に来たわけではない。そもそもこっちの方向は俺の帰り道のルートには含まれておらず、遠回りだ。なら何故こんなところにわざわざ来たのか? 答えは単純、こっちの方向は譎の帰り道なのだ。
俺は徒歩で学校に通える距離だが、譎は電車通学だ。つまり俺は譎に付き合ってここまで来たことになる。ならこのまま譎にはお帰りいただこう。
適当な会話をしながら自然な流れで駅の方へと進んでいく。あと一つ信号を超えれば駅の中に入って改札はすぐそこだ。改札で譎を見送れば、ようやくこの生き地獄から解放される。
そう安堵した瞬間だった。
「あ、そうだ潔くん、まだ時間ある?」
「えっ……」
「少し寄り道していかない?」
少し照れながらそう言い放った譎の言葉は地獄の延長宣言だった。
一昔前……いや、昨日の俺ならばこの言葉に舞い上がっていたのは言うまでもない。しかし今は違う。この女に付き合えば俺はいずれ破滅を迎えてしまう。なんとしてでもこのイベントは回避しなくてはならない。
「えーっと……」
たいしてデキのよくない脳をフル回転させて言葉を探す。不自然ではない、不審がられない、最良の選択肢を模索する。
譎は確実に俺がこの誘いに乗ると確信しているはずだ。それを裏切る形になるのだから、適当すぎる言い訳ではダメだ。
どう返答するか悩んでいると譎から追い打ちが来る。
「ダメ……かな? 私、まだ潔くんと一緒にいたいな……」
「っ……!」
しょんぼりと落ち込んだ表情からの上目遣い。これで落ちない男はいないだろう。現に俺も彼女の破壊力の高すぎる上目遣いに屈して首を縦に振りそうになっていしまった。
本当に今日の譎はどうしたといううのか、こんなにデレデレな彼女なんて初めて見る。
言葉に詰まり、返答の間が長くなればなるほど自分の首を絞めるだけだ。早く何か答えなければ、何か言い訳をしてこの場から撤退しなければ……!
「あっ……その……」
しかし焦れば焦るほど言葉は出なくなって、思考が白紙に戻っていく。
もう逃げようがない。そう諦めかけた時だった。
一人の少女が俺と譎の間に無遠慮に割り込んできた。
長く、キラキラと夕日に照らされる麗美な銀髪。人工的な色合いでありながらその髪色はとても自然で、不自然さを全く感じさせない。
この髪色を、その少女を俺は知っている。
「重……!?」
無意識に彼女の名前を呼ぶ。
重はちらりと俺の方を見て微笑むと、すぐに譎の方に向き直る。彼女の視線は汚物を見るような冷たいものだった。
「きゅ、急になに? というかあなたは……」
「……」
譎は突然のことに困惑する。それに対して重はとても冷静だ。
疑問は尽きない。どうして重がここにいるのか、どうしてこんな行動に出ているのか全く分からなかった。
これではまるで困っている俺を見つけて助けに来てくれたようではないか。
「啓太くんから離れて……」
「だから突然なに? あなた何なのよ?」
脈絡のない重の言葉に譎は少なからずの怒りを覚えているようだったが、それを表に出すことなく冷静に質問をする。
「あなたには関係ない。とにかく消えて、啓太くんが困ってる」
「なっ、何よそれ、潔くんがいつ困ってたって言うのよ?」
「……わからないの? さっきから啓太くん、ずっと困ったような顔してる」
「っ……!!」
呆れたと言わんばかりの重の大きなため息。その煽るような仕草に譎はついに我慢の限界が来てしまう。
「なんでそんなことがあなたにわかるわけ? 意味わかんないんだけど、潔くんの気持ちなんて本人に聞いてみないとわからないでしょ?」
「わざわざ確認なんかしなくても、私は啓太くんのことならなんでもわかる」
「なにそれ。てか、普通に怖いんだけど」
正に一触即発だった。二人の口論は見る見るうちに激しくなっていく。
次第に周りからの視線も集め始める。それもそのはずだった、二人の美人が一人の男を囲んでの口論。傍から見ればそれはただの修羅場でしかない。奇異の視線が集中して、軽くギャラリーができ始めてきた。
まずい。この状況は非常にまずい。
助けてくれた重には大変申し訳ないが、状況は悪化していくばかりだ。何とかして二人を宥めなければ……。
「ま、まあまあ二人ともそんなに興奮しないで……ほら、周りのこともあるからさ……」
ありきたりな思考に至り、俺はありきたりな言葉を投げかけた。すると今まで口論していたお二人さんは口論を止めて、一斉に俺の方を見てくる。
美女に同時に視線を向けられる。それは一種の男の夢のようなシチュエーションではあったが、どうしてか俺は素直に喜べず、なんなら寒気まで感じた。
「えっ……どっ、どうかした?」
「「啓太くん(潔くん)はどっちの味方なの!!」」
「えっ……いや、それは~……」
重と譎、二人同時に凄まれて俺は情けなくも狼狽えてしまう。
どっちの味方かと聞かれれば、俺は重の味方をするだろう。重の言う通り俺は困っていたのだから。だが、ここでそれを正直に話すことは今の俺にはできない。
なぜかって?
よく考えてみてほしい。だいたいこういう「どっちを選ぶの!?」的な質問に正直に答えて碌な目にあった男がいただろうか? 短い人生経験だが、俺は知らない。
それに状況もよく加味してほしい。周りからは修羅場だ何だと変なギャラリーができている。こんな状況でどちらか片方をバッサリと切り捨てたら俺が人でなしのような扱いを受けかねない。
この状況で俺に求められているのは、どちらかに加担するのではなく。どちらの意見も尊重して、この騒ぎを収めることだ。
「……」
いや、普通に考えて難易度が高すぎる。彼女いない歴=年齢の男子高校生に求めすぎな問題である。なんだか泣きたくなってきた、おうち帰りたい……。
それでも運命の神様というのは残酷だ。この無理難題な問題に答えを出せと強要してくるのだから。
「啓太くん……!!」
「潔くん!」
「その~……」
もうダメだ、さすがにこれ以上は誤魔化しきれない。わかっていたことだが、この状況を丸く収めるなんてこと俺には最初から無理だったんだ。
そんな時だった。
制服の胸ポケットからけたたましく鳴り響くスマホの着信音。
「……っ!!」
捨てる神あれば拾う神あり。完全に詰んだと絶望していると俺に希望の光が降り注ぐ。
異様に鳴り響く着信音。俺たちの空間に無の時間が訪れる。興奮していた2人も明らかに驚いている。
この絶好の機会を逃す訳にはいかない!!
「ご、ごめん。ちょ〜っと電話でるな」
有無を言わさずスマホを取り出す。着信が誰なのか確認する必要は無い。どんな相手から電話が来ようと今は大歓迎だ。
例え、あの馬鹿だとしても……。
「もしもし」
『あっ! お兄ちゃん、今どこ?』
「本当にありがとう、ユメちゃん……」
電話に出ると聞こえてきたのは最近小生意気になってきた我が妹であった。
「は? 何いきなり、キモイんだけど……てか、まだ外なら帰りに牛乳買ってきてってお母さんからの伝言」
「オーケーマイシスター。直ぐに買って帰還する」
「別に急ぎじゃないから焦んなくていいよ。寄り道するならついでに───」
俺は妹の言葉を最後まで聞かずに電話を切る。
我、大義を得たり!
場の空気は完全に変わった。
今や、先程の口論に答えを求める人間はいない。全て今の電話のおかげで有耶無耶になった。
「ごめん! 急用ができたから今日はこの辺で! 二人も気をつけて帰ってね!!」
「「……え?」」
「じゃっ」と軽く手を挙げて俺は元の帰宅ルートへと走り出す。
普通に考えてゴミみたいな行動をしている自覚はある。だが今は泥を被ってでもこの状況から逃げ出したかった。
だから俺は二人の美女を置いてきぼりにする。
周りからも「こいつ正気か?」みたいな目線を向けられるが知ったことか!お前ら当事者じゃないからって面白がりやがって。常識的に考えて他人のいざこざを傍観するとか俺以上にクズだぞ!
言葉にはしないが、内心でメタ糞に周りのギャラリーを罵倒して俺は颯爽と走り去る。
そうして俺は逃げる事に成功した。
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