第4話 楽しく昼食を食べよう!
午前の授業が全て終わり、昼休みとなった。
チャイムと同時に授業を終える号令をかけて、生徒たちは一目散に解散する。
昼休みは長いようで短い。この一時のオアシスを充実したものにするならば、予め予定を立てて素早く行動するのは常識だ。
「啓太〜、俺達も学食行こうぜ」
「おう」
前の席の善が立ち上がるのを見て俺も立ち上がる。
基本的に俺は昼食を学食で済ませる。時たま弁当だったり、コンビニの菓子パンだったりするが基本は学食だ。これに大した理由はなく。本当に気分で決めていた。
善と同じクラスになってからは学食の比率が高くなった。因みに善は持参の弁当に加えて学食で定食を頼むという二刀流だ。
体育会系め、食いすぎだろ。
騒がしい喧騒に包まれた廊下を抜けて、1階にある学食に到着する。
無数の券売機に長蛇の列をなす生徒や、いち早く学食に到着して既にベストポジションな席を確保している生徒、毎日美味しいご飯を作ってくれるオバチャンたちの騒がしい声、そして鼻腔をくすぐる謎のいい匂い。
雑多な空間だが、この雰囲気が俺はとても好きだった。
「今日はいつにも増して人が多くね?」
「あれだろ、今日はカツカレーの日だ」
「ああ、今日はカツカレーか! なら納得だ!」
いつもより人でごった返す学食に善は疑問を抱くが直ぐに納得した。
今日は俺が刺殺される前日の月曜日。学食の月曜日はいつも沢山の生徒で賑わう。
理由はたった一つ。毎週月曜日限定のカツカレーが学食のメニューに載る日だからだ。
カツカレーと聞いて首を傾げたそこの諸君。たかがカツカレーと思うなかれ!
この県立蘭木高等学校の学食で出されるカツカレーはテレビでも取材されるぐらい有名な絶品カツカレーなのだ。
週初めということもありやる気が出ず、憂鬱になりがちな月曜日にせめてお昼だけでも楽しみを提供しようと、蘭木高校の食堂運営陣が奮起し生まれたカツカレー。
毎朝、大量の肉や野菜で煮込んだスープと数種類のスパイスを調合して作られるカレーに、肉厚なトンカツを載せることで完成される完璧な一皿なのだ。
1度食べれば病みつきになる。その一皿に魅了されて、本日もたくさんの生徒で学食は賑わっている。
「なら今日はカツカレー一択だな。啓太はどうすんだ?」
「俺もカツカレーだな。月曜にカレー以外を食う選択肢がない」
「だよな」
愚問だと言わんばかりに俺と善は意味もなく不敵に笑い合う。
近くにいた女生徒に奇異の目で見られてしまうが気にしない。だって今日はカツカレーだ、不敵な笑みの一つや二つ出ちまうもんだ。
俺達も長蛇の列を作っている券売機に並ぶ。
人が多くてなかなか順番が回ってこないのではないかと思ってしまうが、意外にも回転率はいい。謎の連携プレーとでも言うべきか、暗黙の了解で券売機の前で無駄な時間を使う生徒は誰一人としていないのだ。
月曜日ともなればその連携力はさらに増す。この券売機に並んでいる生徒の殆どがカツカレー目当てなのだ。いつもの2倍の速さで列が進んでいく。
あと数分もしないうちに自分の番が回ってくるだろうと思っていると、ふと遠くから視線を感じる。
ねっとりと纒わり付くような熱い視線だ。
この視線の正体を俺はよく知っている。
この一年間ずっと感じてきた視線だ。他の人間ならば気づかないくらいの距離にいても俺の索敵範囲から逃れることはできないぜ!!
「……すまん、善。金渡すから俺の食券も買っといてくれ。少し用事を思い出した」
「なんだ、便所か?」
「まあそんなところだ。安心しろ、席は確保しといてやる。頼めるか?」
「いいぜぇ〜」
俺の頼み事を快く了承してくれた善にお礼を言って金を渡す。そして俺はそそくさと視線のする方向へと向かった。
「───っ!!」
「む……」
俺が移動を開始すると、視線の距離も同時に離れていく。近づけば離れる。まさに一進一退と言った感じだ。
ふむ。どうやら奴さんは俺との接触を避けているようだ。あんなにガン見して構ってくださいオーラ全開のクセに、いざ構ってあげようとしたら恥ずかしがるとは……可愛いところがあるじゃないか。
「だが、この俺から逃げ切れるとおもうなよ?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべて歩く方向を変える。
とりあえず奴さんは俺と一定の距離を取っている。ならばやりようなどいくらでもある。
一見、不規則に見える足取りで適当に学食内を歩き回る。注意するべき点は学食の出口を俺が必ず背負う形で歩くこと。そんでもって適当に歩く。あとは周りの人混みが奴さんを捕まえてくれる。
「っ!? ───っ! ───っ!!」
「ふっ……」
ほらかかった。俺から距離を保とうとしていた奴さんが、案の定人混みに捕まった。ここまで来れば締めだ。その人混みの方へと向かうだけだ。
直ぐに目的の人混みにたどり着く。そこは様々な飲料メーカーの自動販売機が並んでいるコーナー。昼食のお供である飲み物を買おうとする生徒でごった返している。明らかに目的が定まっている生徒しかいないはずの場所に1人だけ、困ったように辺りを見渡す挙動不審な女子生徒が居る。
俺はその生徒に声をかけた。
「なんで逃げるんだよ、重? もしかして俺のこと嫌い?」
「っ!? あ、ああ! 啓太くん! ど、どうしたの!?」
俺に視線を送っていた生徒の正体は言わずもがな重愛。
重は俺の質問に素っ頓狂な返事を返す。
「どうしたの?って、それはこっちの質問だ。どうしたんだ? 遠くからずっと俺の方見てたけど、何か用でもあったんじゃないのか?」
用があるのならば是非言って欲しい。頼って欲しい。俺は重にものすんごい恩が有るんだ。どんな内容のことでも最善を尽くすと約束しよう。
「えぇっ!! き、気づいてたの!?」
「うん。もうバッチリと」
「あわわわわ……!」
俺の肯定に重は顔をみるみるうちに真っ赤にさせて狼狽える。
……なんだこの可愛い生き物は?
「話しがあるなら全然聞くぞ。というか学食にいるって事は重も飯食いに来たんだよな? なら一緒に飯でもどうだ?」
「えぇっ!!? い、一緒に食べてもいいの!?」
「いいの?って……俺から誘ってるんだからいいに決まってるだろ。変な奴が1人いるけど、そこは我慢してくれ。まあ悪いやつじゃないからそんな怯える必要も無い」
「……変な奴って小鳥遊くんのこと?」
「ん? おお、そうそう。善のこと知ってたのか」
「う、うん。啓太くんに関わることなら全部知ってるから……」
「そっか。んで、どうする?」
なんとも特殊な答えが重から返って来た気がするが、俺は気にすることなくもう一度お昼をどうするか聞いてみる。
「あっ…………そ、その……もし啓太くんが迷惑じゃなければ、一緒に食べても……いい?」
「……俺から誘ってるんだから迷惑なわけないだろ。じゃあ、行こうぜ。食券は……もう買ってる見たいだし、ちゃっちゃと飯取ってきて席も取ろう」
上目遣いで聞いてくる重に一瞬狼狽えてしまうが、直ぐに持ち直して俺は歩き出す。
重が買っていた食券はカツカレーで、難なくカツカレーを受け取った重と適当な席に座って善を待つ。
2つのカツカレーを持って俺を見つけ出した善は、その横に重がいるのを見て大変驚いていた。
善は直ぐにでもこの状況の説明をしてほしそうな顔をしていたが、重に気を使ってかいつも通りの調子で普通に昼食を取る事になった。
ほう、超が付くほどの馬鹿でも人に気を使うことが出来るのか。と、その昼休みは善に関心していたがそれを本人に伝えることは無かった。
とにかく、俺は重愛と楽しくお昼を食べた。
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