第3話 ハンケチーフの行方

 色々とあったが、重が泣き止んでから何とか一緒に学校に登校してきた。

 重がなかなか泣き止まず、周りにギャラリー集め始めた辺りからどうなるかと心配していたが、どうにか学校にたどり着けた。


「それじゃあ、またな重」


「う、うん! またね、啓太くん!」


 不思議と変なぎこちなさも無く、他愛のない会話をしながら教室がある廊下まで来て重と別れる。俺と重のクラスは別々だ。

 俺がD組で重がB組、教室は2階にあって重の方が先に自分の教室に到着する。


「あっ……そう言えば借りてたハンカチ……洗って返すね!」


「あー……そのハンカチ、重にやるよ」


「えっ、いいの?」


「うん。お近ずきの印というか……まあとにかくやるよ」


 本当に貰っていいのか、と困惑してる重に適当な理由を付けてハンカチを渡す。

 別にハンカチの一つや二つあげたって問題ない。このハンカチは特別なハンカチだ。それは重に持っていて欲しい。そう思った。


「っ〜〜〜……ありがとう、啓太くん!」


 重はまじまじと俺があげると言ったハンカチを見ると、とても嬉しそうな瞳で俺にお礼を言う。

 ハンカチ一つでこんなに喜んで貰えるとは思わなかった。


 あげて良かった。

 さらば俺のハンケチーフ。お前も俺みたいなむさい奴より、可愛い女の子が持ち主の方が嬉しいだろう。


 少しの名残惜しさを覚えながら俺は重に軽く挨拶をして自分の教室へと向かう。

 後ろを軽く見遣れば「ありがとう!」と言って重が俺を見送ってくれる。


 そんなに一生懸命に手を振らなくてもいいだろうに……肩とか脱臼しちゃうよ?

 重を見てそんな変な心配をしながら今度こそ教室へと向かった。時間的にはギリギリ、あと数分でホームルームが始まろうかと言った時間帯だった。


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「ふぅ……ほんとにギリギリセーフだったな……」


 教室につくとほとんどのクラスメイトが教室にいた。

 担任の教師はまだ来ていないので、ホームルームには何とか間に合うことが出来た。


 額の汗を軽く拭って自分の席へと向かう。

 教室の窓側、1番後ろの席が俺の席、所謂、当たり席と言われる位置だ。


 クラスメイトに軽く挨拶をしながら席へたどり着くと、俺の前の席に座っていた奴が椅子を傾けて俺の方を向く。


 そいつはまだ春で肌寒いと言うのにブレザーは羽織っておらず、長袖のワイシャツに腕まくりをしたスタイル。それどころか暑いと言わんばかりに持参した団扇で自身を仰いでいる。


 位で立ちはいかにも部活一筋な運動野郎。短髪な茶黒の髪に鋭い目付きは鷹を思わせる。体も鍛えているおかげかガッシリとしており、女子ウケが良さそうだ。この見た目に顔もいいから腹立たしい。まさに見た目だけでは完璧なスポーツイケメン野郎だ。


 だが安心したまへ。天は二物を与えず、とよく言うだろう。

 見た目や運動能力にステータスを全振りしたこの男は超が付くほどの馬鹿だ。


「おーう、おはよう啓太。今日は重役出勤ですな」


「おはよう、善。重役出勤って……まだチャイムなってないからセーフだろ」


「いやいや、普段のお前からしたら重役出勤だよ。なんだ、寝坊でもしたのか?」


 声をかけてきた人物は俺の前の席の男子生徒、小鳥遊善タカナシゼン。中学からの付き合いの友人だ。因むと部活は柔道部。ゴリゴリの体育会系だ。


「別にいつも通りに起きて、いつ通りに登校してきたつもりだよ」


「おいおい、嘘は良くありませんなぁ〜。啓太くん」


 善の適当な予想を否定すると、腹の立つ笑顔が返ってきた。

 なんだその笑顔、ぶん殴るぞ。いや、拳の喧嘩をしたら俺が負けるのなんて目に見えてるからやらんが。


「なんだよ。別に俺は嘘なんて───」


「どういう風の吹き回しだ?

 お前がカサネアイと一緒に登校してくるなんてよ」


「……上から見てたのか?」


 俺の言葉を遮って善は態とらしく聞いてくる。

 俺たちの教室から学校の入口である外の校門が見ることが出来る。登校時間ギリギリともなれば急いで登校してくる生徒はそれなりに目立って、それなりな時間に登校してきた俺達も目立っていたのだろう。


「そりゃもうバッチリと。いつもは完全無視なのに本当にどうしたんだよ。もしかしてお気にの委員長は諦めて鞍替えか?」


「あー……」


 なんとも男子高校生らしい反応だ。それにどう反応するべきか俺は考える。


 客観的に見れば今の俺は善のように思われてもおかしくない。

 それぐらい俺は譎玲奈にゾッコンだった。それを考えれば確かに鞍替えと言えば鞍替えかもしれない。


 だが実際のところは全く違うわけで、しかも本当の事を喋ったところで信じてもらえる内容でないのは明らかだ。

 さて、どう誤魔化したもんか。


「流石の誠実君主さまも、あの狂気なまでのアプローチには耐え兼ねて折れちまったか?」


「そんなんじゃないけど……」


「ないけど?」


「───」


 上手い言葉が見つからない。

 クソっ。超が付くほど馬鹿な善に口で負けるなんて屈辱的だ。何としても誤魔化さなければ。


「……死んだと思ったら生き返った。って話ししたら、善は信じるか?」


「……は? アニメかなんかの話しか? それなんて異世界?」


 いい返しが思いつかなかったので本当のことを話してみる。が、善から返ってきたのは至極真っ当な反応だ。


 そのタイミングでチャイムが鳴り、担任の教師が教室に入ってくる。


「はーい、席に着いてね〜」


 間延びした声で今までお喋りに花を咲かせていた生徒たちが蜘蛛の子を散らすように自分の席へと着席する。


「さて、どうだかな? ほれ、前向け前。楽しいホームルームの始まりだぞ」


 ザワザワとした喧騒に乗じて俺は無理やりこの話に終止符を打つ。


 善は煮え切らない表情で俺に一睨み効かせてくるが、直ぐに姿勢を正して前を向く。

 この男、超が付くほどの馬鹿であると同時に超が付くほど真面目な奴なのだ。

 先生が来れば無駄口の一つも叩こうとしない。


 うむ。真面目なのは美徳な事だ。

 俺はお前のそういうのとろは好きだぞ。見てくれがいいのと、スポーツ万能で女子にモテモテなのは嫌いだがなッ!


 なんて、アホな念を目の前のスポーツバカに送りながらホームルームが始まる。


 今日も楽しい楽しい学校の始まりだ。

 本当は来るはずがなかった日常。そして重によって教授できていた日常。


 俺を支えてくれている皆々様に感謝の心を忘れずに本日も頑張ろう。

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