一杯のざるそば(68点)

 この物語は、今から5年ほど前の真冬の日、函館にある、そば屋での出来事。


 夜も更け最後の客が店を出たところで、大将は暖簾を下げに表に出ようとした。


 するとそこへ、入口の戸がガラガラガラと力なく開き、寒風に揺れる1枚の……1垂れの暖簾をくぐり2人の子供を連れた女性が入ってきた。


 汚れた学校指定のジャンパーを着た9歳と7歳くらいの男の子は、女性のくたびれたコートの端を掴み、寒そうに小刻みに震えている。


「いらっしゃい」


 と迎える大将に、女性は、


「あのぅ……まだ、時間は大丈夫でしょうか……」


 と、おずおずと訊ねた。


「ええっ、どうぞどうぞっ」


 大将は気軽に応じ、


「僕達、寒かったろうっ、こっちの席は暖かいぞ」


 大将は優しく微笑みながら、3人をストーブに近い席に案内する。


「何になさいますかっ」


 とぼとぼと席に着いた親子に、熱いお絞りを配りながら訊ねた。


「あっ、えっと……」


 女性は俯き、恐縮しながら、


「あのー……1杯の、1杯のざるそば……を、ください……」


 男の子2人が心配顔で見上げている。


「えっ……1杯?」

「はい……3人で……ダメで、しょうか……」


 それを聞いた大将は、


「……お客さん、ざるそばは……1杯じゃなくて、1枚と数えるんだよ」

「……えっ、ああ……」

「なんでも個とか杯を使えば楽だよそりゃ、でも子供達もいるんだから、ちゃんとした言葉づかいをしないと」

「……ああ、すいません」

「僕達、日本には100種の数え方があるんだよっ」


 と教える大将を、男の子2人が感心顔で見上げている。

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