第124話 深層入場
〈深層〉───それは現在、探索者達が到達している大迷宮の下層区域を指す言葉である。その言葉を扱う人間によって細かい範囲や定義は異なるが、一つ確実に言えることは50階層から下が〈深層〉に該当するということ。
それまで自分たちが攻略してきた各階層はなんだったのか?
そこから先は一線を画した魔境であり、選ばれた強者しか生き残ることの出来ない不条理の塊であった。
そんな所まで気がつけば僕はやって来ていた。
「ふぅ……」
階層と階層を繋ぐ連絡通路、それを下って50階層へと足を踏み入れれば、目の前に広がる光景が一変する……なんてことも無い。やはり、何の代わり映えのしない殺風景な洞窟が続くばかり。
40階層の時のような少し毛色の違った様相でも見せてくれれば気分が盛り上がったのだろうが、こうもいつも通りの光景が飛び込んでくると自分が本当に深層に足を踏み入れたのか甚だ疑問に思えてくる。
しかし、この階層に足を踏み入れた瞬間にその場にいた全員の空気が一変する。
何も変わらない風景、しかして彼らは油断することなく気を引き締めた。そこは今まで下ってきた階層とは全くの別世界であると。
〈白銀の戦姫〉アリシア・リーゼを捜索・救出する為にここまでやって来た大団は入口の安全地帯で暫しの休息を取っていた。
47階層から、この50階層に来るまでまともな休みも取らずに一気にやってきた。いくら迷宮攻略に慣れていると言えども、この探索速度に疲れは出てしまう。
───ここまで来るのに九日。流石に疲れが溜まり始める……それもまともに遠征の経験なんてなければ尚更だ。
「はぁ……」
「大丈夫、ルミネ?」
「え?あっ、はい!まだ全然大丈夫ですよ!」
隣のエルフの少女も目に見えて疲弊していた。誤魔化すように笑顔を作って見せるが、それでも疲労が見て取れる。
「辛くなったらすぐ言ってね?無理をしてもいいことなんてないんだ」
「……はい、わかりました。ありがとうございます」
ポーチから栄養剤を取り出してルミネに手渡す。気休め程度にしかならないが、何も飲まないよりはマシだろう。
素直に栄養剤を受け取った彼女はゆっくりとそれを飲んでいく。それを横目で確認しながら一息ついていると、前の方から声が飛んできた。
「皆、ここまでお疲れ様!
残念ながら49階層まででアリシアを見つけることは出来なかった。探索者協会から彼女が帰還したという報告も今のところまだ入っていない。ということは、まだアリシアがこの〈深層〉に居る可能性が高いということだ。
今回の捜索隊の中にはこの〈深層〉での探索経験が少ない者もいると思うけど、そこは他のメンバーや僕達〈聖なる覇者〉がカバーして助け合って行ければと思う!」
声の主はこの捜索隊のリーダーを務めるアトス・ブレイブだ。
先程まで各パーティーのリーダー陣と〈聖なる覇者〉の構成員を集めて会議をしていた。それらの会議で決まった事をこれから全員に共有するようだった。
「先程、各リーダー陣と会議を行い、これからの方針を話し合った。一番の懸念点としてはやっぱり50階層を支配する階層主だろう」
「「「っ……」」」
アトス・ブレイブの「階層主」という言葉にその場にいた全員が表情を強ばらせる。
孕んだ感情は「恐怖」や「警戒」、そして「畏怖」だ。何度かこの〈深層〉に足を踏み入れたものならば、必ず一度は遭遇したことがあるだろう絶対的な理不尽の権化。
全員が気にしていた事柄であった。
「度重なる審議、話し合いの結果、まだ階層主は
アトス・ブレイブの発言に全員があからさまに安堵する。続けられた説明に、彼らは更に納得した様子だった。
会議に参加していた僕自身は説明の内容を知ってはいるし、納得もしていた。少し前のの45階層の会議で指摘した事が今回の判断の要因になったということも。
結局のところ、階層主が
「階層主が再出現したのならば十中八九、階層移動は起こる」とは、誰よりも〈深層〉を探索したアトス・ブレイブの経験則であり、確信めいた言葉だった。
それだけでの判断材料で階層主が居ないと断定するのは早計だと思うかもしれないが、実際のところその目で確認するまでは、事前に階層主が再出現しているかどうかの判断はそれぐらいでしか付けられない。
「────もちろんこれはただの推測であって、確定した事実では無い。だから、皆は「階層主が居ない」とは思わず、寧ろ、「いつ出会ってもおかしくはない」と思っていて欲しい!」
アトス・ブレイブの言葉通り、細心の注意は払う。常に最悪の事態を想定して50階層の探索は行う。それでは、なぜアトス・ブレイブは「階層主は再出現していないと判断した」と声高らかに言ったのか?
その理由はとても単純。ただの気休め、少しでもその場にいる探索者達の不安感を払拭したかったからだ。
ここから先は更に厳しい探索になる。それを少しでも軽減できるのならば、彼は不確定な要素でも全員に共有すると会議では言っていた。
実際に効果はあった。
明らかに探索者達の纏っていた雰囲気が柔らかくなり、程よい緊張まで沈められていた。
過度な緊張は失敗の元になる。正しく、〈勇者〉の判断は功を奏したのだろう。
「───共有は以上だ!これから5分後に解散し、割り振られた捜索区域の探索を始めてくれ!」
「「「おうっ!!」」」
そこからアトス・ブレイブの話は続き、そう締めくくると場の士気は最高潮まで引き上がっていた。
───場数が違う。それにカリスマ性も合わせれば、この大人数をまとめあげるのも何食わぬ顔でやってのけてしまう。
その手腕になんど感心したことか、今回の捜索が始まってから数え切れない。
出発の準備を始めながらそんな事を思うのだった。
・
・
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50階層の探索をするにあたって、僕達が割り振られた区域はそれほど広くなかった。
入口にある安全地帯を出てからひたすら東の方向へ歩き、複数の小中規模の
何も気にせず、モンスターとの戦闘も無ければ2時間ほどで移動できる距離である。しかし、実際はそんなに早く終わる訳では無い。
アリシアの姿を見逃さないように慎重に進み、つど接敵するモンスターと戦闘を繰り広げ、疲労を蓄積させないためにこまめな休息を取る。そんな感じで捜索を続けていれば、割り振られた区域を行き来するのに最低で4時間は有する。
これに
「は、ぁああああッ!!」
50階層に来てから、もう何度目かのモンスターとの戦闘。
探索を始めてから約一時間ほどが経過した。まだ目的地までは遠かった。
「ふぅ……」
「おつかれさん。だいたいここら辺のモンスターの強さには慣れてきたな」
武器を鞘に収めて一息ついていると、グレンが手を挙げて近寄ってきた。
「だね、これくらいなら問題なく対処できるよ」
「おっ!頼もしいねぇ〜」
「と言っても流石は深層、今までのモンスターと違って強さが段違いだ」
モンスターのレベルは能力値は勿論のこと、その知能も賢くなっている。魔法を使うタイミングや、スキルの使い方、まるで人間を相手にしているような奇妙な感覚を覚える。
グレンも僕と同じ事を思ったのか、お退けたように言葉を続けた。
「確かにな……上層と比べればここは全くの別世界だ。それに加えてこの階層には主もいる。本当に気が抜けないぜ」
「その階層主ってどれくらい強いんですか?」
それに反応したのはルミネだ。彼女はスキルで僕たちに疲労回復の
確かに実際にその階層主とやらに遭遇したことの無い僕とルミネでは、その強さや周りが思っている事に対して共感することが難しかった。それに比べてグレンは何度か深層の探索経験があるし、階層主と遭遇したこともあった。
「数字的な強さで言えば階層主はレベル7に該当する。けど実際に戦ってみた側としてはあれはレベル7なんかじゃすまない強さだったな。体全部が大きいってのもあるんだろうけど、とにかく一撃一撃が災害級の威力なんだ。ほんと、思い出すだけで寒気がする」
「「へぇ〜」」
過去の記憶を呼び起こして身震いするグレンに対して、僕とルミネは興味津々にその言葉に聞き入った。
そんな僕たちのやり取りを見て、バカにしたような笑い声が聞こえてきた。
「はっ、深層に初めて来た
「こらガルフ!またテイクさんに突っかかって……そろそろやめなさいよ!」
「お前は黙ってろ、メリス」
その声の主は確認するまでも無く、
この捜索が始まってから度重なる戦闘を経て、その嫌味な口数は少なくなったがそれでも完全には無くならなかった。
───もう慣れはしたけど、ルミネとグレンが過剰反応しちゃうからそろそろやめて欲しい気持ちもあるんだよなぁ……。
僕としては仲良くしたいのだけど、こうも拒絶されてしまうとそれも難しい。
「「グルルルルルルッ……!!」」
「はい2人とも、どうどう」
今にも食って掛かりそうなルミネとグレンを宥めて、僕は近くに転がった〈ヘルリゾネイター〉の死体を見遣る。
───そろそろ【取捨選択】を使うか?
祭典で減ってしまったステータスは今回のこの捜索作戦でだいぶ戻ってきていた。と、言うよりも戻すどころかお釣りが来て大幅に上がっていた。
流石は40階層以降のモンスターと言ったところか、その強さは今まで戦ってきたモンスターとは比べ物にならず、おいしかった。この捜索が始まってから使用した【取捨選択】の数は二回。新しいスキルも手に入って、内心はホクホクだったりする。
見たところこのヘルリゾネイターも結構な高ステータスだ。深層一発目の取捨選択には持ってこいの相手だと思う。
───この能力値なら反動もそれほど酷くない……はず……。
徐に死体の元へとしゃがみこんでどうしたものかと思案していると、何とか落ち着きを取り戻したルミネが不安げな表情で隣にしゃがみこんだ。
「……スキルを使うんですか?」
「え?ああ、うん。どうしようかな……って考えてた」
「そうですか……」
ルミネ的には僕にはスキルを使って欲しくない。実際に言われた訳では無いけど、こうもあからさまに不安げな顔をされてしまえば、暗にそう言われているというのは分かる。
何度見てもスキルを使った後の僕の姿がルミネは見ていられないのだろう。彼女はとても優しい子だ。それこそ、傷ついている人がいれば見返りを求めずに助けようとする程に。
───気苦労をかけて申し訳ないことをしている自覚はあるけど、
全ては強くなるため、この先に進む力を手に入れるための代償なのだ。
この先を無傷で進もうなんて、無傷のまま行くなんてのは不可能で、仕方の無い事だと割り切るしかない。
「ごめんね、ルミネ」
「いえ……」
僕が謝るとルミネは今にも泣き出してしまいそうに顔をくしゃりと歪ませてしまう。
それを見て胸を苦しませずにはいられず、後ろ髪を引かれるように僕の手が死体に触れるのを躊躇う。無理やりにでも触れて、いつも通りにスキルを発動させようとする。
───さっさと終わらせてしまおう。
その瞬間だった。
「うわぁぁぁああああああぁぁぁッ!!?」
「「「ッ!?」」」
突然、階層内に響き渡る悲鳴。それはモンスターの断末魔ではなく、人間の男の絶叫であった。
反射的に立ち上がり、声のした方へと視線を向ける。聞こえてきた方角、音の大きさ的にここからさほど離れている訳では無い。その明らかに異常を伝える悲鳴に全員が身構えた。
「……隣接した区域を探索していたパーティーだ。距離は近い。それにこの反応は────」
即座にガルフさんがスキルで近辺の索敵をする。そして、索敵で把握したその正確な人数を癖で口にした。次いで、彼の表情は驚愕の色に染る。
「───間違いない、階層主だ」
「なっ……!?」
続いたガルフさんの言葉に僕達は言葉を失う。
今の悲鳴、そしてガルフさんが索敵によってキャッチした反応と、その正体。
つまりは、想定していた最悪の事態が起きたということだった。
「ッ……行こう!!」
「ああ!」
「はい!」
咄嗟に僕たちの体は動き出していた。
ガルフさんが先行して、悲鳴のした場所へと向かう。
果たして、そこに待ち受けていた光景は最悪なものだった。
───────────
テイク・ヴァール
レベル5
体力:3680/3680
魔力:2890/2890
筋力:4560
耐久:3560
俊敏:5980
器用:2940
・魔法適正
不屈の焔
・スキル
【取捨選択】【強者打倒】【精神耐性】
【堅城鋼壁】【剣魔大帝】
【鑑定 Lv3】【咆哮 Lv3】【索敵 Lv3】
【幻魔 Lv1】【大地の進撃 Lv1】
【魔力強化 Lv1】
【嵐脚 Lv1】←NEW
【軽業 Lv1】←NEW
・称号
簒奪者 挑戦者 選択者 〈 〉
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