第123話 時計の記憶

 大迷宮グレイブホールに一人取り残されたアリシアの捜索を開始してから、今日で六日になる。

 現在、僕達───捜索隊が足を踏み入れていたのは大迷宮第47階層。


 鬱屈とした閉鎖空間。空はもちろんここでは太陽の光なんて届きはしない。頼りになるのは地面や壁に埋め込まれた無数の魔晄石のみで、今が朝なのか夜なのかも一見で分かりはしない。


「午後2時……」


 時間の感覚が希薄になる。その度にポーチから一つの古ぼけた銀時計を取り出して時間を確認した。


 大迷宮の攻略に於いて時計とは必需品。探索者になる時、武器や防具と一緒に誰もが一つは時計を買う。


 こんな穴蔵にいて唯一、時間の流れを感じられる道具。その存在は探索者達に安堵や平静、一定のリズム感をもたらす。

 無闇矢鱈と、無謀で危険な探索をしないための抑止力の役割を時計ソレは担ってくれているのだ。


「素敵な時計ですね」


「え?ああ、ありがとうございます」


 3回ほどモンスターとの戦闘を経て、小休憩中。ぼんやりと右手に収まった銀時計を眺めていると、ルーウィットさんが時計に興味津々と言った感じで声をかけてきた。


「少し古いでいすけど、装飾も細かくて綺麗。有名な時計職人さんのモノなんですか?」


「さあ?どうなんでしょう……この時計は人から貰ったので、そこら辺のことはさっぱり……」


 彼女の質問に上手く答えられずに苦笑してしまう。


 良い物だと言うのは使っていて何となく分かる。だけど、それがどれくらいかの価値を有しているのかは分からなかった。

 その時計はかつて幼い頃に、一人の少女から貰ったものだった。


 僕の煮え切らない返答をルーウィットさんは気にした様子もなくニコリと微笑んだ。


「その貰った人ってアーちゃんですよね?」


「アーちゃん……?」


「アリシアちゃんの事です」


 聞き馴染みのない名前に首を傾げていると、補足が入って納得する。そして、ふと気になったことを聞いてみた。


「……アリシアと仲がいいんですか?」


「はい!歳が近いのと、パーティーハウスの部屋もお隣さんなので、よくお買い物とかお茶をするくらいには仲良しです」


「そうだったんですか」


 更に顔を綻ばせながら話してくれるルーウィットさん。意外……でもない、二人の交友関係に納得していると、ルーウィットさんは言葉を続けた。


「そうなんです。それもあって、実はテイクさんの事はとアーちゃんから聞いてて知ってたんですよ」


「色々……ですか?」


です」


 彼女の気になる言い方に僕は反応するが、すぐにこれは深く突っ込んではいけないと直感する。何せ、ルーウィットさんの僕を見る目が明らかに、からかいがいのあるオモチャを見つけたような目をしているのだ。


 ───何とか話題をそらさなきゃ……!


 視線を明後日の方向へと逸らしつつ、僕は何か話題がないか脳をフル回転させる。

 しかし、やはりと言うべきかそう上手く話題など思いつくはずもなく、会話の主導権はルーウィットさんに握られる。


「その時計、アーちゃんが小さい時にあげたものですよね?」


「は、はい」


「やっぱり!前にアーちゃん、嬉しそうに話してたんですよ。テイクと私はって!素敵ですよね、あのお話!」


「あー……」


 興奮気味に目を輝かせて詰め寄ってくるルーウィットさん。僕はそんな彼女の反応になんとも言えない気持ちになる。


 今の彼女の言葉だけでは傍から聞いていると「何の話だ?」と思うかもしれないが、僕はしっかりと彼女が何を言っているのかわかる。


 それは、古い探索者達の習わし、おまじまいのようなものだ。

 曰く、「一流の探索者は過酷な大迷宮に挑み、その命を預け合う時、互いの大事な持ち物を交換する」らしいのだ。そして、特に彼らは探索に必要不可欠な時計を交換したと言う。


 そんな話の真似事を僕とアリシアは小さい頃にしたことがあった。彼女は銀時計を僕は安物の懐中時計をお互いに交換したのだ。


 今もその交換した時計を大事に使っているわけで、そんな話をアリシアから聞いていたルーウィットさんは僕にこんな話を振ってきたのだろう。


 ───随分とまあ昔のことまで話してるじゃないか……アリシア。


 それは恥ずかしくも僕たちにとっては大事な思い出であり、今も継続している誓い。

 そんな話をするほど、仲の良い───信頼できる友達が彼女アリシアにいたのは素直に喜ばしいことだ。


「アーちゃんったら口を開けば「テイクが〜、テイクが〜」ってテイクさんのことばかり話してて、本当に楽しそうなものだから聞いてるこっちも楽しくなってくるんですよ」


 何となく、想像が着く。


 アリシアは少し……いや、かなり昔の話をするのが好きなきらいがある。基本的に小さい頃は彼女と常に一緒に居たので、その昔話には必ずと言っていいほど僕も登場してくる。


 そんな昔話をする中で、アリシアは絶対にその時にあった僕の恥ずかしい黒歴史チックな小話も織り交ぜてくるのだ。


 本人が聞けば悶絶、他人が聞けば「何を聞かされているのか?」と混乱に陥ること間違い無しの迷走トーク。それをアリシアは嬉々としてよくやる。


 ───本当に誰彼構わず話すから、近所の人が全員僕の黒歴史を知っているなんてこともあったな……。


 アリシアと交友の深いルーウィットさんも恐らく……というか十中八九、様々な僕の黒歴史を聞かされてきたことだろう。


 ───なんだか急に気まずくなってきた……。


「……ちなみに、アリシアは変なこと言ったりしてませんよね?」


「変なことって例えば?」


「いや、それは……」


 恐る恐るルーウィットさんに尋ねてみれば、彼女は清々しい笑顔を返してきた。その反応で全てお察しだ。


 げっそりとした僕の反応を見てルーウィットさんは揶揄うように言った。


「……テイクさんが一生懸命に書いてたって言う〈二つ名ノート〉の話でもします?」


「いっ!?そ、それだけは本当に勘弁してください……」


 まさか自分が想像していた斜め上の黒歴史を出してくるとは思わずに、僕はルーウィットさんに懇願する。


 ───〈二つ名ノート〉は本当にまずい……あれだけは、絶対に思い出してはいけない負の遺産だ。


「ふふっ、冗談です」


「冗談になってませんよ……」


 青ざめた僕を見てルーウィットさんは満足したのか、その場で大きく伸びをした。


 改めて時計を確認すれば10分ほど話し込んでいたらしい。

 合計で20分の休憩だ。そろそろ、探索を再開してもいいだろう。


 他の皆も同じことを思っていたようで、ほぼ同じタイミングで立ち上がって準備を始める。


「それじゃあいこうか」


 銀時計をポーチの奥へ、大事に隠すようにしまい込んで僕も立ち上がった。

 まだ47階層の探索は始まったばかりだ。ここから本格的に奥へと歩みを進めていく。


 願わくばこの階層で彼女アリシアが見つかるとを───。


 少し昔の、彼女の事を思い出して気持ちが感傷的になる。

 それを無理に消し去ることはせずに、僕は彼女の微かな痕跡を探し始めた。

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