第122話 中間会議
アリシア・リーゼの捜索が始まってから三日が経過した。現在、〈勇者〉アトス・ブレイブ率いる捜索隊45名は
現在地は45階層の中流域、そこに複数点在する安全地帯。そこで彼らは久方ぶりの休息を取っていた。
「ふぃー疲れたー!」
「こんな速さで階層の攻略なんてしたことないぞ」
「まあこっから6時間休憩できるんだからいいじゃねぇか……」
地面にその身を投げて、息も絶え絶えの探索者達。口では不満げな言葉を吐くが、その表情は何処か楽しげであった。
やはり探索者と言ったところか、この普通では絶対に体験できない経験に興奮しているようだ。
各々が今後に備えてしっかりと休息をとる中、そんな彼らを横目にアトス・ブレイブは各パーティーのリーダーと〈聖なる覇者〉の構成員数名を呼び集めていた。
簡易的なテーブルを中心にしてその上には45階層以降の
ここまで大きな問題もなく、負傷者や死傷者も出ていない。階層を降りるペースも通常に比べれば異様な速さであった。
攻略面で見れば快調。しかし、捜索ということを考えれば状況は芳しくなかった。
「45階層全ての階層を隈無く探してみたけどアリシアは見つかっていない……。彼女が上手く深層から戻ってこれていたら、ここら辺で鉢合わせすると思っていたんだが───これで最悪な事態が起きている可能性が跳ね上がったな」
「「「…………」」」
苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せて、アトスが呟いた。そんな彼の言葉をこの場に集められた数名の探索者が沈痛な面持ちで受け止める。
そこに集められたのは、迷宮都市でそれなりに名の通った大物探索者達ばかり。全員が百戦錬磨の手練であり、迷宮攻略のスペシャリストである。それでもこれから待ち受けている苦行を思うと、彼らも軽率な発言はできない。
周囲を見渡して、アトスは口元に手を当てると何かを思案し始めた。
「この先に続く46階層から49階層まではこれまで通り問題なく捜索は続けられる……カティネ、食料の消費量は?」
「はい。予定よりも10%ほど消費が激しいです。逆にポーションや道具類の消費は皆さんのお陰でだいぶ抑えられています」
「そうか……」
何やら分厚い資料を抱えた女性の返答を聞いて、アトスは数秒ほど黙り込む。
「最低でもあと2週間……いや、50階層以降からの消耗を考えると更に短くなるか───パーティーリーダーのみんなに聞きたい。体感で構わない、パーティーメンバーの疲労度はどうだろう?」
「俺らのパーティーはまだまだ行けるぜ!」
「ウチらもだ。でも────」
アトスの質問に、無頼漢な剣士が快活に答えた。それを皮切りにそれぞれのリーダーが同じような返答をした。
そこから少し緊張感も薄れて、いくつかの意見が飛び交う。
初めての大団体の大迷宮攻略に少なからずストレスを感じている者。もう少しこまめに休憩を取って欲しいと発言する者。逆にもっとペースを上げるべきだという者。などなど───。
大勢の人間が集まれば、その分だけたくさんの意見や問題、不満が出てきてしまう。これはどうしようのないことだが、だからと言って聞き流しても駄目な事だった。
その場を取り仕切るアトスは、無数に飛び交う意見にしっかりと耳を傾けて、丁寧に受け答えをすることで少しでも不和を無くそうと務める。
その柔軟な対応力とコミュニケーション能力が、彼をSランクパーティーのリーダーたら占める要因の一つなのであろう。
みるみるうちにアトスに丸め込まれたパーティーのリーダー陣たちは毒気を抜かれたように話の矛先をこれからの階層の事へと戻す。
やはり全員の見解として46〜49階層まではこのまま問題なく進んでいけると踏んでいる。しかし、その更に先である50階層が懸念材料であった。
「最後に階層主が倒されのは確か……一ヶ月前だったか?」
「はい、確かそのはずです。そこから階層主が
アトスの疑問にそばに控えていた女性がすぐに答えた。
〈階層主〉とは、その階層の中で一番の強者であり、絶対的な支配者、その名の通り主である。その強さは他のモンスターとは比べ物にならず、まともな対策もせずに遭遇すれば、その瞬間に死を覚悟しなければならないほどだ。
そんな理不尽な存在も討伐されれば一定時間は出現しないという規則性が存在した。所謂、
「時期的にはそろそろ
「うぇ!?ぼ、僕ですか!?」
腕組みをしてアトスはここまで余り発言の見られない探索者の少年に話を振った。突然名前を呼ばれた少年はまさか自分に質問が飛んでくるとは思っていなかったのか明らかに動揺しているようだった。
一気に注目がその少年に集まった。
この強者揃う集団の中で、彼だけが何処かまだ初々しく、幼く感じる。
しかし、その少年はココ最近で勢いに乗っている新星であり、ここに呼ばれている時点で同格。アトスたちは少年がどんな意見を述べるか興味津々であった。
そんな内心を知ってか知らずか、少年はおずおずと言葉を紡いだ。
「えっと……僕自身、まだ50階層にも言ったことがなくて、階層主との戦闘経験もありません。なので、そんなにお役に立てないと思うのですが………」
「構わない。知らないからこその意見もあるだろう。気にせず思ったことを言ってみてくれ」
「えっと……素人意見ですけど、僕はまだ階層主の再出現は無いと思います」
「ふむ……その理由は?」
「はい……もし仮に階層主が再出現していたら、少なからず40〜50階層間でモンスターの階層移動が起きてるのかなぁ〜って思って」
「───なるほど、確かに」
少年の発言にアトス含めた他の探索者たちは何か思い出したかのように目を見開いた。
階層主とは前述した通り、理不尽な存在だ。それは探索者達にとっても、そして他のモンスターたちとっても同義であった。弱者が生き残る為の術として、モンスター達は理不尽から逃れるために元いた階層から離れる事例も存在する。それが〈階層移動〉だった。
「ここまで遭遇したモンスターに違和感は?」
「無いな。今まで通りの生態系だったし、実際、変に飛び抜けた強さのモンスターとの遭遇はなかった」
アトスの問いかけに今度は無頼漢の剣士が答えた。それに他のリーダー陣も同意する。
それを受けてアトスは一つの結論を出した。
「まだ確定ではないが、一つの指標にはなるな……よしっ!50階層に辿り着くまで、各々で遭遇するモンスターの内容に少し気を張ってみてくれ。その情報を元に階層主が
「「「了解」」」
アトス以外のその場にいた全員が頷く。その言葉を最後に、簡単な会議は終わりを告げる。
それぞれが自分たちのパーティーに戻っていくのをアトスは見送りながら、ふと、一つの背中に視線が行った。
「───」
それは先程、思いがけない意見を出してくれた少年探索者───テイク・ヴァールだった。
その実力はレベル5と、探索者の中ではまだ中堅の域。実績としても深層の攻略は無く、今回の捜索隊参加には不十分な人材だとアトスは思っていた。
しかし、実際のところ彼は攻略階層こそまだ浅いものの、その他に打ち立てた実績は十分であった。
ジルベール・ガベジットの誘拐事件を解決し、行方不明になっていた子供たちを単独で救出…………と、本当に様々だ。
その異様な活躍ぶりから付いた二つ名が〈
───いったい君は何者なんだ……?
不意にアトスの脳裏に過ぎるのは探索者教会でテイクに詰め寄られ時の記憶。
怒り狂った彼の姿は、何故か最深層59階層で遭遇したローブ姿のあの人物と重なって見えた。
「───ッ」
無意識にアトスの体は強ばる。背筋を伝う嫌な脂汗の感覚を不快に思いながら、アトスは少年から目を逸らした。
それは恐怖から来るものか。
そもそも、なぜ自分はあの少年から目を逸らしたのか?
あの少年はいったいなんなのか?
「……やめだ」
そこまで考えてアトスは思考を振り払う。
そしてもう一度、妙な雰囲気を纏った少年の背中を一瞥して、その場を後にした。
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