第121話 風錆の渓谷

 大迷宮グレイブホール第1階層。アリシア・リーゼ捜索隊、総勢45名が階層に入ってすぐの安全地帯セーフティポイントにて集まっていた。


 まだモンスターは出現しない階層。だからといって油断する者はこの中に誰一人としていない。例え、まだ入口、これより下の階層からが本番だと馬鹿な考えをしていいわけがなかった。


 まだ平穏、しかして直ぐにそれは消え失せる。


「よし!全員いるな!それじゃあ事前に説明した通り、俺たちはこれから転移結晶で一気に40階層まで向かう。転移の対象から外れないように気をつけてくれ!」


 集団の中心に立ち、周囲を見渡すのはリーダーのアトス・ブレイブだ。

 彼の両隣には魔術師、その足元には見たことないほど巨大な蒼い水晶が転がっていた。


「凄いな……」


 小さな子供ぐらいあるその転移結晶に思わず息を飲む。


 アトス・ブレイブの言葉通り、僕達はこれからあの転移結晶を用いて一気に40階層まで向かう。その理由と言うのは単純に移動時間の短縮の為だ。通常、第1階層から最深層である59階層まで降りるのに、最短ルートを通ったとしても2週間はかかる。今の僕たちには悠長に1階層ずつ降りて最深層に向かう時間なんてものは無い。


 アリシア・リーゼの生死は不明。こんなこと考えたくは無いが、普通に考えれば死んでいてもおかしくないのだ。ことは一刻を争う。その為の転移結晶である。


 現在、流通している結晶類の中で最大、記憶セーブしている階層も一番深かった。時価にして数億はくだらない代物を〈聖なる覇者〉は平然と持ち出して、この捜索作戦に使うと言った。


 ───仲間の命がかかっているから当然の事とはいえ、それでも流石はSランクパーティー……その財力も相当だ。


「それじゃあ始めてくれ」


「「はい」」


 アトス・ブレイブの指示で二人の魔術師が転移結晶に魔力を注ぎ始める。

 あれだけの大きさなら結晶を起動させるだけで大量の魔力を必要とする。結晶は淡い光を帯び始めるがその効果を発揮するにはまだ少し時間を要しそうだ。


 大迷宮の中でしかお目にかかれない幻想的な風景。それをその場にいる全員が息を潜めて見守る。刻々と、奈落へと向かうその瞬間が近づいていた。


「あの……テイクくん?」


「ん?なに?」


「これから40階層に飛ぶのはいいんですけど。もし仮に、アリシアさんが39階層まで自力でたどり着けていた場合はどうするんですか?その場合ってすれ違いになりません?」


 次第に結晶の光が強くなってい中、声を潜めて隣のルミネが尋ねてきた。

 確かに、彼女の疑問は至極当然だ。探協内での説明の時もアトス・ブレイブはこのすれ違いの事に関しては言及していなかった。


 けれど、もしこの捜索ですれ違いが起きてしまったとするのならば、寧ろそれはとても幸運なことだろう。


「ああそれなら大丈夫だよ」


「なんでですか?」


「仮にアリシアが39階層まで自力でたどり着いていたなら、彼女ならそのまま一人で地上に戻ることができる。だから寧ろすれ違いが起きてた方がいいことかな」


「そ、そうなんですか……」


 彼女の実力ならば39階層で出現するモンスターなど敵では無い。どれほど疲弊していようがそこまで戻れたのならば何も心配することは無い。

 だから僕達がカバーするべきは40階層以降になるのだ。まさにそこまでが生きるか死ぬかの分岐点。


「準備出来ました!」


「よし、結晶を起動させる!皆、転移の衝撃に備えてくれ!!」


「「「───っ!!」」」


 瞬間、辺り一帯を青白い閃光が包み込んだ。眩しさで反射的に目を伏せる。次いで僕達を襲ったのは突然空中に放り出されたかのような浮遊感。


 気がつけば光と浮遊感は也を潜めて、僕達は大迷宮第40階層───通称〈風錆の渓谷ラストフェイル〉へと足を踏み入れていた。


「予定とは違う形で来ちゃったな……」


 思わず溢れ出た。

 転移されたのは階層を降りてから直ぐに存在する安全地帯。しかし、この階層の安全地帯は少し安全とは言いにくいほど死がすぐ隣にあった。


 眼前に広がるのは崖。横一門字にスッパリと切込みを入れたような感覚で、崖の先に広がるのはもちろん無限の奈落。それがどこまでの深さを誇っているのかは知りたくもない。頼りになるのは先人たちが立てかけた奥の道へと繋がる一本の鉄橋のみだ。


 しかし、それでも安心できない。

 この階層には渓谷の他にもう一つ特徴的な要素が存在する。


「きゃっ!」


「おっ……と、大丈夫、ルミネ?」


「は、はい……ありがとうございます。危うくところでした」


 それは頻繁に階層中を突き抜ける強風だ。

 この階層の壁には至る所に無数の穴が空いており、それを通気口のようにして各階層から流れてきた空気が定期的に放出される。

 その風が異様な強さで、少しでも気を抜けば今のように吹き飛ばされそうになるほどだ。


 この風と、所々に点在する崖によって多くの落下者を産んでいる。


「みんな無事だな!これより、アリシアの捜索を開始する。各グループ事に地図マップを確認して、事前に打ち合わせし割り当てた区域の捜索を開始してくれ。それぞれ捜索を終えたら予定取りに次の階層に続く連絡通路で落ち合おう。それでは散開ッ!!」


 アトス・ブレイブの号令で9つに分けられた5人一組のパーティーが各々の方向へと散る。


 するとこちらから少し距離を取っていた狼獣人ライカンスロープの青年───ガルフが不機嫌そうに振り向いた。


「……いつまでも突っ立ってんな。俺達も行くぞ。くれぐれも足を引っ張るなよ」


「こらガルフっ!あなたはまだそんなこと言って……これから協力していかなきゃ行けないんだからその喧嘩腰はやめなさい!」


「うるせーなメリス。お前には言ってねぇ」


 それをルーウィットさんが咎めるが、やはりガルフさんは聞く耳を持たずにそそくさと先へ進んでしまう。


 普通ならば単独で先行するのはご法度だが、彼の役割は斥候スカウトだ。役割は先行して罠やモンスターが居ないかを確認することで、一概に「身勝手な行動」という訳でもない。


 ───嫌われていてもしっかりと仕事をしてくれるなら、それで問題は無い。


「僕達も行こう」


「おう」


「はい!」


 依然としてルミネとグレンはガルフさんの態度に不満げではあったが、最初の時と比べれば断然に今は我慢できていた。二人もこの階層であれができるほど心の余裕はまだできていなかった。


「───緊張せずに行こう。今の僕達なら大丈夫だよ」


 少しはパーティーのリーダーらしく、気休めの言葉を言って先行してくれているガルフさんとルーウィットさんの背中を追いかける。


 直ぐに二人に追いつくと、ガルフさんがハンドサインで「停止」と「沈黙」を示していた。それを見て即座に僕達は息を潜める。


「距離50……数は4……種別は幽霊機械ゴーストアーマー種の〈キルレイダー〉」


 迅速かつ簡潔にガルフさんは情報を共有してくれる。確かに距離と数は僕のスキル【索敵】でも同じものを感知した。けれどその種類までは分からなかった。


 ───ガルフさんは斥候スカウトだから索敵系のスキル持ちだとは聞いてたけど、まさかここまでの精度だとは……。


 事前に聞かされた簡単なスキルの説明を思い出すが、実際はそれよりも数段の性能だった。流石はSランクパーティーの斥候スカウトを務めるほどだと感心していると、グレンが盾を構えて一歩出た。


「俺が出て注意ヘイトを集める。いいな?」


「うん。お願い」


 まだ敵の姿は見えないがいつもの要領で敵を迎撃を考える。今回は人数も多いので普段よりもっと安全に迎え打てるだろう。


「はっ……精々、ぽっくり死なないように気をつけるんだな」


「ご心配どうも」


 煽るようなガルフさんの口ぶりに、意外にもグレンは冷静に返した。やはり、戦闘前ともなれば一言一言にかっかしているのも時間が惜しいのだろう。

 次第にその足音が近くなってくる。ガシャガシャとガラクタがぶつかり合う音。それは静かな渓谷の中では妙に反響して聞こえて、不気味に思えた。


 数秒後に互いの存在を認めた。


「……ッ!行くぞ!」


 グレンが盾を前に構えて飛び出す。それに呼応するかのように4体の機械仕掛けのモンスター〈キルレイダー〉が一斉に来た。


 この開けた過ぎた空間では奇襲は不可能、できるのは真っ向勝負の正面衝突のみ。


「傾注ッ!!」


「ルミネはグレンの強化に集中して!ルーウィットさんは魔法での援護射撃をお願いします!」


「「はい!!」」


 グレンがスキル発動してキルレイダー達とぶつかり合うのを見て、即座に指示を出す。


「行きましょう」


「俺に指図するな、贔屓野郎」


 グレンが注意を買っているうちに側面から畳かけようと僕とガルフさんは地面を蹴る。

 直ぐに距離は詰まる。新手の出現に二体のキルレイダーがこちらに振り向いた。


「邪魔だ雑魚ども!」


 一体のキルレイダーを力任せにガルフさんが二振りの短剣で斬りつける。彼は幽霊ゴースト種の弱点である霊魂を的確に見つけて穿いた。


 ───速い……さすがだ。


 目にも止まらぬ速さとはまさにこの事。

 僕がガルフさんの手際の良さに目を見張っていると、逆に彼から嘲笑したような視線が返ってきた。


 まるで「俺はもう倒したのに、お前はまだ攻撃もできていないのか?」と言っているようだ。


 ───いや、あの目は確実に言ってる。


 戦闘中でも僕の憎悪ヘイトは継続中。その執拗い態度に嫌気がささない方がおかしいだろう。


 ───その挑発、買ってやる!


 左腰に差した細身の直刀───〈不屈の銀片ペルセディクタ〉の柄に手をかける。新武器ニューウェポンのお披露目にしては役不足だが、文句はやめておこう。今はすぐ近くにいる狼獣人ライカンスロープの度肝を抜くことだけ考える。


 彼が一撃一殺を成したのならば、僕はその倍を成そう。【鑑定】をして敵の能力値を確認するまでもない。対峙しただけで分かった。コイツらは今まで戦ってきた難敵と比べれば取るに足らない雑魚だと。


「スーーー─────」


 深く息を吸い込む。構えは居合の型。

 力を溜め込むように体を軽く縮ませて、全ての敵が間合いに入った瞬間に鯉口を勢いよく斬る。


「───


 一閃。不規則の速度で直刀を振り抜いた。

 スキル【剣魔大帝】による剣技ソードアーツ〈疾風〉を発動させたのだ。それは剣速を自由自在に加速させるもの。今できる最高速度で抜き放たれた斬撃は、一振で眼前にいた三体のキルレイダーを斬り伏せた。


「「「ピッ、ガッ!?」」」


 もちろん霊魂も一緒に断ち斬る。これで、奴らはもう二度と起き上がることは叶わない。


 僕は無意識に狼獣人ライカンスロープの青年へと視線を向けていた。


「───」


「チッ……」


 すると彼は得意げな表情から一転、不機嫌そうに舌を打って武器を鞘へと収めた。


 ───これで少しは変な突っかかりが無くなるといいけど……。


 周囲の警戒、他のモンスターが居ないことを僕も確認して、直刀を鞘へと収める。

 初陣にしては十分すぎるほど大活躍だ。やはりと言うべきか、彼女ヴィオラさんが手入れした武器は良く斬れすぎる。


 改めて腰の直刀に見ていると後方から明るい声が飛んできた。


「お疲れ様です、テイクくん!」


「うん、お疲れ様」


「いやー、そのカタナ、良く斬れるな〜」


「僕も驚いてるよ」


 満面の笑みでルミネとグレンが寄ってくる。その表情は普段よりも数段で輝いて見えた。そんなふうに感じていると、二人はそのままガルフさんの方にドヤ顔を向けていた。ガルフさんはそれを見て舌打ちをする。


「チッ……」


「ああ……」


 そのやり取りを見ただけで二人が上機嫌な理由を察した。


 そうして、40階層に来てから初めての戦闘は終了する。

 まだ捜索は始まったばかりだが、この戦力ならば問題なく捜索に集中できるだろう。


「おーい、さっきまでの威勢はどうしたァ〜?」


「元気がなさそうなので元気が出る強化バフでもしてあげましょうかぁ〜?」


「…………チッ」


 戦力は問題ない。だけど僕らのパーティーはチームワークに重大な欠陥を抱えていた。


「ほんっとうにすいません!」


「こちらこそすみません……」


 既に平謝りが板につきつつあるルーウィットさんと二人で、三人のやり取りをため息混じりに眺める。


 ───頼むからそんなに煽らないで……余計ややこしくなるでしょ……。


 40階層の捜索はまだ始まったばかりだ。

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