第120話 決起集会
〈聖なる覇者〉が階層更新に失敗したという話は、瞬く間に迷宮都市に広まった。もちろん、〈白銀の戦姫〉アリシア・リーゼが大迷宮に取り残されたというニュースもだ。
祭典で起きた事件、そして今回のこの話、立て続けに起きた悲報に迷宮都市に住む人々は不安を募らせていた。
そんな不安を払拭しようと、この迷宮都市の要とも言える探索者協会は声高らかにアリシアの捜索隊編成を宣言した。
二日という短い募集期間にも関わらず、この捜索隊に志願した探索者は述べ300人を超えたらしい。
その数はたかだか一人の探索者を捜索するにしては異例な数で、この結果だけでもアリシア・リーゼという人間がどれだけ多くの人に影響を与えているのかが分かる。
しかし、今回の主な捜索階層は大迷宮の第50階層以降、所謂〈深層〉と呼ばれる場所だ。志願者の多くはその深層に足を踏み入れたことの無い駆け出しから中堅の探索者が殆どであった。
多くの志願者は集まりはしたが、無闇矢鱈と志願者全員で捜索を行うわけにもいかない。その為、捜索隊参加者は探索者協会が提示した複数の条件に見合う者、そしてそれらを踏まえて探索者協会が厳正なる精査をして選定した。
探索者協会が提示した細かい条件としてはこうだ。
・正式パーティーであること。
・パーティーメンバーが全員がレベル4以上であること。
・パーティーでの到達階層が50階層以降であること。
これらの条件と、探索者協会に確かな実力者と認められた探索者が本日、協会のロビーに集められた。
その数は総勢45人。たった二日で、この迷宮都市の上位探索者達が勢揃いした。そして、どういう訳かその45人の中に僕たちのパーティー〈寄る辺の灯火〉も呼ばれていた。
───なんで選ばれたんだろう?
厳かな雰囲気が満ちる探協内。少し視線を彷徨わせれば歴戦の強者たちが今か今かと、今回の捜索隊の立案者の登場を待つ。
正直、今回の志願者選定の条件を聞いた時に僕は終わったと思った。
上記の内、二つの条件は問題なくクリア出来ていた。しかし、僕達はまだ正式パーティーになってから日が浅いこともあり、50階層どころか、40階層までも到達できていなかった。
実力としては今の僕達ならば40階層、はたまたは50階層まで辿り着けるポテンシャルはあると思う。ただ、それをすぐ成し遂げられるほどの時間がなかった。
だから、この捜索隊に選ばれることは無いと思っていたのだが……実際はしっかりと捜索隊に選ばれてしまっていた。
「最悪、強行手段に出ることも覚悟してたんだけどな……」
「テイクくん?」
「ああ、いや、なんでもないよ」
少し緊張した面持ちのルミネが僕の声に敏感に反応した。彼女の気持ちも何となくわかる。これだけ威圧感のある空間に放り込まれれば表情筋も強ばってしまうだろう。
ぐだぐたと選ばれた事を不思議に思ってはみたが、正直に言えば問題なく捜索隊に選ばれたのならば特に理由などどうでもよかった。結局のところ、この結果は僕にとって都合は良いのだから。
───それに、条件を全部クリアしても選ばれなかった人もいるみたいだ。
おかしな話だがこの捜索隊に選ばれなかった高レベル探索者が数名程、探協の職員に異議申し立てしている姿を見かけた。
そんな事をしている時点で色々とお察しなわけなのだが……兎に角、色々と加味されてこのメンバーが選ばれたのだろう。
怒り心頭な探索者が建物内から強制退出されてるのを眺めていると、奥の方から二つの影が姿を現した。
「すまない、待たせた。ふむ……全員揃っているようだな」
一人はこの建物の最高責任者、探協長ガイウス・ルイズベルト。そしてその隣にはSランクパーティー〈聖なる覇者〉のリーダー、アトス・ブレイブだ。
今回の主要人物の登場に騒がしかったその場も一瞬にして静かになる。
この場に集まった探索者達の中で頂点に君臨する二人。異様な存在感と風格は本物だ。
予め用意されていた演壇に二人が堂々と立つ。そしてガイウスが口火を切った。
「今回、突然の募集、短い期間にも関わらず多くの探索者が捜索隊に志願してくれた。
選定方法は諸君らの知っている通りだ。この結果に納得のいっていない者も少なからずいることだろう。しかし、今回の捜索は場所が場所だ。生半可な人材を送り込む訳にもいかない。その為、短い時間ながらも選定条件を設定し、その他にも特別な条件を追加した。今ここにいるのがその条件に見合った者たち。そして私、延いては探索者協会全職員が認める探索者であり、自信を持って深層へと送り込めると判断した。是非、諸君らには色良いし成果を期待している!」
これから死地とも呼ばれる深層へと向かう探索者達に激励の言葉をかける探協長ガイウス。それだけで胸の奥が熱くなり、やる気が満ち溢れてくる。他の探索者も同じようで、ところどころで雄叫びが聞こえてきた。
「そして、今回のこの大団を取り仕切る頭目を紹介しよう。と、言ってももう殆ど分かりきっているだろうがな……後は任せる」
「はい」
流れるように一人の男が前に出た。一気にその男へと注目が集まる。
短く切りそろえられた金髪、紫紺の瞳は何処か不思議で底が見えない。整った顔立ちは少なからずいる女性探索者達の目の保養になることだろう。その男は最強パーティーの頭目であり、〈
「〈聖なる覇者〉リーダーのアトス・ブレイブです。まずはここに集まってくれた皆さんに感謝を。今回は俺たちの為に力を貸してくれて本当にありがとう」
〈勇者〉アトス・ブレイブは深く頭を下げる。
その姿は先日の意気消沈していたことがまるで幻だったかのように思えるほど、活力に満ちていた。
「一人の探索者として、Sランクパーティーの長を務める者として、無関係な皆さんにこんなことを頼むのは筋違いかもしれない。それでも、今回限りはどうかお願いしたい。アリシアを───俺達の大切な仲間を一緒に助けて欲しい」
謹厳実直。探索者の頂点にいる男がその場にいる全員に見せたその姿は異様に思えて、それと同時に彼の為人がしっかりと見て取れた。
この行き過ぎた迄の誠実さが、彼をSランクへと押し上げたのだろう。ああ言った人間には善し悪し問わずに多くの人が集まる。それをカリスマとでも言うのだろう。
周りにいた探索者達の士気がさらに上がる。今の言葉で闘志を燃やさない探索者はいないだろう。完全に〈聖なる覇者〉を押し上げる雰囲気だ。
「それじゃあ、今回の捜索の流れについて説明していこうと思う────」
挨拶も程々に、アトス・ブレイブが大まかな流れを説明する。
大迷宮に入ってからの決まり事、捜索中に発見したドロップ品、モンスターとの戦闘で生じる報酬の取り分。後で諍いの種にならないように事細かに取り決めをして、それらを全員でしっかりと共有していく。
基本的には過去にあった捜索作戦の取り決めを流用。そこから更に双方に不利益が生じないように
そんな説明の中で、こんな処置も結構起こることだった。
「大迷宮に入る前にこの45人をさらに5人一組のグループに分ける。既に5人組パーティーで参加してくれている探索者はそのままで、人数が不足しているパーティーにはそれぞれウチのメンバーが入る」
それはその日会ったばかりの探索者と即席でパーティーを組むことだ。
「5人ってことは、私たちのところには二人来るってことですよね?」
「そうだね」
「まあ、こういう捜索隊ではよくある事だな」
アトス・ブレイブの説明を聞いて隣のルミネが不安そうに顔を暗くする。グレンはなんと言うか慣れている感じだ。
捜索の効率化を図るためにも、45人が全員一緒に大迷宮の中を歩き回る訳にも行かない。その為、一定数のグループを作って満遍なく迅速にその階層を捜索することになる。
この即席パーティーはそういった意味があるのだ。
───ルミネが不安がるのもわかるけど、僕たちがこれから行くのは〈深層〉だ。戦力はいくらあっても困らない。
「説明は以上。グループ内で顔合わせを済ませた後、5分後に大迷宮へと向かう!」
アトス・ブレイブが説明を終えると、少し緩慢な空気が訪れた。
所々で〈聖なる覇者〉の構成員が人数の不足しているパーティーへと合流して、挨拶をする声が聞こえてくる。
例に漏れず、僕達も人数が不足しているパーティーであり、直ぐに二人の探索者が近くに寄ってきた。
「初めまして!同じパーティーを組ませてもらいます、魔術師のメリス・ルーウィットです!」
「…………」
最初に溌剌と挨拶をしてくれたのは、歳の頃はルミネと同じくらいの少女だった。片口で切りそろえられた紺色の髪に、少しダボッとした紺色のローブ。両手には大事そうに錫杖を持っていた。
「えと、こっちは
「…………」
そして、隣で不機嫌そうに立っているのは
───初対面から嫌われてる?
そのあからさまな態度に隣のルミネとグレンが眉間に皺を寄せていた。反対に僕と魔術師のルーウィットさんは気まずそうに空笑いを浮かべる。
初対面でいきなり険悪な雰囲気、ましてや喧嘩をするのは嫌だった。
「こちらこそよろしくお願いします。テイク・ヴァールです。一応、このパーティーのリーダーをしてます」
「……ルミネ・アドレッド、です。スキルでの
「
僕達も簡単に自己紹介を済ませて、友好的なルーウィットさんと握手を交わす。その際に小声でこんなことを言われた。
「ウチのガルフがすみません……普段はあんなにつっけんどんしてないんですけど、ココ最近ずっと機嫌が悪くて……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。今回こんなことがあったばかりですし、気が立っているのはしょうがないです」
「そう言って貰えると助かります〜」
僕の返答にルーウィットさんは心底安心したようにホッと胸を撫で下ろす。そんな僕達のやり取りを
そしてその不機嫌な顔をさらに歪めると僕の方に詰め寄ってくる。
今にも殴りかかってきそうな彼に、ルミネとグレンは迎撃しそうな勢いで身を乗り出すがそれを何とか制す。
僕の目の前まで来たガルフさんは僕を射殺さんばかりに眼光を鋭くさせて言い放った。
「はっ、気に食わねぇな。俺みたいなザコなんて眼中に無いってか?ああ!?
「ちょっとガルフ!!」
「少し黙ってろメリス。俺は今こいつと話してる」
同じパーティーメンバーの不躾な態度をルーウィットさんは咎めるが、件の彼は全く気にした様子もない。
「最近色々なところで活躍してるからって調子に乗ってる見てぇだな?ウチのリーダーにあんな態度取っておいて謝りもせずに、平然とここにいる。しかも、探協長のご贔屓さんと来たもんだ!そりゃあ調子に乗るわけだ!」
「それは……本当にすみませんでした。先日のアトス・ブレイブさんの件は謝ります。あれは僕が悪かったです。それと……贔屓って、なんのことですか?」
「はっ!とぼけんじゃねぇよ。わかってんだろ?お前みたいな最近で出てきたポッと出がこの捜索隊に選ばれるはずがねぇだろうが。つまりはアレだ。お前は特別推薦枠ってやつだそうだぜ?
ははぁ……そんなすごい御仁と同じパーティーを組めるなんて恐悦至極にございます。どうか、足を引っ張らないように気をつけてくれるとありがたいですねぇ〜」
煽るようにそう言うとガルフさんは僕から離れて不機嫌そうにそっぽを向いた。
───これは取り付く島もないな……。
嫌われている? と思っていたのはどうやら勘違いでは無いらしい。本当にこれはまた相当なヘイトを買ってしまった。
それに色々と知らない話も聞こえてきた。今は彼のあの態度を怒るよりもそっちの方が気になって仕方がない。しかし、両隣の二人はそうはいかないらしい。
「……テイクくん、なんなんですかあの人?やっちゃってもいいですか?いいですよね?」
「いやぁこれはまた威勢がいいのが来たな。ウチの大将をここまでコケにしてくれるとは……」
気がつけばルミネとグレンは鬼の形相でガルフさんに突っ込もうとしていた。一触即発な空気にルーウィットさんは平謝りしていた。
「すいません!ほんっとうにすいませんっ!!」
「えーっと……まあ、気にしてないと言ったら嘘になりますけど、僕は大丈夫です。ルミネとグレンも落ち着いてね?」
こうして即席パーティーの顔合わせは何とも雲行きの怪しい感じで行われた。
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