第118話 決意

 探協長ガイウス・ルイズベルトの「解散」の一言で、かなりの人数になっていた探索者達の野次馬は三々五々散っていく。


 探索者協会の出入口や前の外に座り込んでいた〈聖なる覇者〉の一団も主要メンバー以外は治療院へ運ばれていく。

 探協長ガイウスもアトス・ブレイブら数名を探協の奥へと案内するとその場を後にした。


 そして、さっきの異常な人口密度とは打って変わってその場には僕達だけが未だに取り残されていた。


「テイクくん……」


「テイク、俺達も行こう」


「……うん」


 少し遅れて僕達もその場を離れて、そのまま探協を後にした。


 当初の予定通り、僕達は〈セントラルストリート〉へと赴いて、探索で必要な道具類の買い出しをしようと出店を眺めながら進んでいく。


「……」


「……」


「……」


 しかし、その間に会話は特になく。買い物を楽しむような気分にはなれなかった。

〈セントラルストリート〉の雑多で明るい雰囲気が妙に浮き彫りに感じて、まともに出店を見る気も起きてこない。


 頭の中を巡るのは先程の〈聖なる覇者〉の話と、今も大迷宮で一人で取り残された幼馴染の事だ。

 頭に登っていた血は完全に引いた。今は衝動のままに行動するほど冷静さも失っていはいない。


 探協長ガイウス・ルイズベルトの判断に疑問や納得がいっていない訳でもはない。

 寧ろ、万全を期し確実に彼女を助けるのならばあれが今は最善だろう。


 ───僕一人が特攻したところで、どうこうできる問題じゃない。


 ここまでで強くなった自覚はあるが、だからと言って自惚れるつもりはなかった。


 それでも心は焦る。

 早く助けたい。無事であってほしい。死なないで欲しい。無数にそんなことを考えてしまって、生きた心地がしない。


 ───やっぱり今すぐにでも助けに行きたい。


 なんて、思いが溢れそうになって、不意に腕が掴み取られる。


「何処に行くんですか?」


「……え?」


 グイッと勢いよく引かれた方へ振り向くと、そこには今にも泣き出してしまいそうに悲しげな表情をしたルミネがいた。


 そして、すぐ横にいたグレンが呆れたようにため息を吐いて口を開いた。


「そっちは大迷宮、俺たちが今から行くの場所とは逆方向だぞ?」


「…………え?」


「まさか、無意識だってのか?」


「───あ……」


 グレンの指がさす方向を何度か視線で追って、そこで僕はようやく自分の足が無意識に大迷宮の方へと向かっていることに気がついた。


「こりゃあ相当キてるな」


「……ごめん。ちょっと考え事してた」


「…………」


 慌てて体の方向をルミネ達と同じに直して、誤魔化すように苦笑を浮かべる。


 グレンは「しょうがないな」と首を振って、ルミネは依然として僕の手を離さずにジッとこちらを見つめてくる。


「えーっと……ルミネ?もう手を離しても大丈夫だよ?」


「嫌です」


「へ?」


「嫌です」


 頑固として手を離さず、寧ろ一生懸命にルミネは僕の手を掴んでいる。

 そんな彼女にどうしたものかと困っていると、言葉が続いた。


「だって、この手を話したらテイクくんは一人で行っちゃうでしょう?そんなの絶対ダメです……!」


「いや、それは……」


「だな。ルミネ、がっちりとテイクの手を掴んどけ」


「グレンまで……」


 茶化すようなグレンだがその実、それは確かに僕を心配してのものだろう。


「わかりました!!」


「ちょっ!?ルミネ!?」


 グレンのGOサインでルミネは僕の手どころか腕をがっちりとホールドして離さまいとしてきた。


 急な密着に僕は情けなく狼狽えることしかできない。

 それをグレンは楽しそうに、ルミネも途中からはノリノリで、周りの通行人からは生暖かい目で見られてしまう。


「も、もう本当に大丈夫!一人で勝手に何処かに行こうとはしないよ!だからそろそろ勘弁してください……」


「くははっ!だそうだぞ、ルミネ?」


「嫌です!とりあえず後一時間はこうしています!!」


「……それは私欲マシマシの願望が入ってないか?」


「入ってます!!」


「おー、潔いいな。それならしばらくそうしてろ」


「はい!!」


「えっ!ちょ!?」


 そこで僕は気がつく。

 ずっと冷静だと、納得したと思っていたが、全くそんな事はなくて。二人にこんな心配を掛ける程に周りが見えていなかったのだと。


 カラカラと楽しそうにお腹を抱えて笑うグレン。途中から目的がすり変わっているようなルミネの力強いしがみつき。

 いつもと変わらない二人を見て僕はようやく全身の強ばりが本当に解けたような気がした。


 多分……いや、絶対に一人だったら僕はその事に気がつけなかったし、二人が危惧していた通りに突っ走って、自爆していたことだろう。

 だから、それを気づかせてくれた二人にはこれを言わなければいけない。


「二人とも……本当にありがとう」


「おう!」


「はい!」


 頼もしい笑顔で頷く二人の仲間。

 そう、僕は一人では無いのだ。今は頼れて、力強い仲間が二人もいる。一人で無謀に突っ込む必要は無いのだ。


 ならばこれも続けて言う必要があった。


「それとごめん。もうしばらく探索は再開できそうにない。

 彼女を───アリシアを助けに行きたいんだ。ルミネ、グレン、二人とも手伝って欲しい…………いいかな?」


「「もちろん!!」」


 不安になって最後は尻すぼみに勢いが沈んでしまうが、二人はそれを気にせず僕の言葉を掻き消す勢いで答えてくれた。


「ありがとう」


 気持ちを入れ替えて、覚悟を改める。


 ───絶対に助けてみせる。


 心の中で僕は誓う。もう間違うことはしない。


 気がつけば今まで燻っていた焦りや怒りが和らいでいたことに気がつく。

 少しだけ肩の荷がおりた。そう思えるだけで、精神的にはだいぶ楽だった。


 賑やかな〈セントラルストリート〉を三人で並んで歩く。

 三日後の捜索作戦前に僕たちの気持ちは一つになった。後は万全に準備を整えてその日を待つだけだ。

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