第117話 勇者の説明

 アトス・ブレイブから語られた今回の〈階層更新失敗〉の経緯。それを聞いてその場にいた全員が言葉を失った。


 曰く、58階層から59階層へと至るための階層更新を成功させた〈聖なる覇者〉は様々な条件を加味して59階層の攻略も続けて行うことにした。


 新たに切り開いた未開の階層───59階層は前の58階層と変わらず洞窟型で、出現するモンスターも前階層とさして変わりなかったそうだ。


 当初は慎重に進めていた攻略も、気がつけば順調に。彼らは特質した問題もなく、59階層の奥へと進んで行った。このままあと少しで次の階層への通路が見えてくるかもという所まで探索は進んだ。しかし、そこで問題が発生した。


 突如として何者からによって襲撃を受けたのだ。無数の魔法やスキルによる強襲。〈聖なる覇者〉の面々は不意を突かれ、混乱した。すぐに彼らは状況の把握に努めようと動き出した。最初はモンスターかと思ったが斥候のスキルの探知による反応は皆無、逆に深層という場所で感知するには明らかに不自然なモノを感じ取った。


 その不自然とは「人」の気配。彼らの前に現れたのは一人の人間だった。その人間は全身を薄汚れたローブで包み、フードを目深に被って明らかに怪しかった。その怪しさと「どうしてここに人間が?」と言う違和感に〈聖なる覇者〉の全員が警戒心を高める。


 それでも彼らは最初に友好的に会話を試みた。もしかしたら何かしらのイレギュラーで深層に迷い込んだ行方不明者の可能性もあったからだ。


 一人の盾役タンクの重戦士がローブの人物へと話を訪ねようとしたらしい。だが、ローブの人物からは返答が無かった。次の瞬間、朗らかな笑みを浮かべて声を掛けた重戦士は大量の血を吐いて宙を舞っていた。


 そんな突拍子のない光景に、その次にはアトス・ブレイブは臨戦態勢の指示を飛ばした。不気味な笑みを浮かべて殺気を放つローブの人物に彼らは即座に戦闘に入った。


 結果として彼らは全滅一歩手前まで一人の人間に追いやられる。全く手も足も出ず、圧倒的だったらしい。


 このままではいけないと、〈聖なる覇者〉は転移結晶による撤退を図る。何とか不意を突き、転移結晶を起動。そのまま無事に全員が逃げられると思った。


 しかし、なんのイタズラかその緊急転移にアリシアだけが乗り遅れた。一度起動した転移結晶は止めることが出来ず、そのまま彼女だけを深層へと取り残して〈聖なる覇者〉は地上へと帰還。


 そして現在へと至る。



「これが俺たちの攻略の顛末です……」


「謎のローブ……」


〈アトス・ブレイブの説明を受けて、探協長───ガイウス・ルイズベルトは深く思考の渦に耽る。


 今まで騒がしかった野次馬の探索者たちもその鳴りを潜めて、愕然とするしかない。

 他の〈聖なる覇者〉のメンバーはその時の記憶がフラッシュバックしたのか、恐怖し震えていた。


 一気に場に重苦しい空気が漂う中、アトス・ブレイブの話を聞いた僕も少しだけ冷静さを取り戻していた。


「……ごめん、グレン。もう暴れたりしないよ」


「お、おう……」


 依然として僕が暴れないように制してくれていたグレンに謝って、自分の足でしっかりと立つ。


 彼女がここにいない理由。単身、大迷宮グレイブホールに取り残された訳。それは転移結晶により不慮の事故であると。アトス・ブレイブ自身も決して彼女を見捨てたわけでないと分かると、この湧き上がった怒りの矛先をどこに納めればいいのだろうか。


 ふつふつと底の方で燻り続ける怒りを完全に沈める方法など、今の僕は持ち合わせていない。


 ───どうして彼女が……!!


 そう思うだけですぐにでもソレは爆ぜて、暴れだしそうだった。

 しかし、冷静になりつつある思考でそれを無理やりに押さえつける。


 今ここで喚き散らしても意味の無い事だ。

 大事なのは今の話を受けて、これからどうするべきかなのだ。


 ───助けに行かなきゃ。


「……」


「て、テイクくん?」


 身体は勝手に動き出す。

 心配そうに僕の傍に居てくれたルミネは急に何処かへ行こうとする僕の手を慌てて掴み取った。


「……何処に行くんですか?」


「……」


「ちゃんと行く場所を言ってくれるまで、私はこの手を絶対に離しませんからね」


 確固たる意志を持ってその翡翠色の双眸でこちらを射抜く。


 その手を振り払うことは容易だった。でも、今ここでそんなことをすれば僕は本当の屑に成り下がるだろう。


 だからと言って、正直にこれから向かおうとしている場所を話して、彼女は快く見送ってくれるはずもないだろう。


「……」


 勢いよく飛び出そうした足はしっかりと停止する。

 ルミネに何と言うべきか悩んでいると、アトス・ブレイブの必死な声が聞こえてきた。


「探協長……どうか、すぐにでもアリシア救出の捜索隊を編成してくれませんか?」


「っ!!」


 その言葉に僕の意識は完全にそちらに向く。

 未だ、アトス・ブレイブは床に座り込んで意気消沈しているように見える。しかし、チラリと見えた彼の瞳は先程のような弱気は感じられず、何か強い決意が感じ取れた。


「今回、このような失態をしてしまったパーティーが何を言っているのかと思われるかもしれませんが、それでもどうかお願いします。彼女は───アリシアは俺たちの大事な仲間なんです……!」


「ふむ────」


 よろめきながら立ち上がったアトス・ブレイブは探協長ガイウスに詰め寄って懇願する。

 そんな彼の態度を見てガイウスは低く唸るとまた考え込む。


 沈黙が流れる。

〈勇者〉の嘆願に対して探協長の答えは如何なるものか。それを聞き逃すまいとそこにいる全員が耳を済ませた。


無理だ」


「っ!!」


「探索者っ!!」


 しかし、協会の長であるガイウスは〈勇者〉の頼みに対して首を縦には降らなかった。

「どうして!?」と直ぐにでも理由を問いただしたかったが、続けられたガイウスの言葉に止められる。


「落ち着きたまえ、アトス・ブレイブ。私は「今すぐには無理だ」と言ったんだ。

 少し時間が欲しい。こちらでも色々と状況把握やそれらの精査をしたい。それに君たちの休養も必要だ。今のまま焦って行動に出ても良い結果は獲られないだろう」


「っ……!」


 ガイウスに諭されたアトス・ブレイブは彼から距離をとると、気を落ち着けるように深呼吸をする。


 それを見てガイウスは「良し」と頷くと、周りにいた探索者に大きな声で宣言した。


「明日から〈聖なる覇者〉アリシア・リーゼの捜索志願者を2日にかけて募る!それらを編成し、翌日明朝に大規模捜索を執り行う!

 詳しい詳細は明日、追って通達する。是非、諸君らの力を貸して貰いたい!」


 周りを引き込むようなその声に探索者達は雄叫びにも似た大声を上げる。

 次いで、ガイウスの鋭い視線がこちらに向いたような気がした。


「この件に関しては完全に探索者協会が取り仕切って行く!くれぐれも、変な気を起こして自分勝手な行動は慎んでくれ」


「「「おう!!」」」


「……」


 気がしたのではなく、確実に彼は僕に対して釘を刺す意味で一瞥くれた。

 僕は妙な居心地の悪さを覚えて、ゆっくりと強ばっていた体の力を緩めていく。


「以上だ!さあ、解散だ、解散!!」


 協力ムードな一体感が場に生まれると、ガイウスはそう言ってこの騒ぎを締めた。

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