第115話 違和感
すっかりと笑い疲れてしまい、息も絶え絶え。そんな僕をグレンとルミネは恨めしそうに見てくる。
悪気が無かったとは言え、流石に笑い過ぎたとは自覚していた。
なので二人に誠心誠意謝り、ここの支払いを全部持つことで何とか二人の機嫌を取る。
仕返しのように二人は店員にあれやこれやと注文をして、注文を取ってくれた女性の店員はそれを見て可笑しそうに笑っていた。
そして、新しく届いた飲み物と軽食を二人が美味しそうに摘むのを見て、僕は態とらしく一つ咳払いをした。
「ゴホン……それで、今後のこと───探索再開の話だったんだけど……」
「───おん」
「───ふぁい」
もぐもぐと口いっぱいにサンドイッチとパンケーキを頬張っている二人を気にせずに僕は言葉を続ける。
───この態度も今は甘んじて受け入れよう。僕も悪かったのだし……。
「全員が五体満足で復興作業も終わったことだし、探索の再開は二日後にしようと思うんだけどどうかな?」
「これからすぐには潜らないのか?」
二つ目のサンドイッチへと手をかけたグレンが、「意外」と言わんばかりに聞いてくる。どうやら、僕の事だからすぐに大迷宮に行くと思っていたのだろう。
気持ち的にはすぐにでも大迷宮での探索を再開したいところなのだけれど、諸事情によりそういうわけにもいかない。
「本当はそうしたいんだけどちょっとね……」
「何かあるんですか?」
「今、装備を全部ヴィオラさんの所に預けてるんだよ。この前の戦闘だけで相当消耗しちゃったし、メンテナンスにね」
「ああ、なるほど」
「ヴィオラさんも忙しいみたいで、装備が出来上がるのが明日の夕方なんだよね。だからちょっと待って欲しいんだ」
再開日程の理由を聞いて納得するグレンとルミネ。その間も彼らの手と口が止まることは無い。
「それは全く構わないぜ。そんじゃあ二日後だな」
「うん」
「久しぶりの探索……腕が鳴りますね!」
あっさりと探索再開の日程が決まり、再び緩やかな時間が流れる。
パンケーキの最後の一切れを名残惜しそうに頬張るルミネをぼんやりと眺めていると、彼女と視線が重なった。
ニコリと微笑むルミネを見れば、パンケーキの一枚や二枚、奢ることなんて訳無い。
「……」
残り僅かになった飲み物を一気に流し込み、これからどうしようかと考えに耽る。
ルミネとグレンは頼んだ物を既に平らげているし、場の雰囲気的に飲み物のおかわりを貰う気にもならない。
───探索は二日後で、装備は明日できあがる……。
このままカフェテリアで駄弁っているのも楽しいが、次の探索の事を考えるとテンションが上がってじっとしてもいられない。
───探索者の性ってやつなのかな……それなら───。
今できる事をするだけだった。
不意に席から立ち上がって、凝り固まった身体を解すように大きく伸びをする。
そんな僕を見てグレンが口を開いた。
「なんだ、もう行くのか?」
「うん。次の探索の事を考えてたらじっとしてられなくてさ。道具の補充がてら、セントラルストリートをぶらつこうかなって」
「───そういや俺もポーションのストックが切れそうだったな……」
「テイクくん、私もついて行っていいですか?」
「もちろん」
席に付いていた二人も立ち上がると、そのまま伝票を持って僕は出入口の方へと歩く。特に躓くことも無く会計を済ませ、カフェテリアを後にした。
相も変わらず探索者協会の中は閑散としている。いや、先程よりは少し人が増えただろうか?
なんて、考えながらそのまま探協を出ようとしたところ、入口の前が騒がしいことに気がつく。
「なんでしょう?何かあったんですかね?」
「さあ……?」
建物の中に人がいないのに出入口には小さな人集り。その光景はちょっと変で、引き寄せられるように足が人集りへと寄る。
「おい!大丈夫か!?」
「誰か職員呼んでこい!!」
「おいおい、マジかよ……」
「酷いケガだ……」
人集りからは慌てた声が飛んでいた。それだけで、何か異常事態が起きているのだと察しがつく。
「ルミネ」
「はい!」
隣の少女と目配せをして人集りをかき分ける。
人集りの中心地へとたどり着けば、そこには酷い傷を負った数人の探索者が床に座り込んでいた。
それを見たルミネは素早くスキルで治療に取り掛かる。
怪我人はそこにいるので終わりではなく。外には更に倍の数、満身創痍の探索者達がいた。
大迷宮帰りの探索者───この惨状を見るにその結果は散々だったのだろう。
「回復をありがとう……俺はもう大丈夫だから他の仲間をお願いしたい……」
「はい、わかりました!」
ルミネに回復してもらって感謝する一人の探索者。ルミネ自身は治療していた彼を大して気にした様子もなかったが、僕はその聞き覚えのある声に反射的に振り返る。
振り返った先には未だに床に座り込んだ一人の探索者。しかし、ルミネの治療のお陰で深い傷は塞がり始めており、最初よりも呼吸は整っている。
「あなたは───」
無意識に言葉が吐いて出た。
───どうして直ぐに気が付けなかったのだろう。
勇ましく輝く金の髪と紫紺の瞳。端正に整ったその顔立ちは都市に住む女性たちを一瞬で魅了してしまうだろう。その名に相応しく目の前の彼は勇気ある者で、常に全探索者達の先頭を進む存在であった。それは誰もが認める最強パーティー〈聖なる覇者〉の長を務める探索者。
「───アトス・ブレイブ……」
酷く疲弊した様子で探索者協会へと転がり込んできたのは、その場にいる誰もが予想もできなかった一団であった。
「ッ……!」
咄嗟に目の前の〈勇者〉から視線を外して、辺りを見渡す。
普段ならばこんな近くで見なくとも、そこに彼らがいるだけですぐに気がつける。それは昔からの癖のようなもので、彼らがこの迷宮都市では良く目立ち、英雄的な存在だと言うのもあるけれど、そこに彼女がいたからだ。
───いない?
嫌な違和感が全身を襲う。
いつもは直ぐに見つけられる、吸い寄せられるはずの彼女がどれだけ探しても今は見当たらない。
次第に焦る気持ちを落ち着けようと目の前にいる男へと意識を戻して、彼女の居場所を問いただそうとする。
しかし、それは次の彼の言葉で遮られた。
「───すまない……アリシア……」
果たして、その悔しげに放たれた言葉の意味はなんなのか。
か細く放たれたその一言で、僕の頭の中は真っ白になっていった。
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