第114話 習性

 二週間にも及ぶ復興作業の甲斐あって、当初の頃と比べて迷宮都市は元の姿をすっかり取り戻していた。


 まだ細かい作業はありつつも、殆どの人がいつも通りの日常を享受できるようになってきた頃。僕も約一週間に及ぶ強制労働が終わりを告げて、晴れて自由の身になった。


 ここ最近は朝から晩まで働き詰め。録な休みもなくて日々が忙殺されていた。

 久方ぶりに惰眠を貪り、体の調子はすこぶる良い。


 特に今日の予定などはなかったが、間借りしてる部屋を出て、陽の光でぽかぽかと照らされた〈セントラルストリート〉を歩く。


「ふわぁあ……」


 だらしなく欠伸をして向かう先は一つ。探索者協会だった。

 まだ探索再開の目処は立っていないが、探索者の性とでも言うべきか、外に出て「何処へ行こう?」と考えた時にまっさきに浮かんだのはそこだった。


 歩き慣れた道をのんびりと進んでいけば、いつの間にかその建物は見えてくる。


 例に漏れず、探索者協会も祭典での騒動で被害を受けており、その立派な作りの外観も今はツギハギ修繕で不格好だ。

 眼前に聳え立つソレを随分と懐かしく思いながら、慣れた足取りで大きな扉を潜る。


 やはりと言うべきか、建物の中は閑散としていた。ちらほらと装備を着込んだ探索者を見かけるが、それでも常時に比べると少ない。それどころか受付カウンターや、その奥で在中しているはずの職員の姿も疎らだ。


「職員はまだ外に駆り出されるのか……」


 それも当然と言えば当然か、今回の復興作業は探協と憲兵団の二つが主導で動いている。迷宮都市に住む殆どの人が今回の作業に駆り出されていたので、必然的に本来の探協での仕事は少なくなり、外の現場仕事がメインになる。その為、探協に在中している職員は最低限になっているのだろう。


 普段では絶対に感じることの出来ない、そのゆったりとした独特な雰囲気。いつもはキッチリとしている職員もこの時ばかりは暇そうに欠伸なんかをしていた。


 そんな珍しい光景を横目に僕は真っ直ぐに掲示板の方へと向かった。


 ───さて、この二週間で大迷宮は何か変化があったかな?


 広々と壁に掛けられた大きな掲示板には、相も変わらず雑多に様々な用紙が張り出されていた。しかし、そのどれもが二週間前に張り出されたものばかり。直近のものでも一週間前と、随分と掲示板の更新が成されていなかった。


「まあ、当然と言えば当然か……」


 流し見しながら独り言ちる。

 通常ならば異様な光景も、ここ最近のことを考えれば納得であった。


 基本的に都市にいた探索者はずっと探索をしていなかったのだ。加えて探協の方も現場の方にかかりきりで掲示板の更新をする暇もない。何なら更新するほどの情報も集まっては来ない。


 この掲示板の状況は必然であった。


 しかし、そうは言ってもあまりにも何も無さすぎる。

 久しぶりの探協で若干テンションが上がっていたのに、これではそんなテンションも盛り下がってしまう。


「……」


 途端にやることが無くなる。

 元々、目的があってきたわけではなかったが、もう少し掲示板で時間が潰せると思っていた。これは予想外であった。


 さてどうしたものかと意味もなく掲示板の前で考え込む。周りを見回して知っている顔が居ないか探すが、当然ながらそう上手く見つかるはずもない。


 ───シリルさんも外に出てるよな……。


 随分と顔を見ていていない職員のことを考える。この閑散さだ、ベテラン職員の彼女こそ、何かと引っ張りだこで忙しいだろう。


 少し残念に思っていると突然、下の方からグゥ〜と間抜けな音が聞こえてきた。


 ───そういえば今日は朝食を食べそびれたんだった。


 その音の発信源が何処かなのかはいうまでもなく自分の腹だ。


 今まで全く気にしていなかったのに一度自覚すると無性に空腹感がやってくる。

 僕は掲示板を後にして、次の目的地を定めた。


「やっててよかった」


 この探協内の雰囲気に営業しているか不安ではあったが、中に併設してあるカフェテリアはいつものように「OPEN」と描かれた札をドアに掛けていた。


 何とか食べ物にありつけることに安堵して、店内へと入り込む。瞬間、鼻を抜ける珈琲の落ち着いた香りがした。

「お好きな席へどうぞ」と言う男性店員の声で店内をぐるっと見遣る。


 いつも通り……と言っていいのか、カフェテリアの方も閑散としており、席は選びたい放題であった。


 ───さて、どこにしようか?


 無意識に奥の窓際の席へ流れようとすると、そこには先客がいた。


「「「あ」」」


 呆けた声が重なる。

 その席を陣取っていた2人組と目が合い、少しだけ変な静寂が訪れる。しかし、気まずいという訳では無い。何故ならその席を陣取っていた二人は別に見知らぬ人と言う訳でもないのだ。寧ろその逆であった。


「おはよう。偶然だね、ルミネ、グレン」


 実に約一週間ぶり、久方ぶりに再会を果たしたエルフの少女と、灰人エンバーの青年に挨拶をする。


「おはようございます!テイクくんももう復興のお仕事はお終いですか?」


「うん、ちょうど昨日ね」


「もう体調は問題なさそうだな」


「お陰様でね」


 ルミネに手招きされてその席へと混ざる。

 席に着いた僕を見かねた店員が注文を取りに来て、適当に飲み物とサンドイッチの軽食を頼み終えるとグレンが口を開いた。


「奇しくも三人、同じタイミングだったわけだ」


「え?」


「私とグレンくんも昨日でお仕事がお終いだったんです。それでたまたまここに来たらばったり会って、それでせっかくだから軽くお茶をしてたんです!」


「何となく、ここに来ればテイクに会えるような気がしてさ」


 可笑しそうに笑うグレンとルミネ。

 どうやらタイミングが良かったらしい。


 グレンの言葉通り、奇しくもパーティー〈寄る辺の灯火〉の全員がこのカフェテリアへと集まった。示し合わせたわけでは無いのに、探索者協会のカフェテリアでばったり出くわすなんて……実に探索者らしい。


 そう思うと、僕も二人につられてクスクスと緩い笑みが零れた。


 久しぶりということもあり、積もる話があった。頼んだ飲み物とサンドイッチが届くのを見て、僕達は窓から差し込むじんわりと暖かい陽の光を浴びながらお互いの近況を話す。


「やっぱり治療院の方は大変だったみたいだね」


「はい、次から次へと患者さんが流れ込んできて……もう本当にてんてこ舞いでした」


「それを考えると現場仕事の俺たちは全然楽な部類だな」


「だね」


 全員がこの二週間は朝から晩まで馬車馬の如く働いていた。特にルミネは治療院の方で色々とあったらしい。

 そんな話を聞かされれば僕とグレンの現場での仕事が可愛らしく思える。


 脳裏に殺伐とした治療院を思い浮かべてると、無意識に眉根が曲がっていまう。

 そんな僕の反応を見て、ルミネは可笑しそうに微笑んだ。


「大変でしたけどその分、凄く良い経験にもなりました。

 さっき、ステータスの鑑定をしたらレベルが3から4にアップしていたんです」


「え!そうなの!?」


「はい!」


 鑑定結果が書かれた紙を取り出して僕にそれを見せてくれるルミネは嬉しそうだ。


 そんな彼女を見て僕は驚きを隠せない。ほんの数ヶ月前まで駆け出しの探索者だった彼女がいつの間にか中堅クラスのレベル4までレベルを上げた。その急成長ぶりに開いた口が塞がらない。


 レベルアップに個人差はあれど、駆け出しの頃の自分と比べると天と地ほどの差だ。

 ルミネの探索者としての才能とポテンシャルは予想していたよりも高いらしい。


 改めて、ずらりと並んだ彼女の能力値を眺めているとグレンが言葉を続けた。


「ああ、そういえば俺も久しぶりに鑑定してみたらレベルが上がってたわ」


「ええ!!グレンも!?」


「レベル5で打ち止めかと思ってたけど、気がつけばレベル6になってた。これには自分でも驚いた」


 なんでもない事のように放たれたグレンの言葉に僕の目は再び見開かれる。


 何しろグレンはその「レベル」が原因で〈常闇の翔〉を追放させられたのだ。今思えばそれが単なる理由付けで、真意はもっと別のところにあったのだとしても、グレン自身はこの「レベル」を随分と気にしていた。


 その事を知っている身からすると、彼の今しがたの報告はとても喜ばしい事だった。


「そっか……本当に……おめでとうグレン!」


「おう。ありがとうな」


 グレンは清々しそうにその表情を破顔させる。憑き物が取れたようなその雰囲気に、この二週間で色々と心の整理が付けられたのだろう。


 不意にカルナの事や捕まった〈常闇の翔〉の人達の事が口をついて出そうになったが、何とかそれを飲み込む。


 ───もう過ぎたこと、終わったこと、グレン自信がそう割り切ったのなら僕から何か言うことは無い。


 頭に浮かんだ考えを振り払うかのように僕は行儀悪くサンドイッチを頬張りながら口を開く。


「それにしてもそっかぁ、二人ともレベルアップしてたのかぁ……」


 これで僕もレベルの一つでも上がっていれば締りが良かったのだが、現実はそんなに上手く行かない。


 ───あの激闘を経験してレベルが上がるどころか、ステータスの称号欄に変な空白が出来ただけだったし……。


 少し拗ねたようにサンドイッチを貪っていると目の前の二人は今度は声を出して笑う。それに僕はジト目を向けた。


 恨めしそうな視線に気がついたグレンは慌てたように謝る。


「いやいや、悪い。別にバカにしてるわけじゃないんだ。寧ろ逆だよ。なあ、ルミネ?」


「はい!!」


「……逆?何が?」


 訝しむ僕にグレンは笑うのをやめて言葉を続けた。


「レベルが一つ上がった。それって前の自分よりも強くなれたってことだよな?」


「そうだね」


「つまり、これで俺たちはまた一つ、テイクに近づけたって訳だ」


「……え?」


 グレンの言葉に僕は首を傾げる。


「また一つ近づいた」その言葉の意味を捉えきれない。

 だってグレンはレベル5の僕よりも一つ上の高みへと至ったということだ。その場合、今の表現はおかしいだろう。


 依然として納得いっていない僕にグレンは口を開いて付け足す。


「おいおい、たかがレベルが一つ上がったくらいで俺はお前より強くなったつもりなんて毛頭ないぜ?てかそんなことで思い上がれるかってーの!」


「???」


「はあ……自覚症状ナシか。つまりはアレだ!俺たちからしてみればテイクはレベルとか能力値とかを度外視して強い存在なんだ。この前、カルナと戦った時も思ったが今の俺たちじゃあテイクのお荷物もいい所なんだよ。だから少しでも強くなって俺たちはお前に追いつきたいわけだ───と言うか!!」


 説明を終えたグレンは「キッ!」と目を剥くと机を少し強めに叩いた。

 それにビクリと体を震わせて、眼前に指された人差し指を見て呆ける。


「わざわざこんなこと言わせるな!謙虚なのは良いと思うが、それも度が過ぎるとどうかと思うぞ?もっと自覚を持て!」


「じ、自覚と言いますと……?」


「だから!お前は俺らのリーダーで!三人の中で一番強い───つまりは最高火力アタックホルダーだって言う自覚だ。なあ、ルミネ!?」


「そうですそうです!!」


「は、はい……?」


 捲し立てる二人に気圧されて、半ば無理やり頷く。


最高火力アタックホルダー


 探索者にとって花形であるその役割を自分が担ってもいいのか、少し……いや、かなり疑問に思ってしまう。だが、目の前の二人はこのことを全く疑った様子もない。


 ───嬉しいな。


 徐にそんな暖かい感情が湧き上がった。

 未だにわあわあと何かを力説している二人を見ていると、今度は僕が笑ってしまう。


「はは………あはははははははっ!」


 さっきの意趣返しのように僕の笑いは止まらない。


「な、何がおかしいってんだ!?今はテイクの方が強いかもしれないけど、直ぐに追い越してやるからな!!」


「私だって!テイクくんには「私が居ないと駄目だっ!」って思うほど強くなってやりますからね!!」


 火に油を注ぐように、ヒートアップしていくグレンとルミネ。僕は再確認する。


 ───ああ、二人が仲間になってくれて本当に良かった……。


 閑散とした店内の一角が騒がしくなる。

 静寂を打ち破るかのようなその笑い声を咎める者は誰も居ない。


 しかして、変なツボに入ってしまった僕の笑いはなかなか収まりそうにはなかった。

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