第110話 VSカルナ・ブレンダ

 それは果たして人間と呼べるのか。


「───カルナ……」


 燃え盛る業火は迷宮都市を包み込んで、年に一度の祭典を混沌に包み込んだ。

 奇しくもそこはその祭典の中でも一番大きな特設会場が築かれた広場。本来の〈セントラルストリート中央広場〉である。


 辿り着いた先に広がっていたのは無数のモンスターと人間の死体。建物が崩れ落ちた瓦礫が無造作に転がって、ドス黒い血痕が飛び散っている。


 そこに佇むのは一人の人間……かどうかも疑いたくなる生き物。


「アァ……アァ……」


 譫言のような呻き声を上げて辺りを見渡すその生き物。

 辛うじて人の形を保ってはいるものの、その様子は人ならざるものだった。


 血走った眼光に荒れた呼吸。黒赤の斑点が身体の全身に這っており、頭や肩、太腿からは棘のような突起物が装備を突き破って露出している。右手に握られた直剣の刀身は血で塗られていおり、それだけでどれだけの人を殺してきたのかが分かる。


 変わり果てたかつての仲間の姿を見て、目の前の灰人エンバーの青年───グレンは一瞬だけ瞑目した。


「……」


 かける言葉はない。ただ、化け物に変わり果てようとしている仲間───カルナを悲しげな眼差しで見つめるのみだ。


 今のグレンの心境を推し量ることなんて、僕達には到底できない。

 最悪の形で別れたとは言え、元パーティーメンバー。グレンはまだ全ての過去を精算できたわけではなかった。


 そのことは何となく、彼の時折見せる言動なんかで分かっていたことではあった。そして、先程のレビィとの戦闘で確信した。


 目の前の男もまた狂っている。

 そんなのは見れば分かることだ。そしてこの男を止めなければ更に被害が広がることもまた。


 僕達のやることは決まっている。

 だけれどグレンはただカルナの前に立って動こうとしない。カルナもまた、グレンに焦点を合わせるとピタリと動きを停めた。


 数秒間の沈黙が場を支配した。

 激しく燃えた炎の弾ける音を遮るように口を開いたのはグレンだ。


「何してんだよカルナ……」


「……」


 カルナからの返答は無い。


「他のみんなはどうした?」


「……」


「どうしてこんなことを……」


「……」


 苦しげに、グレンは目の前の男に問いかける。だがやはり、カルナからの明確な答えは返ってこない。


 また一層と炎が激しく爆ぜた。のんびりと問答をしている時間は元から無い。

 グレンもそれは分かっている。だから、最後にこれだけ聞いた。


「レビィが死んだ……お前、レビィに何をした?」


「───」


 依然として言葉としての返答は無い。

 しかし、グレンの質問にカルナは歪に口角を引き攣らせて笑うと、それを返答にする。


「っ……カルナッ!!」


「殺スッ!!」


 合図だった。

 一定の距離で見合っていた二人はどちらとも付かずに地面をけって飛び出した。

 両者の抱く感情は憎しみ。しかし、その性質や根源は全くもって違う。


 血塗れた刃と連戦続きでくたびれた刃が激しく混じり合う。辺りに衝撃が走った。力の差は歴然だ。


「ウラァッ!!」


「くっ……!!」


 ぶつかり合った刃はすぐに離れる。

 微塵の拮抗もせずにカルナの膂力が勝り、グレンは後ろへ吹っ飛ばされた。


 グレンは剣を地面へと突き刺して勢いを殺した。何とか受け身を取ってダメージを最小限に抑えたが、それでも体勢を立て直すには時間を要する。その隙を見逃すほどカルナの理性は馬鹿になってはいなかった。


「死ネ……死ネェッ!!」


「っ……!」


 異様な速さで離れた距離を縮めたカルナは血塗れた剣を大上段に構える。

 防御は間に合わない。ただ目の前で起きる光景を眺めることしか出来ない。


 もし仮にグレンが一人で戦っていたのならば、彼はここで斬り伏せられたであろう。

 だが、今の彼は一人では無い。


 先程のようにグレンの戦いを傍観する気なんて僕と彼女には全くない。


「ッ!?」


「っ……馬鹿力め……!」


「テイク……!」


 ルミネからの強化バフを全開で受けて、僕はカルナの一撃を短刀で防ぐ。


 背後からは驚いたグレンの声が聞こえてくる。それに対して何か軽口でも返せれば良かったのだが、どうにもそういうわけにもいかないらしい。


 間一髪で防御が間に合ったのはいいものの、目の前の男の一振は予想以上の威力であった。

 辛うじて攻撃を受け止められてはいるものの、徐々に力負けしてきている。


 ───長くは持たない……!


 見切りをつけて僕は魔を帯びた声で放つ。


「───灯れ!」


 同時に上手いこと攻撃を去なして、僕とグレンはカルナとの距離を取った。

 カルナは追いすがろうとするが、それを僕の魔法が許さない。


「ッ!!」


 瞬間的に僕達と奴との間に分厚い炎の障壁が発現する。飛び込めば丸焦げ、障壁は湾曲してカルナの周りを包み込む。


「大丈夫ですか、グレンくん!」


「ああ、悪いルミネ!」


 一定の距離まで離れて、ルミネがグレンに治癒を施す。

 ある程度の外傷は回復できた。しかしそれでも、グレンは肩で息をして苦しそうだ。


 応急処置なので身体の中のダメージまで完璧に癒せない。だとしてもたった一撃で盾役タンクの彼がここまで重症を負うとは相当だ。


 ───連戦の影響もあるだろうけど……どうする?一旦グレンには回復に集中してもらうか?


「俺はまだ行ける。変な心配はするなよ?」


 僕の思考を読み取ったかのようにグレンが無理やりに笑みを作る。


「……うん。分かった」


 それに対してどう返答するべきか一瞬迷うが、それでもまた「一人で戦う」とは言わないよりはマシだと判断して頷く。


 この状況シチュエーションで退けるほどグレンの心境は単純なものなんかじゃない。その気持ちは理解できる。

 ならばこの場の無茶は見ない振りをする。


「ウォォオオオッ!!」


 やり取りも程々に、聞こえてきた雄叫びと同時にカルナを包んでいた炎が霧散した。

 足止めもそこまで、ここから本番だ。


「鑑定」


 歪なカルナの姿が視界に収まった瞬間に僕は奴のステータスを確認する。

 何となく結果はわかっているが、それでも確認せずにはいられなかった。


「……え?」


 しかし僕の予想はまたも裏切られる。


 ───────────

 カルナ・ブレンダ

 レベル7


 体力:9320/9320

 魔力:956/956


 筋力:9873

 耐久:9638

 俊敏:9425

 器用:9083


 ・魔法適正

 風


 ・スキル

【虚偽扇動】【豪剣 Lv3】【激破 Lv2】


 ・称号

 中毒者 選定者〈偽〉

 ───────────


 表示されたステータスの数字は異様に高いが普通に見ることができたからだ。


 さっき戦ったレビィと同様、この男も普通では無い。この事態に加担していることから、この男も何かしらの方法で異様な力を手に入れていると思っていたが……。


 ───称号が関係しているのか?見覚えのある称号もある……なんにせよ厄介なことに変わりない。


 疑問は尽きない。だが、思考に気を取られている場面でもない。今は敵のステータスをしっかりと見極めて戦闘に活かすべきだ。


 しかし、なまじ視覚化できてしまっている所為で頭が混乱する。


「来るぞテイク!」


「ッ!!」


 グレンの声で我に返る。

 気がつけば血塗れた刃が眼前へと迫っていた。


 袈裟懸けに切り込んでくるカルナ。迫り来る刃を反射的に受け止めた。

 鈍痛な衝撃が全身を伝って、危険を知らせてくる。顔を顰めて何とか耐え忍ぶが、やはり長くは持たない。


 何とか反撃に転じるべきだが……それは僕の役目では無い。


「ハ、ァアッ!!」


 大上段からグレンがガラ空きになったカルナの背後へと斬り掛かる。


 何にも阻まれることなくグレンの刃はその背中へと届く───直前、カルナは押し付けていた剣を退くと、器用に身体を拗らせてグレンの攻撃を掻い潜る。


 そしてそのまま流れるように回し蹴りの形でグレンの脇腹へと反撃までして見せた。


「うぐっ……!」


 今度は大盾でガードに成功するが、それでも衝撃は凄まじいもの。思わずグレンの膝は崩れそうになる。


 それをフォローするように僕も攻撃に転じるが、それも難なく防がれてしまう。


「くッ……」


「───」


 視線が交差する。

 気味悪く充血したその眼光からは理性は感じられない。なのにどうして目の前の男は冷静沈着に見えた。


 膂力、反応速度、戦闘勘、技術面……どれをとっても高水準。高いステータスを力にゴリ押しするのではなく、堅実に着実にしっかりと相手を詰めていく。


 それがカルナ・ブレンダという男の戦い方であった。


 このままでは何も出来ずに敗北する。その確かな直感に出し惜しみなどしている暇はないと判断する。


「───僕はお前をする!!」


『スキル【強者打倒】の発動を確認。捨てるステータスを選択してください』


 スキルの発動トリガーとなる言葉を叫ぶ。同時に聞こえてきた無機質な声に僕は続けて答えた。


「さっき拾った〈惨殺の悪魔帝エリミネーター〉のステータスを全部だ!!」


 次の瞬間、妙な脱力感が訪れたかと思えば、身体の奥底から活力が湧いてくる。それでスキルが発動したと分かる。


 ───これで大幅に奴のステータスを上回った。あとは真っ向勝負を仕掛けるだけだ!


「グレン!僕がカルナの注意ヘイトを買う!だからグレンは隙を見つけてカルナにトドメを刺して!!

 ルミネ!強化は全部グレンに!!」


「わ、分かりました!!」


「なっ……テイク……それは……!!」


 咄嗟に発した僕の指示にグレンは困惑した表情だ。

 普段の役割とは逆。つまり、このカルナ戦に於いて僕が盾役タンクをするという事。


 即席で行うにはギャンブルに思えるが、この場の最善策はこれだと僕は疑わない。

 今しがた確認した奴の能力値ではグレンには荷が重すぎる。ならば【強者打倒】で超強化をした僕が注意ヘイトを貰って、グレンに隙を突いてもらう方が良い。


「時間が無い!一気にこじ開けるから遅れないで!!」


 悠長に説明なんてしている暇は無い。【強者打倒】の発動時間も有限だ。確実にこの場で仕留めなければ行けない。


「はぁああああああああぁぁぁッ!!」


 短刀を構えて、予想よりも速く、僕はカルナへの懐へと肉薄する。

 瞬き一つで奴の眼前まで来れば一心不乱に攻撃を仕掛ける。


 盾役タンクと言えど、僕は防御に特化したタイプでは無い。盾を装備している訳でもないのでグレンのようにしっかりと敵の攻撃を受け切ることは出来ない。


 ───攻撃は最大の防御って良く言ったものだ。


 ならば敵に攻撃をさせる隙を与えないほどの連撃で撹乱。そこから大きな綻びを作って仲間にトドメを刺してもらう。


「はぁッ!」


「ッ!!」


 超強化によって攻防は一転。カルナは僕の怒涛の連撃に戸惑っている。

 右腕、左肩、右太腿、右脇腹……不規則に目に付いた隙を突いて刃を振り続ける。


 こちらの攻撃は既のところで届かないが、それも時間の問題だろう。カルナは次第に僕の速さに着いて来れなくなってきている。


 ───妙に刃を振る感覚が研ぎ澄まされている。どの箇所に、どのタイミングで攻撃を仕掛ければ良いのか手に取るように分かる。


 それは〈惨殺の悪魔帝〉から拾ったスキルのお陰か、今までよりも剣筋に鋭さが増している所為か、ついに大きな綻びを生み出す。


「貰ったッ!!」


「ウグァアッ!!?」


 炎によって照らされた刃は一筋の銀光を走らせて、流れるようにカルナの右腕を斬り落とす。


 ドス黒い血が宙を待って、汚い絶叫が耳朶を打つ。目の前の男は腕を斬られた衝撃によって大きくよろめき、明確な隙を作った。その隙を見逃さずに追撃を仕掛ける。


「ふッ!!」


 無防備になった胸部を下から斬り上げる。刃は装備を突き破ってしっかりと肌まで届くと、斑点が濃い不気味な胸が露出した。


 そのまま僕は一歩飛び退いて、最後の締めを仲間に任せる。


「グレン!!」


「───ああ!!」


 短いやり取りの後、入れ替わるようにグレンがカルナの懐へと躍り出た。

 彼はそのまま構えた剣を勢いよく振り抜く。


「傾注ッ!!走れ、鉄閃ッ!!」


 スキルによる強制注目、そして重ねてのスキルによる剣技アーツの発動だ。


 カルナは痛みで暴れていたのをピタリと動きを止めて硬直する。依然として切り開いた隙は健在。そのまま銀のオーラを纏い、一際大きくなったグレンの剣は奴の胸中を一突きした。


「────か、ハッ!!」


「……じゃあな、カルナ」


 短い吐血と短い別れの言葉。

 煌々と燃え盛る炎の中、静寂を切り裂いたのはその二つの声のみ。


 グレンが剣を抜けば、カルナは力なく地面に斃れる。そこでグレンはかつての仲間との戦闘を終えた。


「……」


 その場に呆然と佇む彼に対して僕達は何と声をかけるべきなのだろうか。


 気がつけば辺りにいた〈猟奇の悪魔バザール〉の姿は無くなっている。そして今まで頻りに辺りで響いていた悲鳴や慟哭などがなくなっていた。


 被害は収束へと向かっている。そう考えてもいいのか?

 現実味のないその感覚に不思議な気分になる。


 そんなことを考えているとグレンがこちらに振り返ってこちらに歩いてくる。


「待たせて悪い……行こう」


「……もう、いいんですか?」


「ああ」


 ルミネの質問にグレンは短く答えた。

 それ以上は何も言わずに彼はそのまま広場を離れてまだ逃げ遅れた人やモンスターが居ないかを探しに行こうとする。


 心做しかその後ろ姿は悲しげで、僕達もそれ以上何か言葉をかけることは憚られた。


 そうしてグレンの後を追いかけようとしたところで、異変が起きた。


「クハハハハハハハハハハハハッ!!」


「「「っ!?」」」


 突如響き渡る笑い声。その不気味な声には聞き覚えがある。

 すぐさま声のした背後へと視線を向ければ、そこには斃れたはずのカルナの身体が内側から大きく脈打って暴れていた。


 その異常な光景に僕達は戦闘態勢を取って、何が起きているのか把握に務める。

 次第にカルナは暴れながら黒い靄に包まれていく。


「いやぁ〜、随分と思い切り刺してくれたなぁ……グレン?」


「カルナ!?」


 靄の中から聞こえてきたその声にグレンは驚愕する。それは僕達も同様にだ。


 確実に胸を突き刺して殺した。

 その筈なのに、どういう訳か靄の中からはカルナの声が聞こえてくる。


 靄が晴れた。一瞬だけ視界が暗くなり、そして視界が戻った先に広がっていた光景に僕は絶句した。


「────」


「ここで終わるなんて寂しいだろ?さあ、第2ラウンドと行こうかッ!!」


 それは果たして人間と呼べるのか。

 いや、今まで何とか人の形を保っていた目の前の男は靄が晴れると完全に化け物へと成っていた。


 一言で言い表すならば悪魔。

 カルナ・ブレンダは常軌を逸した姿へと変わり果てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る