第108話 仲間との再会

「死ねッ!グレン!!」


 突如、僕たちの前に現れた男は剣を抜いてグレンに襲いかかる。


 今のグレンの反応、二人のやり取りからして、この男がグレンの元仲間だということは分かった。けれど、どうしていきなり襲いかかってきたのかは謎だ。


 グレンと彼ら───〈常闇の翔〉の関係が良好でなかったことは知っていた。だが、まさかこの非常事態で命を狙ってくるほどの悪さだとは思わなかった。


「っ……やめろレビィ!今はこんなことをしてる場合じゃないだろ!!」


「やっぱりグレンは馬鹿だなぁ。そんなんだからいつまで経っても雑魚のままなんだ。この混乱だからこそ、どさくさに紛れて人殺しができるんじゃないか!!」


「お前……そんなに俺の事を嫌って……」


 怒涛の早業でグレンへと斬りかかる男───レビィの攻撃を何とか大盾で受け止めるグレン。彼は苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。


「けひひっ!何を今更ッ!!」


 そんなことを気にせずにレビィの剣速は瞬く間に加速していく。


 軽装備、使っている剣も軽さを重視して細身。明らかな速剣型の剣士だ。

 今はまだ何とか攻撃を防げているグレンだが、時間が経過するにつれてレビィの速さに遅れが出始めている。


「ルミネ!グレンに強化バフを!」


「分かりました!」


「グレン!僕も加勢を───」


「来るなテイク!ルミネも強化バフはいらない!!」


「「え……?」」


 直ぐに加勢に入るべきだと判断するがそれをグレンに止められる。彼の予想外の発言に僕達は茫然としてしまう。

 しかし、そんな時間も無駄に思えて、僕は直ぐに聞き返した。


「な、なんで!?状況的に二人で戦うべきだよ!」


「そんなことわかってる!けどなぁ───」


 グレンは肩口目掛けて振り落ちてくる細剣を大盾で弾き、大きな声で続けた。


「───過去の落とし前は自分テメェでしっかりと清算したいんだ!」


「……」


「おいおい、随分と余裕だなぁ。お前、俺に勝てると思ってんのか?」


「さあ、どうかな?少なくともお前の剣筋や癖は全部お見通しだぜ。レベルアップしたのは能力値だけで技術面はからっきしだな、レビィ」


「ッ……調子に乗るな!!」


 剣戟は激しさを増していく。

 激昂したレビィの攻撃はまた速くなった。次第にグレンが身に負う傷が増えていく。


 グレンの言いたいことは分かる。その気持ちだって痛いほどに。だけど、何もせずにただ見ているだけなのは歯痒かった。

 ルミネも僕と同じだったのか自然と握る手の力が強くなっている。


 状況は劣勢。グレンが押されている形で、このまま行けばジリ貧だ。だけど直接的な手出しは本人たっての希望で止められている。本当に危険になったらそんなことも言ってられないが、彼の気持ちを尊重したい気持ちもある。


「……鑑定」


 だけどやはり何もせずには居られなくて、僕はスキル【鑑定】を使って少しでも敵の情報を引き出すことにした。


 直ぐに視界に視界一面にレビィのステータスが表示された。

 それを見た瞬間に僕は自身の目を疑う。


「なっ……なんだこれ……」


 ───────────

 レビィルダフ・ステイナー

 レ&ル//&?!


 体力:&/?%/☆%$€

 魔力:$%?!/!/@☆


 筋力:¥°%!

 耐久:?/&☆

 俊敏:%€☆/

 器用:☆%&?


 ・魔法適正

 ???


 ・スキル

【剣¥ ?v/&】【??力 L!/€】


 ・称号

 中毒者 盲目信者

 ───────────


 今までに経験したことの無いその表示内容。まともに読み取れる項目は〈称号〉のみで、その内容も不気味だ。

 初めて見るはずなのに、どこか既視感の覚える目の前のステータスに僕は以前、大迷宮の中で出会った小太りの男を思い出す。


 あの時、奴の本当のステータスは結局見れなかったけど、どうにもあの男から小太りの男と同じ雰囲気を感じる。


 グレンは一人で戦うと言ったが、ステータスを見た今、そんなことを言っている場合ではないと思考が揺らぐ。

 世界の法則から逸脱したような異様な感覚。すぐに助太刀に入るべきだ。


「グレン!その男は何かがおかしい!やっぱり僕も加勢に───」


「必要ない!」


「っ!で、でも……!!」


「頼む……ギリギリまで一人でやらせてくれ。こいつは俺が正気に戻さなきゃならない……!!」


「グレン……」


 しかし、それでも目の前の灰人エンバーは拒む。

 何が彼をそこまでさせるのか、僕には計り知ることは出来ない。だけどその覚悟と意地は本気なのだと分かる。


 ならば見届けるべきだ。

 仲間ならば、例え死地に挑もうとしているのであっても信じて見届けるべきだろう。

 それがグレンの選択なのだから。


 ・

 ・

 ・


 久しぶりに再会した元パーティーメンバーは変わり果てた姿をしていた。

 いつもは人当たりの良い、温厚そうな雰囲気を纏っている目の前の剣士は、今は飢餓感に苛まれる獣の様だった。


「けひひっ!オラ!どうしたグレン!頑張らないと死んじまうぞッ!?」


「レビィ……!」


 血走った目に、荒い呼吸。精密かつ流麗な剣技で敵を圧倒するのがレビィのスタイルだ。だけど今はどうだ。最大限の持ち味を全て消して、勢い任せの力一辺倒。本当に目の前の剣士が自分の知っている人物かどうか疑問に思えてきた。


 こんな単純な剣筋などいくらでも去なせると、最初は思っていたが時間が経つ事にレビィの剣は俺の反応速度を上回っていく。


「くっ……!」


 鋭く解き放たれた刺突を急拵えの大盾で何とか防ぐ。

 しっかり身体に負荷が掛からないように工夫をして攻撃を受けたつもりだったが、盾の上から突き破るように鈍痛が腕を襲う。


 激しい攻防の中で考えることは「どうしてレビィとこんな事をしているのか?」という事。いくらパーティーを追放されて、嫌われていたとしても、目の前の剣士がこんな事をしてくるとは思えなかった。


 最初に感じた通り、目の前の男は正気じゃない。

 いったいどんな経緯で狂ったのかは分からないし、今疑問に思ったところで答えなんて出ない。


 とりあえず俺がするべき事は、現在進行形で人様に迷惑をかけているこのバカ野郎に一発キツいのをお見舞させて正気にさせることだ。


 依然として続く猛撃を掻い潜りながら、俺はレビィに声をかけた。


「他のみんなはお前がこんな事してるって知ってるのか!?」


「知ってるも何も、今頃カルナ達も他で大いに暴れ回ってるだろうさ!」


「なっ……どうしてそんなことを!これはお前たちが引き起こした事なのか!?」


「違ぇな、俺達はただ報酬の対価を払ってるだけさ!!」


「それはどういう……くそっ!」


 意味深なレビィの笑みに謎は深まるばかり。攻撃を喰らう回数も更に増えて、全身の感覚が鈍くなり始める。


 剣を振る度にレビィの呼吸は荒くなる。呆けたように口を開いてベロを出す。ベロからだらしなくヨダレが垂れて、それが正気の無さを顕しているようだった。


「足りねぇ……まだまだ全然足りねぇ……こんな中途半端な力じゃ満足できねぇよ……」


 レビィは何かに取り憑かれたように零す。次第に今までの猛攻が嘘だったかのように勢いが無くなっていく。


 ───攻め時か……!


 決定的な攻防の反転。反射で剣を振りぬこうとするが既のところで動きを停めた。

 その判断は正しかったと確信する。


 見る見るうちに勢いが沈んで行ったレビィは仕舞いには完全に動きを止める。だらりと剣をぶら下げて、無心に虚空を見つめ始めた。

 そして、大きく肩で呼吸を繰り返すといきなり体を大きく仰け反って発狂した。


「うぁぁぁああああああああぁぁぁッ!!

 足りねぇ足りねぇ足りねぇ足りねぇ足りねぇ足りねぇ足りねぇ足りねぇ足りねぇッ!!

 壊し足りねぇ!殺し足りねぇ!暴れ足りねぇ────力が全然足りねぇッ!!

 リーダーはどこ行った!?どうしてを持ってるアイツが俺の近くにいねぇんだよぉおおおおお!!?」


 頭を抱えて、全身の肌を引き裂かんばかりに掻きむしる。

 常軌を逸していた。正気なんかでは無い。完全に狂っていた。


 声を掛けようにも、何て言葉をかけるべきか分からない。

 もう目の前の男は完全に自分の知り得ない何者かになっていた。


 依然としてその剣士は発狂を続ける。


「どうして俺がこんな苦しまなきゃ行けねぇんだよ!?強くなりたいのがそんなにいけないってのかよ!?物を壊すのがそんなに悪いことか!?人を殺すのがそんなに悪いことか!?ウザってぇ……全部がウザってぇ!!もう全部死んで消えちまえよッ!!」


「っ……」


 発狂するだけでは飽き足らず、男は徐に自身の頭を地面に何度も打ち付け始める。

 怨嗟の言葉を吐き散らして、頭から血が吹きでようと関係なく自傷を続けた。


 その姿が痛々しくて、今まで殺しにかかって来ていた相手とは到底思えなかった。


 ───何がお前をそうさせたんだ……。


 尋ねようとも答えは返ってこないだろう。

 もう目の前の男は完璧に壊れていた。


「けひひっ……けひひっ……!!」


 独特な笑い方が周囲に満ちる。

 行動と相まってその声は不気味で、まるで悪魔に魂を売った化け物のように思えてしまった。


 もうその男は自分の事を殺すことなど忘れて、自傷に勤しむ。どうしてそうしているのか、理由も目的も何もかも忘れてしまっている。


 独特な笑い声が泣いているように聞こえて、もうその姿を見るのも心苦しくて、俺は静かに仲間の元へゆっくりと近づいた。


「けひひっ……けひひっ……けひひっ……」


「レビィ……もうやめよう。もう自分を傷つけるのはやめよう……」


 頭を地面に打ちつけようとするレビィの体を力強く抱きしめる。


 レビィは俺に抱きしめられると笑うのをやめてピタリと動きを停めた。

 優しく落ち着かせるようにそいつの背中を撫でてやると、荒かった呼吸も落ち着いていくような気がした。


 少しの間、抱きしめているとレビィは静かに俺から離れて言葉を紡いだ。


「グレン……悪い……俺……お前のこと……」


「やっと正気に戻ったかレビィ……」


「ごめん……本当にごめん……!!」


 涙を流して謝る彼の姿は間違いなく自分が知っているかつての仲間のもので、ようやく俺は再会を果たせたと思った。


 しかし喜びも束の間、レビィは苦しげに体を埋めて唸った。


「うっ……ぐぁあああぁあああああッ!!」


「れ、レビィ!どうしたんだ、大丈夫か!?」


 急いでレビィの体を支えて、ポーションを飲ませようとするが、レビィはそれを拒む。

 そして苦しげな声のまま言った。


「グレン……あいつを───カルナを止めてくれ。こんな事、頼める立場じゃないのはわかってるけど……どうか、どうかお願いだ……!」


「───分かった」


 申し訳なそうに眉根を歪めたレビィに、俺は一つ返事で答える。すると彼はホッと安堵したような笑みを浮かべると力強く俺を突き飛ばした。


「えっ───」


 突然の衝撃に俺はそのまま後ろへと倒れていく。同時にレビィとの距離は離れて、最後に彼は満面の笑みを浮かべて────


「あ───」


 ────何かを言うと風船のように身体が弾け飛んだ。


「……は?」


 視界一面に鮮血が舞った。

 目の前で何が起きたのか、頭の理解が追いつかずに呆然とすることしか出来ない。


 死んだ。なんの前触れもなく、やっと再会できた仲間が不自然な死を遂げた。

 燃え上がる火の中、跡形もなくただの肉片となったソレを見て、現実感は遠のいていく。


 気がつけばテイクとルミネが駆け寄ってきて、何かを言っているが上手く言葉が聞き取れない。


 だけど、その声だけはハッキリと聞き取れた。


「クハハハハハハハハハハハハッ!!」


 周囲一体に響き渡るその笑い声に俺は聞き覚えがあった。それは小さい頃から聞いてきた、腐れ馴染みの男のものだ。


「っ!!」


 そこで、俺はやるべきことを思い出す。

 それは今しがた再会した仲間の最後の頼み事だ。


「大丈夫だ……行こう」


 しっかりと自分の足で立ち上がり、俺は笑い声のした方へと歩き出す。

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