第107話 狂気に落ちた男

「おいテイク、目なんか瞑ってどうした?子供は眠たい時間か?」


 揶揄うような長身の灰人エンバー───グレンの言葉で僕は我に返る。

 頼もしいその後ろ姿に思わずこんなことを聞いた。


「グレン……どうして……」


 グレンは大盾で受け止めた〈惨殺の悪魔帝エリミネーター〉の大剣を思い切り突き返して威勢よく答えた。


「どうしても何も無いさ。俺もお前たちと同じようにいきなり沸いたモンスターを倒してらたまたまここで大物と戦ってるテイクを見つけただけさ。てか、やっぱりルミネと一緒にいたな」


「その盾と剣はどうしたの?」


「適当にそこに転がってたやつを拾った。後で返せば許されるだろ……許されるよな?」


「いや、僕に聞かれても……」


「……」


 攻撃を弾かれて大きくよろめく悪魔帝を眼前にそんな気の抜けたやり取りをする。

 不安げに瞳を揺らしたグレンは頭を振ると誤魔化すように剣と盾を構え直した。


「───き、聞きたいことはそれで全部か!?それなら戦いに集中するぞ。コイツはやばい……」


「わ、わかった!」


 確かにグレンの言う通りだと納得して、僕は兜の緒を締め直す。


〈惨殺の悪魔帝〉のスキルを絡めた強撃に動揺してしまい、死にかけたがグレンが防御に入ってくれたお陰で助かった。


 依然として目の前の悪魔帝は無傷だが、状況は一転した。

 ルミネの強化バフに加えてグレンが戦線に助太刀してくれた。これで戦い方の幅がだいぶ広がる。


 今まで戦況の中で足りなかった『後一歩』のピースがカチリと思考の中に嵌る感覚がした。


 ───これなら勝てるかもしれない。


「テイク!簡単にこいつの鑑定結果教えてくれ!」


 僕は目の前のモンスターの情報をグレンに共有する。


「モンスター名は〈惨殺の悪魔帝エリミネーター〉、レベル7で能力値は僕より全体的にちょっと高い。スキルは剣術系と幻惑系、それから魔力強化!適正属性は雷!多分、さっきグレンが防いだ一撃は幻惑系のスキルの合わせ技だと思う!」


「予想以上に馬鹿みたいなステータスしてんな……よし、そんじゃあいつも通り注意ヘイトは俺が集める!馬鹿みたいな強さだ……強化バフは全部俺が貰うぞ?じゃなきゃ直ぐに死んじまう」


「分かった!」


 体勢を立て直した悪魔帝にグレンは突撃しながら次々と僕たちに指示を出す。


「ルミネ!強化バフを耐性に全振りだ!対象も俺だけで頼む!」


「分かりました!」


 グレンの指示が飛んだ瞬間にルミネの紡ぐ唄が変わる。

 途端に今まで自分にかかっていた賦活が抜け落ちていく感覚を覚える。


 逆にグレンは威勢よく雄叫びを上げて、悪魔帝へと突貫した。


「よっしゃ、こぉおおおおいッ!!」


「────!」


 悪魔帝が振り下ろした大剣を真正面から受け止めたグレン。鉄塊同士がぶつかり合った。

 激しい衝撃音と風圧が生じて、グレンが力一杯地面に足を力ませたことで地盤が凹む。


「く、っそ……馬鹿力め……!!」


 グレンは眉間を歪ませて苦しげな声を零すが、しっかりと悪魔帝の強烈な一撃を受け止めていた。


 ルミネの強化バフのお陰で圧倒的に能力差があるグレンでも対等な力比べが実現出来ている。

 件の悪魔帝もまさか攻撃が完全に受けられるとは思っていなかったのか、その鉄仮面が少し動揺したように思えた。


 敵はしっかりと仲間グレンに釘付け。一人では生み出すことの出来なかった明らかな好機を逃す訳にはいかない。


 僕自身はルミネからの強化バフの対象外となって弱体化した。だが、弱体化したならばまた強化を掛け直せばいいだけの話だった。


 ───デメリットは有るし、【強者打倒】と比べれば見劣りするけど、この状況シチュエーションはこのスキルの切りどころだ。


「ッ……″狂え″」


 スキルの発動となる引鉄ひきがねを引く。

 途端に異様な怒気が腹の底から湧き上がってきて暴れ出す。呼吸も浅くなって、何処かから『何かを壊せ』と破壊衝動が押し寄せた。


 全身が強ばり、筋力に補正が掛かった。

 速度は今必要では無い。一撃で全てを破壊できるのならば何も問題は無い。

 確かな、スキル【暴虐】の発動を感じて、僕は一足で悪魔帝の背後を取った。


「う、らァアッ!!」


 衝動のままに短刀を脳天目掛けて斬り降ろす。


 完璧な死角からの攻撃。その短刀は何にも阻まれることなく悪魔帝の鋼鉄な頭に刃を通そうとした。

 しかし、寸前で目の前のモンスターは異常な反応速度を見せた。


「───!!」


「なっ!?」


 悪魔帝はグレンとの力比べを即刻辞めると、緩急を付けて右方向に体を一気に傾ける。その勢いのままに左脚でグレンを蹴り飛ばして、僕の攻撃を躱す。


「ぐぁあッ!!」


「グレン!!」


 勢いよく吹き飛ばされ近くの建物に激突したグレン。苦しげな声と同時にその口元からは鮮血が舞った。


 ───まずいッ!


 刃が空を切った感覚に呆けている暇なんてない。僕は咄嗟に地面に手をついて方向転換をするとグレンの方へと駆ける。


「────」


 悪魔帝も無防備な敵に追撃を加えるべきに動き出す。大剣を前に突き出して、声にならない声で何かを呟く。


 それが魔法の詠唱だと言うことはすぐに分かった。悪魔帝はおびただしい量の魔力を纏って、力の行使を開始する。

 持っているスキルのお陰か、直ぐに魔法の準備は整い。奴の周りには轟く雷が舞っていた。


「───!!」


 大剣をくるりと鍵を回すように捻って、舞っていた雷は一目散に建物の壁に埋まったグレンへと飛翔した。


 グレンの意識はあるが、思ったよりも深く体がめり込んでしまったのか直ぐに体勢を立て直すことは叶わない。


「くっ……!!」


 疾風の如く飛んでくる雷光にグレンは回避が間に合うはずもない。


 直撃すれば今度は致命傷。

 絶対に阻止しなければいけないその攻撃の前に僕は躍り出た。


「間に合った!!」


「───!?」


 襲い来る雷。それを僕は漆黒の短刀を一薙させて全て霧散させる。

 なんとも突拍子のないその光景に悪魔帝は目を見開いて驚いているようだ。


 それもそうだろう。まさか奴も魔法がなんて思いもしなかったはずだ。


「すま……ん、テイク……」


「謝るのは後で!グレン、まだ戦える?」


「当……然!!」


 やっとのことで壁から這い出たグレンは見た目の損傷よりも意外と元気だ。無理をしているという感じもせず、彼の言葉通りまだ戦えるだろう。


 依然として目の前の悪魔帝は無傷。しかし、奴は今の光景でかなり動揺したみたいだ。加えて妙に息遣いも荒くなって、肩で息をしているみたいだった。


 ───一つ一つが一撃必殺の攻撃。それ故に一回、一回の力の消耗が激しいのか?


 攻めるなら相手が動揺しているこの瞬間。悪魔帝の息が整う前に畳み掛ける。


「グレン!もう一度注目ヘイトを買って!畳み掛けよう!」


「分かった!!」


 二人同時に地面を蹴って飛び出す。

 悪魔帝はそんな僕達に気がついて迎え撃つために再び大剣を構えた。


「灯れ!!」


 駆け抜ける中、言葉を紡いで魔法を発動させる。


 周りに出現した無数の炎玉は僕の意志を介して勝手に悪魔帝へと飛び出す。

 打ち放たれた矢のように悪魔帝へと肉薄する炎弾。悪魔帝はそれを難なく躱し、斬り伏せる。


 この魔法に大した攻撃性はない。けれどそれでいい。目的は攻撃ではなく目眩しだ。


「───!!」


 軽快に炎弾を斬り伏せていた悪魔帝。しかし、奴が一つの炎弾を斬った瞬間に、奴の視界を大量の煙が覆い尽くした。


「行くぞテイク!!」


「うん!!」


 タイミングを合わせるための掛け声と共に、グレンはスキルを発動させる。


「傾注ッ!!」


 煙幕で視界不良の悪魔帝の懐へと潜り込んだ彼は雄叫びを上げて、思い切り大盾を突き出す。


 瞬間、激しい衝撃音と共に悪魔帝の足がぐらりとたたらを踏んだ。

 悪魔帝は咄嗟にグレンから距離を取ろうとするが、体は上手に言うことを聞いてくれない。


行動不能スタンッ!!」


 それはグレンのスキルによって引き起こった状態異常の弊害。悪魔帝は一時的に全身の身動きを制限させられる。


 その絶対的な隙を僕は待っていた。

 背後へと回り込んで跳躍。奴の頭上で短刀を構える。


「これで終わりだ───灯れッ!!」


 再び魔を帯びた声で言葉を紡ぎ、その言葉通りに魔法の焔は僕の手に握られた黒い刀身へと灯る。


「───!!!!?」


 悪魔帝はこちらの確かな殺意を感じ取ったのか、はたまた直前まで訪れてきている死に恐怖しているのか、自由の効かない体を必死に動かそうとする。加えて悪あがきと言わんばかりに魔法の詠唱を始めた。


 ───体は動かなくても魔法は紡げるんだな。


 瞬く間に帯びる雷光を見て新たな発見をする。だけど、その悪あがきも無駄であった。


「僕の刃は魔法を斬る───不屈の斬魔ペルセヴェランテッ!!」


 一刀。頭上から振り下ろした紅く燃えた黒の刃は、今度こそ何にも阻まれることなく目の前の悪魔帝を両断した。


「───!!」


 声にならない断末魔が耳朶を打ち、斬り伏せた悪魔は力なく地面へと斃れる。

 そこで強敵との戦闘は終了した。


「はぁ……はぁ……」


「よっしゃ!やったぞテイク!!」


「やりましたねテイクくん!!」


 地面へと着地して荒くなった呼吸を整える。するとグレンとルミネの二人が駆け寄ってきてくれた。


「お疲れ様、二人とも」


 無傷……という訳には行かなかったが何とかレベル7のモンスターを倒せたことに安堵する。僕は二人に笑顔を返すと地面に倒れた〈惨殺の悪魔帝〉を見る。


「ふぅ……」


 事態はまだ収束していない。それどころか辺りを覆う火の手が激しさをましていた。少し休憩したい、なんて誘惑が襲いかかるが、まだ助けるべき人が沢山いる。ならば僕がするべきことは決まっていた。


「消去」


『スキルの発動を確認。触れた対象にステータスが存在。死体からステータスとスキルの分離、一時消去に成功。

 続けて【取捨選択】に入ります。死体を本当に捨てますか?ステータスを本当に捨てますか?』


 火傷しそうなほど熱い悪魔帝の死体へと触れて僕はスキル【取捨選択】を発動する。

 すると聞き慣れた無機質な声がして、僕は選択をした。


「死体は捨てる。ステータスは拾う」


『選択を確認。死体はスキルの亜空間へと───』


 途端に全身に不快感が襲いかかる。ステータスの所為かその度合いはいつもより酷く。軽い立ちくらみを起こしてしまうほどだ。


 でも戦えなくなるという程ではなく。寧ろ、以前の激痛に比べれば何倍もマシに感じられた。


「大丈夫ですか、テイクくん?」


「大丈夫……さあ、先に進もう。まだ全部が終わったわけじゃない」


「は、はい!」


 僕の身を案じてくれたルミネに笑いかけて、僕達は次なるモンスターがいる戦場へと向かう。


 依然としてどこかから聞こえてくる悲鳴。崩れ落ちる建物の轟音。飛び交う探索者達の雄叫び。迷宮都市は混沌を極めていた。

 少しでも早くその混沌を払うために僕達は走り出す。


 そんな僕たちの前に立ちはだかるようにして一人の人間が現れた。


「けひひっ!まさか〈惨殺の悪魔帝エリミネーター〉がやられるとはなぁ……しかもお前なんかに───こりゃあリーダーも驚くなぁ……!」


 けたけたと可笑しそうに笑うその男は、逃げ遅れた一般人と風貌では無い。身に纏ったその軽装防具は明らかに探索者であるということを示している。


 男は気でも狂ったようにくつくつと笑って体を左右に揺らしている。その瞳には焦点が合っていない。


 ───応援に来た探索者……なわけないな。


 明らかに様子のおかしいその男に僕とルミネは身構える。

 しかし、どういう訳かグレンは棒立ちのままで男をただ見つめていた。


 どうしたのかと彼の様子を伺えば、その表情は驚愕の色に染っていた。


「れ、レビィ……なのか?」


「そうだぜ、お前の元お仲間のレビィだ。久しぶりだなぁグレン」


 グレンの質問に目の前の男はおどけたように答える。そしてその歪な笑みを深めると腰に帯びた剣を抜いた。


「それじゃあ死んでくれ───グレン」


「なっ、ど、どうして……意味がわからないぞ!!」


「意味なんてどうでもいいだろ?それが俺らのリーダーのお望みなんだ。だから俺は殺すだけさぁ」


 けたけたと笑い続ける男は抜いた剣を構えて明確な殺意を放つ。

 そしてゆらりとその虚ろげな瞳を定めると大きく飛び出した。


「死ねッ!グレン!!」





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 スキル【暴虐 Lv1】

 ・効果

 暴れ狂った強者の心をその身に宿し、全てを破壊し尽くす。

 スキルレベルによって筋力に補正がかかる。

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・お知らせ

ストックが無くなったので不定期更新となります。

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