第106話 惨殺の悪魔帝
瞬く間に伝播する阿鼻叫喚。
煌びやかに最後のフィナーレを飾ろうとしていた〈
「きゃぁああああああぁあッ!!」
「ゲキャキャッ!!」
突如として地上に降り立った〈猟奇の
一体何が起こっているのか。原因なんてものは全く分からないけれど、やることは一つだった。
今まさに、その鉤爪が目の前の女性を脳天から引き裂こうとした瞬間、僕はその間に入り込む。
「ルミネ!!」
「はいっ!!」
掛け合いは一言。数秒先には状況が激変する戦闘下に於いて、意志の疎通はそれだけで十分。お互いに何を求めて、何をするべきかは分かる。
透き通るような声音から響く唄は千変万化の力を与えてくれる。付与された
「シッ!!」
「ゲギャアッ!?」
直後、汚い絶叫とドス黒い鮮血が視界に舞った。
悪魔はまさか腕をまるまる斬り落とされるとは思っていなかったのか、目の前の状況の生理が追いついていない。
ただ狼狽えて騒ぐばかりの
「終わりだ」
「ゲ────」
振り抜いた腕を素早く引いて、最短距離で悪魔の首を刎ねる。
跳ね上がった不気味な生首は少しだけ空中浮遊を楽しむと、その形をひしゃげて乱雑に地面に転がった。
そこで目の前の化け物が死んだことを確信する。
戦闘は終わりを告げるが、一息ついている暇もない。まだモンスターの反応は無限のように感じられる。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……あ、ありがとうございます……」
「あっちに避難を誘導してくれている探索者がいます。急いでそっちに逃げてください」
「はっ、はい……!!」
今しがた助けた女性の手を取って立ち上がらせる。そのまま逃げる方向を示せば彼女は全力でそちらに駆け出した。
本当は一緒に避難場所まで誘導してあげたいけれど、事態は一刻を争うほどまでに悪化している。申し訳ないがここは一人で頑張ってもらうしかない。
「テイクくん!次に行きましょう!」
「うん!」
横目で助けた女性が別の探索者に保護されているの確認して僕達は次の救助へと向かう。
流石は迷宮都市と言ったところか、未曾有の事態に関わらず、事態への対処は迅速だった。その場にいた探索者達は地上のモンスターの殲滅と、一般人の救助と保護を各々で始めて、それを支援するように探索者協会と衛兵団も動き出している。少しでも事態の収束を早くするために、被害を最小限に抑える為に。
しかし、素早い対応にも関わらず、都市の被害は拡大していった。
気がつけば辺りには無惨に抉り殺された人の死体や闇雲に破壊された建物。いつの間にか火の手も上がって、辺りは火の海に包まれていた。
「ッ…………!!」
逃げ惑う人々とは逆の方向に走り、手当り次第で襲いかかっている醜い悪魔共を屠っていく。
倒しても倒してもその場から悪魔がいなくなることは無かった。一体何処から沸いてで来るのか、謎は謎を呼んで思考は一向に定まらない。
加えて〈猟奇の悪魔〉は
レベルやステータスのお陰で、大体は一手でモンスターを屠ることが出来た。しかし、偶に異様な強さを見せて反撃してくる個体もいる。それが体力と集中力をじわじわと削いできた。
「あっちに避難誘導してる探索者がいます。急いで!」
「あ、ありがとう!!」
もう何度目かも分からない首を刎ねる感触。背後から助けた人の感謝があったけど振り返らない。そんな事をしているのも体力の無駄に思えてしまった。
間髪入れずに新しい〈猟奇の悪魔〉が襲いかかってきた。僕はもう殆ど反射と、今までの戦闘経験で割り出した動きで無意識にその首をまた刎ねる。
────これで何体目だ?流石にキリがなさすぎる……。
ここまでまともに休みもせずに連戦続きだった。そろそろ集中力が乱れてきてボロが出てきてもおかしくは無い。
だけど弱音を吐いている暇なんて無くて、僕の体は勝手に悲鳴の先へと動き出していた。
使命感なんて、そんな大層な理由なんかでは無い。力を持つが故の矜恃───と言った崇高なものでも無い。
ただ、嫌だったから僕の体は動いている。
───無惨に人が死んでいくのを許容できる訳なんて無い。
だから僕の体は勝手に動いて、目の前のモンスターを斃す。
依然として逃げ遅れた人がいないかを探している最中、目の前で一際大きな絶叫が起きた。死の断末魔───そう判断するのに時間は要さない。
瞬き一つで数十人の逃げ遅れていた人々が亡骸へと姿を変えた。
少し遅れて、脳裏に激しく危険を警告する。
亡骸を踏み潰してこちらへ近づいてくる悍ましい気配。それは先程まで相手にしていた〈猟奇の悪魔〉よりも一回りほど大きな姿をした赤黒い肌の悪魔だ。
「ッ!!」
そいつが視界に収まった瞬間、僕は咄嗟に短刀を構え直す。
今まで戦っていた悪魔とは一線を画す、圧倒的な強さを纏ったそのモンスター。
始めて見るそのモンスターに僕は無意識にスキル【鑑定】を使っていた。
視界に映ったのその結果に驚く。
どうして地上にこんなモンスターまで出てきているのか、と。
─────────────
〈
レベル7
体力:2000/2000
魔力:698/698
筋力:3580
耐久:2586
俊敏:3979
器用:2096
・魔法適正
雷
・スキル
【剣帝 Lv3】【幻魔 Lv2】
【魔力強化 Lv3】
・称号
─────────────
鉄仮面のような鋭い悪魔の顔がこちらに向く。鎧のように洗練された肌は辺りの炎に照らされて光っている。その右手に握られているのは禍々しい形をした大剣だ。
───格が違う……。
以前、大迷宮で戦った
圧倒的な強者に、思わず後ずさりしてしまう。
───勝てるか?
目の前の悪魔は鋭い眼光を向けてくるだけでまだその場からは動き出そうとはしない。
その間に算段をつけようとするが、思考が纏まらない。
しかし結局のところ、僕の選択は一つだった。
───うだうだと考えても仕方ない。ここで誰かがこいつを倒さないと被害がもっと酷くなる。
幸いと言うべきか、能力値はほぼ同等なのだ。それにルミネの
「ふぅ……ルミネ、筋力と俊敏の強化をお願い」
「分かりました……気をつけてくださいね」
「うん」
ルミネも目の前の悪魔が規格外だと言うことが分かったのか、不安げにスキルの準備を始めた。
直ぐに心地よい唄声が聞こえてくる。再び体に活力が湧いて、僕の準備もすぐに整った。
不意に〈惨殺の悪魔帝〉と視線があったような気がする。奴は徐に大剣を斜に構えると、一足に飛び出してきた。
それを迎え撃つように僕も力強く地面を蹴る。即座にお互いの獲物が届く間合いまで距離は縮まる。そして目に止まらぬ速さで僕は短刀を振り抜いた。
「ッ、く……!!」
次の瞬間、圧倒的質量の大剣が短刀と激突した。予想以上の衝撃と圧迫感に驚くが、気を持ち直して気合いで大剣を押し返そうとする。
本当ならばここで押しつぶされていてもおかしくは無い状況。それでも僕は既のところで持ち堪えられていた。それは一重にルミネの
だがやはり真正面から斬り結ぶのは得策では無い。ならば立ち回りを変える必要がある。
「重……たい、なッ!!」
力が加わっている方向を強制的にずらして去なす。
振り下ろされた大剣は地面へと突き刺さって胴体から上が一瞬だけガラ空きになった。
その隙を見逃すことく、すかさずに短刀を〈惨殺の悪魔帝〉の顔面に振る。しかし刃が顔に到達する前に、鎧のように鋼鉄な奴の右腕に阻まれる。
咄嗟に大剣から手を離して防御に徹したのだ。そのまま難なく奴は足を大剣で蹴りあげると防御した右腕でそれを掴み取る。
どうやら、今の一撃は全く効いてないようだ。
───焦るな。決定的な隙ができるまで堪えて、その瞬間に致命打を打ち込めば勝てる!
一度、大きく距離を取って見合う。
暫定的な戦い方の方針を定める。だが、この状況ではまだあと一歩が足りなかった。
本当はスキル【強者打倒】での短期決戦が出来ればよかったが、どういう訳かスキルが上手く発動しない。どうやらスキルの判定的に目の前の敵は『圧倒的な強者』では無いらしい。
「よくわかんないスキルだな……」
これのどこが強者では無いのか、甚だ疑問ではあったが逆にスキルが発動しないことで妙な自信が湧いてくる。
「スキルを使うまでもない……って事か?そんな余裕ぶっている状況でもないと思うんだけど……ッ!!」
再び異様な圧力と共に迫ってくる大剣を何とか去なしながら思わず零す。
まるで片手剣でも振るってるかのような身軽さに悪魔帝の膂力を感じざるを得ない。
一撃、一撃が必殺。ただ鉄塊を振り回しているように見えるのにその力は理不尽だ。
少しでも気を抜けば死ぬ。ほんのちょっとの綻びで全ては瓦解してしまう。
そんな薄氷の上を歩くような作業に集中力は極端にすり減る。
剣の風圧だけで着ていた服が切れる。
今日はいつもの防具は装備していないのだ。それだけでも相当なプレッシャーだ。
───せめて、〈惨殺の悪魔帝〉と遭遇する前に亜空間にある防具を装備できていれば……!!
結局はタラレバだ。文句を羅列したところで状況が一転するわけでもない。そんな事をしている暇があるなら、今は少しでも迫り来る大剣に全神経を集中させる必要があった。
「くっ、そ……ッ!」
勢い衰えず襲いかかってくる大剣。
まだ薄氷は割れていない。何とか僕は命を繋ぎとめられている。だが、ジリ貧だった。
隙を伺い続けるがなかなかその時は訪れてくれない。
こうなってくると自然と気持ちが逸る。早く好機が来ないかと焦ってしまう。
その焦りが余計だった。
「────!!」
「なッ───!?」
今まで豪雨のように降り続けてい連撃に変化が訪れる。
圧倒的な存在感を放っていた大剣は霧のように霧散して、その姿を瞬く間に眩ませる。
何が起きたのか脳が混乱する。だが何とかこれだけは分かった。
───スキル!?
咄嗟に防御の姿勢に入るが、本命の攻撃が何処から、どのような形で来るのか分からない。
目の前の〈惨殺の悪魔帝〉は剣を構えた体勢のまま微動だにしない。
完全な隙であった。しかし、動き出す事は出来ない。動き出せば死ぬと直感できた。
だが、そのまま動かずとも死はやってくる。
「……え?」
突如、目の前の悪魔帝の姿が霧のように霧散した。そして背後に異様な威圧感を感じ取った。
「ッ!!」
本能のままに体を反転させる。
どういう訳か反転したその先には大剣を振り下ろした悪魔帝の姿。そして大剣はすぐそこまで迫ってきていた。
───死ん────。
直感する。恐怖からか無意識に目を瞑り、これから来る衝撃に備えた。
けれど、少し経っても鉄塊に斬り伏せられる未来は訪れなかった。
代わりに妙に頼もしさを覚える衝撃音が聞こえてきた。
「おいテイク、目なんか瞑ってどうした?子供は眠たい時間か?」
開けた視界の先にいるのは大盾で大剣を弾き返した長身の
彼は揶揄うように言うと大盾とブロードソードを構え直した。
彼の助太刀によって僕は死を間逃れた。そしてまだ薄氷は割れていない。
そこで今まで足りなかった思考のピースがカチリと嵌る感覚がした。
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